2010年12月26日日曜日

TRON

OSってのは、何でこんなに楽しいんでしょうね。(追記2026/1/8 かつてのOSはね)
ってあたしだけ?

誰も興味ないだろうけど、あたしの好きな?OSベスト5作ってみます。

1.VAX/VMS ―――これを創った人は神だと思った。Aplix社に昔S社のT君とお邪魔したときコンソールが神々しく飾ってあったのを見て、あぁ、みんなVAXが好きなんだ。と感動した。
2.FreeBSD ―――何のソフトなのか知らずにデーモン君の絵に引かれて買った。後でOSだと知った。ここからインストール天国が始まった。
3.Linux(銘柄は特になし)―――実際は、BSDよりLinuxの方ばっかり使っていた。MkLinuxをPowerPCのマックに入れて遊んでいた頃は楽しかった。
4.MacOS(もちろん昔の)―――init/CDEVですな。
5.OS/2 OS/2warp―――これほどわかりにくいマニュアルって作れるのか?(笑)と感動した。「導入(インストール)」を何回かしただけ。

もっとも嫌いなOSは、ナニカ?
もちろん、TSOですよ。

これは、メインフレームコンピュータのOSでして、あらゆる操作はコンピュータセンターで管理されている。うーん。どこか今のクラウドのサービスに似てるのですよね。ウォズやジョブズは、TSOから自由になるためのパソコンを発明したはずなのに。昨今、クラウド環境が進んできて、だんだん元の集中管理に近づいてきている気がする。

―――集中管理された世界。トロンですか。

あたしは、ジェフ・ブリッジスのファンですから。
あいにく過去作品を見ていないので比べようがなかったけど、あんな可愛いプログラム(クオラやジェムのことね)ってどんなプログラムなんだろう?なんて思っちゃいます。
そうね~。lsとかかな(笑)

トロンOSで動いていると言われている自動車に長年乗っています。
さすがに直接触ったことないですが、一度、工場でチェックしてもらった際、「走行ログ」が取られているを知ったときはさすがに感動?しました。一度も「フリーズ」したことありません。(笑)

2010年12月24日金曜日

バンドムービー

少し前に、スカーレット・ヨハンソン映画2連発の話を書きましたが、実は先週も意外な二連発がありまして自分でも驚いています。

ひとつは友人の勧めで予約していたストーンズのライブ「シャイン・ア・ライト」。(正式タイトルは「「ザ・ローリング・ストーンズ シャイン・ア・ライト」)
監督は『ディパーテッド』のマーティン・スコセッシ。

あたしは年齢的にはビートルズもストーンズも現役マイナス2~3年という年代。ですが、リアルタイムではどちらもさらっと流していたなぁと思います。

当時、周囲では兄貴がいる連中は結構影響を受けていたと思います。友達の家に遊びに行ってそいつの兄貴のエレキギターを触ったりしていましたから。
ところが大人になってコンサートに足を運ぶようになったりして惚れちゃいました。

この作品では、メンバーの若い頃のインタビュー映像が随所に出てくるのですが。なんだか、じじいになってからの方がカッコいい。
キースのバケモンみたいな(失礼)しわくちゃの顔がニヤっと笑うと、もうたまりませんな。
ドラムスのワッツも最高。他のメンバーが装飾ファッションなのに醒めた表情でジーンズとTシャツでひたすら叩く。(追記2026/1/8 R. I. P. ワッツ)

もう一つの作品は、新聞の映画評に載っていたタイトルだけを見て予約していた作品「アンヴィル!夢を諦めきれない男たち」。
これが同名のバンドのメンバーを追ったドキュメンタリーと知ったのはDVDプレーヤーにかけてからでした。

要するに届いたのが両方とも30年以上続いている「おっさんバンド」のドキュメンタリーだったという話。
ディスカスの予約リストって時々順番を入れ替えたりするので二つが同系コンテンツだったのは、まったくの偶然。不思議だ~。

「アンヴィル」は80年代のバンドだし、あたしは名前も知りませんでした。(っつーか全部知らない)
メンバーは、給食配達やら解体工やりながら、いまでも「スター」を目指す50代のバンド(笑)。
ジャンルがへヴィメタなので彼らの音楽にはまったく興味ないのですが、それでも泣いちゃいます。このドキュメンタリー見て、日本人を少し好きになっちゃいました。いいとこあるじゃない(笑)。

「アイデン&ティティ」といい「ザ・コミットメンツ」(アイルランドの素人バンドのドラマ)といい、バンドのドラマは捨てがたいですね~。

追記2026/1/8:「リンダリンダリンダ」が最高かな。

2010年12月22日水曜日

キスしてもいいのよ

今日は、松本隆について。

―――そういえば、あたしの持っていたCDのボックスなんていったっけ?」と思って検索してみたら、別のCDがひっかかりました。

『松本隆に捧ぐ-風街DNA-』というトリビュートアルバムでして、ジャケットがなんと「今日マチ子」さんでした。

あたしが持っているCDボックスの方は『風街図鑑』という大セットなのですが、これを買ったのは他でもない、コイデヒロカズさんが薦めてくれたからなのです。(※追記参照)


当時、彼は『テクノ歌謡マニアクス』という単行本をてがけていまして松本隆や細野晴臣にインタビューした関係で、
「『風街図鑑』いいっすよ」なんて教えてくれたのです。

めぐりめぐって今日マチ子さんだもの。不思議な縁を感じます。

奇しくも当時NHKで松本隆特集があって、アグネスチャンの曲「ひなげしの花」を手がけた頃の葛藤と昇華についてのインタビューが泣けるほど印象的でした。

このインタビューが神田の甘もの屋「竹むら」の二階で撮られているのも良かったなぁ。
「竹むら」の階段は、普段客で訪れるとまるで舞台美術のように「見てる」だけなのに、本当に二階に上がらせてもらえるんだ!なんて変な感心をしたものです。
(追記:2024年春クールのNHK朝ドラでは、やたらと登場しますな)

さて表題の「キスしてもいいのよ」は、ご存知、松本隆作詞『渚のバルコニー』の一節ですが、このフレーズを昔聞いたとき「上手い!!」って思ったものです。

だって「キスしてもいいのよ」ですよ。ウソつけって感じですよね。
お前がキスしたいんだろ!なんて突っ込みたくなるほど松本隆は女性を描くのが上手い。
このような焦らし方がカワイイなんて思う男性もたくさんいると思いますが、七面倒だなぁなんて思っている連中もやまほどいるのでは?

「あのとき、本当はひきとめてほしかった・・・・」 ハナからそういえよ。みたいな。

追記)コイデさんは、フリーの編集者で、いろいろ一緒に企画をやらせていただきました。2006年に再発したガンで亡くなりました。今でもたまに夢に出てきます。雑談、楽しかったな。

2010年12月18日土曜日

バイカルの鉄 ~『シナリオをつくる』~

少し前に、山田洋次監督の「馬鹿まるだし」について触れたので早速、DVDを借りてみました。
ハナ肇演じるヤスさんは、「ちょっと足りなくて粗野だけど、善良で、お人よし、おだてにのりやすく、失敗もするが、憎めない」。

すなわち、寅さんタイプのキャラなんですね。
山田監督は落語も作るので、落語に登場する粗忽な熊さん系のキャラクターが好きなのでしょうか。

実際の生活で親戚や職場にいたら、これはハタ迷惑ですが、映画のキャラほどではなくても周囲には少なからず似たようなタイプの人間っていますよね。

もちろん、寅さんシリーズは、あたしも大好きですが、山田監督が創造したキャラでは特に『バイカルの鉄』って人が好きです。
「馬鹿まるだし」のヤスさんもシベリア帰りですが、この鉄も「バイカル」帰りです。

丹波哲郎が演じる「バイカルの鉄」は、映画『十五才 学校IV』に登場する老人です。
この映画は、少年が旅を通して成長する姿を描くロードムービーで、バイカルの鉄との出会いは特に重要なエピソードです。
鉄は、負けん気の強い老人で、ある種、「グラントリノ」のイーストウッドに通じるような偏屈もので家族とも離れた一人暮らし。

少年は、たまたま鉄の家に厄介になりますが、よる年波に勝てず・・・・。
息子役の前田吟と少年のやりとりは、映画のクライマックス。
ネットですっかり頭が呆けてしまった人々にはぜひとも観てもらいたい一品です。

山田監督がシナリオを作る過程を記した貴重な本があります。

シナリオをつくる』( 山田 洋次 朝間 義隆) 筑摩書房 (1994/01)

山田監督と脚本家の浅間義隆のお二人が神楽坂にある旅館「和可菜」に篭って「寅さん」の脚本を練る様子をテープにとって本に起こした内容です。

あたしもこの「和可菜」には、なんどか厄介になっています。
山田監督とちがっていいアイデアはさっぱりでしたが。

二人がこまかくこまかく話し合いをしながらストーリーを煮詰めていく様子は、想像していたシナリオ製作のプロセスとまったく違っていて非常に勉強になりました。

2010年12月16日木曜日

師走と「半誕生日」

本日は、年末ということもあり、コネタスタイルで。

手帳を新しくする時期になりました。
あたしは、「ほぼ日手帳カズン」の「皮革製カバー」に「陰山手帳」を入れて使っています。陰山手帳は、手帳としては最高ですが、ヒモの栞がしょぼいので、ほぼ日の悪魔の尻尾のような栞二本はとても役に立ちます。
「ほぼ日カバン」とか開発してくれないかな。
(追記:2026/1/8 その後、退職してからは手帳は使わず、Google カレンダー一本になっています)

自分の年齢は、よく忘れるのですが、さすがに誕生日は忘れませんな。
小学生は「半成人の日」という催しをしていますが、あたしは、「半誕生日」というイベントを作っています。
あたしは12月生まれですので、「半誕生日」は、6月の同じ日になります。
「半誕生日」には、電動ハブラシのブラシを交換し、耳鼻科で健康診断します。耳鼻科関係で持病はないのですが、ないだけに半年に一度検査をしてもらいます。変ですか?

実写版「ヤマト」見ました。小屋から出てきたら、人に、あんた愁嘆場焼けしてるよ。って言われました。
子供の頃、「空飛ぶ軍艦」だか戦艦(帆船なんですが)だかって映画を父親に連れられて池袋の映画館でみた記憶があります。ディズニーだったと思うのだけどネットでも突き止められません。記憶違いかな。―――その後、ネットで調べたら「空飛ぶ戦闘艦」というタイトルでした。

「火星人地球大襲撃」見ました。これは、昔テレビで「Five Million Years to Earth 」というタイトルでモノクロで見たときの印象が残っていて、いつかまた見たいと思っていた映画。日本語のタイトルがわからなくて長年放置していたのですが思い立ったが吉日。ネットでまじめに検索すればサクっと出てくるものですな。なぜかこのタイトルを紹介してくれている人みんなモノクロで見ている。プロットがアメリカ映画にしては珍しく「伝奇物語」になっていまして、諸星大二郎が監修しているのかと思っちゃいます。

2010年12月14日火曜日

デンタルライフ(7)~歯磨き入門~

人の育成が上手なN歯科ですが、長い間あたしを担当してくれていたT先生も、ついに独立することになりました。

営業が上手な院長にくらべて、歯鬼であるT先生が商売なんてできるのだろうか?なんてちょっと心配になりました。
さて、いよいよ独立の段になり、衛生士のCさんに聞かれました。
T先生にこのままかかるのなら、カルテ含めT先生のところに移しますが、どうしますか?

ようするに、院長は、独立するT先生に暖簾分けというか、自分の顧客をゆずるつもりなんですね。
どの病院でも、このようにするのか?人それぞれなのか?

T先生の腕前はあたしが一番よく知ってますので、T先生についていくことも検討しました。ただ、開業する場所がちょっと遠かったのと、Cさんと別れるのが、さびしいので(笑)N先生のところで引き続き面倒を見てもらうことになりました。

さて、N歯科に復帰してからというものずっとT先生だったので、久々に院長に診てもらうことになりましたが、歯の磨き方について絶賛されました。

「実に、見事な磨き方だ。ほれぼれする」

ひとえに衛生士さんの指導の賜物です。
ここで、あたしの歯磨き方法を紹介。

1)歯間ブラシを使う。
※歯間ブラシは、全部で4種類使います。
2)電動歯ブラシを使う。
※長年、ソニッケアを使ってましたが、今年からプリニアスリムを使っています。特に大きな理由はなく、歯科医専門という言葉にちょっとひかれただけ。
プリニアは、通常のブラシと、とんがったブラシの二種類を使います。
前は、歯科医専門というとインタープラークでした。これはブラシの束が回転するという凄いシロモノで長年使っていました。
3)歯間ブラシが入らない部分は、フロスを使います。
4)コンクールかリステリンで口を洗う。

さらに、オプションとして、以下の二つのアクションが加わることがあります。

5)リボン状のガーゼをタオルで背中を洗う感じで奥歯の奥をごしごしやる掃除をする。
6)MIペーストという歯を強くするペーストを塗る。(MIペーストをつけたら30分は、飲み食いできない)

あっさり済ませている人から見たら、うぇ~なんて面倒なって思うでしょうが、長年のデンタルライフの原因を作った合わないブリッジで受けた被害を思い出すととにかく歯と歯茎については、とにかく大切にしなければという思いが強いということで。

電動ハブラシの「プリニア」は、ドルツという別の電動ハブラシと実際は同じものだそうです。電動ハブラシは、交換ブラシが高価なので、「年度予算」(笑)と耐久性や交換時期を考えて選ぶとよいと思います。グァ~~っと鬼のごとく磨きたい気分なら、やはしソニッケアでしょうか。

電動歯ブラシは、「歯磨き粉」をつけなくてもよいといわれていますが、あたしは、GUMの電動ハブラシ専用ペーストを使っています。あまりお店で売っていないので通販でまとめ買いしています。

追記:2026/1/8 このポストをしてしばらくして、ドルツのウォーターピックも使うようになりました。最近の国内でのドルツ製品は、パナソニックが販売しているみたいです。

2010年12月12日日曜日

中野本町の家

『世界文化賞』というアート関連の賞に建築(デザイン)部門があります。

だれがノミネートしているのかは知りませんが、渋い線をついてくることがあります。
そんな中、2010年の建築部門の受賞者は(渋くはなかったですが)伊東豊雄に決まったそうです。なるほど。
受賞記念の講演会が催されるというので誘われました。

しかし、もはや自分は、デザイン業界を離れて四半世紀となる身。
もはや最新のトレンドなど皆目わからない状態だし、いまさら建築の話もないだろう、ルーザーだし。

なぁんて思っていたのですが、どのような心境の変化なのかB型の能天気さなのか、万難を排して出席してしまいました。

ご本人の子供の頃の話から、芦原義信の「外部空間の設計」の話。日本建築家が起こしたムーブメント「メタボリズム」の思い出。菊竹事務所時代の話。

そして「中野本町の家」あたりでサイコーにノスタルジックな気分。胸の奥がキュンとね。
スライドを先に進めるときの「はい。次」の声が、いかにも建築学科の先生らしかった。
昔は、コダックのカルーセルを使っていたよね。

先週末、実家を訪れまして。誰も使わなくなった二階の自分の部屋に上がりました。

どよ~んと黴臭い空気の中。書架には、昔読んでいた「新建築」(建築専門誌)のバックナンバーが少し残っていて、その場では開きませんでしたが、たぶん「住宅特集」には中野本町の家の写真が眠っていると思います。

ベッドの下には、図面をしまう引き出しがありまして、中には図面がそのままになっています。
いつか、この家を取り壊すときには、この図面もろとも消えいくわけだなぁなんて、いわば、朝顔の露にことならず。気分は鴨長明でした。

※追記2017年12月:その後、本当に取り壊しました。

2010年12月10日金曜日

せき喘息

ある知人の昨今の「つぶやき」を拝見してますと、どうやらあたしがわずらっている「咳喘息」とまったく同じ症状に見舞われていることを知り、非常に驚いています。きっかけから、その後の展開に至るまで非常によく似ているのです。

ということは、他にも似た状況で悩んでいる人がたくさんいるのでは?と思い以下、記しておきます。

まず、きっかけは、マイコプラズマ肺炎です。

長く続く咳が止まらない。時折熱も出る。はじめは風邪かと思って普通の抗生剤を処方してもらうことになるのですがまったく効力がない。
僕の場合は、最終的に近所の小児科の先生が診断を下し「ジスロマック」というマイコプラズマに効く抗生剤を出してもらい見事に一発退治しました。

これが、5年前くらいです。ところが一旦おさまったと思った咳が寒い時期になると復活するようになった。

そうそう度々マイコに罹るわけもなし、ただひたすら咳が続く。さまざまな検査をしても原因不明。アレルギーも特に反応なし。
毎年、秋口から咳がではじめ、みんなが花粉症で苦しみだす春になると徐々に治る。
ひどい時は、咳で寝られないときもありまして各所病院にもでかけ、咳止めシロップもらったり、喘息用の家庭用ネブライザーを購入したこともあります。

民間対症療法としては、コマーシャルでおなじみの「ヴェポラブ」を熱湯で溶かして吸入します。これは、あのメンタムを蒸気にして吸い込むような感じですのできついですが、急場はすごく楽になります。

結局、誰がどのように診断を下したのか定かではないですが、なりゆきで要するに喘息のようなものだ。ということで、ここ三年ほど喘息の薬をもらっています。

以前は、「フルタイド」と「セレベント」という吸入薬を二種使ってましたが、昨年から「キュバール」と「セレベント」の組み合わせになりました。
そして、この「キュバール」になってから症状が見事に改善されています。

追記)今は「レルベア」になっています。声もかすれず楽になっています。(2022年)

ヨハンソン

TSUTAYAのディスカスは、事前に見たいDVDの予約リストを作っておきます、結構大量に。
あたしの場合は100くらいかな。(追記:懐かしい。2024/05/20)

お店でみかけたタイトルとか、町山君とか、みうらじゅんや友人の評論を師匠とあおいで、あらかじめ入れておく。
すると、忘れた頃に、送られてきます。

中には、文字通り、なんでこのタイトルを予約したのだろう?といきさつをすっかり忘れているケースがあります。
ディスカスは、一度に二枚送られてきます。
先日送られてきたのは、二枚ともなぜ?いつ?だれの推薦で?って状態でした。

二枚を観る順番は、その時の気分で、あ~軽そうなほうからいくかな~とか、重そうだから先に済ませようかなぁ。とか、日本のタイトルから先にみるかな?とか折々で決めます。

まずは、「真珠の耳飾の少女」を見ました。
本編がはじまって、このタイトルを選んだ理由がわかりました―――主役が、スカーレット・ヨハンソンだったからです。
下世話な男のわしは、結局ヨハンソンみたさに予約したにきまってます。

やったぁ、ヨハンソンだ!なんて喜びもつかの間、見事な映像美にぐいぐい引き込まれていきました。
プロットは、他のサイトにゆずるとしてフェルメールとタイトルのモデルとなった女性の物語なのですが、映画のすべてがフェルメールの絵そのもの。
話の運びもリズミカルで、ヨハンソンは実際の絵よりも美しいくらい。
きっと興行的にには厳しかったのだろうなぁなどとまたまた下世話なことを思いつつ、だからみずしらずの映像との出会いはやめられないなぁなんて思いました。

さて、二枚目でも見るかなんて機械にかけてみてビックリ!またまたヨハンソンだったのです。
いやぁ、わしのヨハンソン好きにも困ったものだね。ほんと。(ちなみに、ウッディ・アレンが監督した「マッチ・ポイント」のヨハンソンがお気に入り)

こちらのタイトルは、「理想の女」。イタリアのアマルフィにたどり着いた、いわくつきの中年女性と新婚1年目のヨハンソン夫婦の関係を描いたドラマですが、ヘレン・ハントの演技がすごくて終盤のヨハンソンとの絡みで泣いちゃいました。(泣くとか吐く~失礼~ってのはある種カタルシスだよな。)

いやぁ「ギャンブル借り」で二枚とも大当たりってのは、珍しいなぁ。しかもヨハンソンだし。(コーエン兄弟もののヨハンソンも愉快?でステキですよね)

2010年12月5日日曜日

デンタルライフ(6)~バベル~

今回の記事、サブタイを見て、ニヤっとした方も多いのではないでしょうか?

歯科医の診察台というのは、いろいろな器具がついていてネタになる。
ミスタービーンズの歯科医コントも傑作でしたよね。
さて、映画「バベル」では、菊地凛子演ずるところの高校生が、診察台で歯科医を誘惑しますな。
あのシーンを見たとき、あぁ。女も同じように妄想をするのだなぁ、なんて変な感心をしたものですが、よくよく考えてみれば、あの映画は監督も脚本家も男。
所詮は、男が考えた妄想なのかと思ってしまいますが、あたしの長年の調査によりますと妄想において男女の差はありません。

でね、これはあたしじゃぁないですよ。知り合いに聞いた話。
ご他聞にもれず、その人が通っている歯科医でも衛生士さんがカワイイのだそうです。

口をずっとあけていると、次第に疲れてきて口が閉じてくる。そうすると衛生士さんに注意される。

「はい。お口をあ~~んしてくださいね。」
で、考えたそうです。
「そうだ!!もういちど口をわざと閉じれば、また”あ~~んしてくださいね”って言ってもらえる!」

男って可哀想でしょ?(こちらは、映画「お葬式」参照のこと)

2010年12月3日金曜日

『緑の石』(クライン・ユーベルシュタイン著)

なにしろ、日本時間の朝4時ですからね。どうしようかと思いました。
 (※2010年12月頃の話です)

でも、寝る前に、目覚ましを3時58分にセット。パソコンは立ち上げたまま、画面は、もちろんNASAのサイトのNASA TV。右脇には、twitterクライアントのSAEZURIを立ち上げ、一旦就寝しました。

最悪起きれなくてもいいかななんて感じでね。

でもね。ネタがネタですから、飛び起きましたよ。
いざ、本番が始まると! おや?なんか会見の様子が妙に和やか。司会も出演者の科学者陣もニコニコしてる。とても世界的発見のプレス会場とは思えない。

ま、結果はみなさんご存知ですよね?
ギズモードさんの要約がまとまってるので参考にしてさらに要約しますと、

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今回、NASAの宇宙生物学者がモノ湖で発見した微生物。その生物のDNAは、リンではなくヒ素を使っても生きられることがわかった!※1

地球上の全ての生物は、リン、炭素、水素、窒素、酸素、硫黄からできており、極小の微生物から地上最大の生物まで、全ての生き物がこの点では共通しているハズだった。

今回の発見により生命というものの定義が覆された。宇宙の生き物探しの範囲を広げなければ!
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※1:研究室でヒ素対応で生存可能だということが判明した

ということなのだそうです。質疑応答のコーナーのUSA Todayの「宇宙人を期待してたんだけど」に救われました。
中央のリーダーの科学者も「ご期待に添えなくてごめんなさいね」と笑ってましたが。

で、この会見を見ながら頭をよぎったのは、これまでSFに登場していた特殊な生物―主に異星人ですが―は、実在するかも?ということです。
twitterでも、どこかの国の人が「ヴァンパイアっているかも?」と書いていました。

あたしがその場ですぐに思ったのは、昔出版された風変わりなSF『緑の石』(クライン・ユーベルシュタイン著)です。
小説としては文章が素人っぽくていまひとつですが、テーマが面白いので当時結構読まれたように記憶しています。

この著者は、日本人のペンネームです。発刊当時は現役科学者の偽名といわれていましたが、今、Wikipediaを見ると詳しいプロフィールが明らかになっています。(正体はあかされていませんが、今回、Googleの探索で判明しました。だからってどうだってことではありませんが、ネットの力は凄いですね)

人間を構成する物質は、前記の通りですが、この小説には、珪素生物というものが登場します。
今回は、DNAの構成要素が違うという発見でしたが、そもそもDNAじゃない仕組みで生きているモノも宇宙には沢山いるのかもしれませんね~。

会社へ出てきても、この話題でもちきり、でもライブでプレス発表をみたのは、あたしとサブかるマニアのYさんだけでした。

2010年12月2日木曜日

じゃがいもの森

夢でみたことを書きます。

友人に話したところ「うーむ。それは、”ノルウェイの森”見すぎ病だな」といわれました。


あたしは、素敵な女性と駅前の商店街のようなところにいる。

信用金庫の広場みたいなところに仮設の店舗が出ている。運動会テントの下に、飲み物のどぶ漬けのケースがある。
中には、食べ物が浮いていて。多くは「じゃがいもを茹でたもの」だ。

あたしは、「あれ?いつもはデニッシュ(パン)がたくさんあるのに。しょうがないな、じゃがいもを切るか」と女性に言うと、もうじゃがいもは食べたくないと言う。

あたしはそれもそうだね。といって、自分のもっているカートにしまってあった買いおきのじゃがいもを取り出し、「どぶ漬け」の中に戻してしまう。カートから取り出した、じゃがいもは、「切ってある」ものなのでじゃがいもの一面は切り口になっているため真っ平になっているが、カートの中に入っていたごはんがこびりついてしまっている。

どぶ漬けの中に戻すとき、ごはんつぶがついているのが気になったが、いいや構わないと考えて、ドブンと中に投げ入れた。
連れの女性は、どぶ漬けの食べ物の種類が少ないのを嘆き「お店ってこういうところを気をつけないとダメなのよね」と言った。

あたしたちはしかたないので、別のパン屋に入って朝食をとることにした。

ここで目が覚めました。

※別の「夢」記事はこちら


2010年11月30日火曜日

デンタルライフ(5) ~プロはいつ生まれるのか?~

「デンタルライフ(4)」で、親知らずの話をはさみましたが、今回は(3)の続きとなります。

あたしの担当になったCさんが、非常に可愛いかったので患者のあたしとしては、もちろん歓迎なのですが、きっと長続きしないんじゃないのかなぁ、なんて今から思えば本当に失礼なことを思ってしまいました。ごめんなさい。

実は、それから10年以上、ずっとあたしの担当をしてくれています。しかも、N歯科に時折ゲストで登場する専門医の先生からは「スーパー衛生士」と呼ばれるほどの腕前になっています。あたしが10年の間、彼女と話した雑談時間は、おそらくトータル1時間にもなっていないと思いますが、少しずつ少しずつお互いを知っていくわけです。

もちろん、先方は商売ですので営業トークもあると思いますが、(このN歯科は、「営業」が非常に上手なのです)ちょっとした対話の内に素の表情もお互い出してしまいますよね。

人が職業を選ぶのは、子供のときに「これだ!」って決めて一心に実現する人もいれば、成り行きでなんとなくなんて人も多いですよね。
というか、ほとんどの人が、その時の就職状況だったり、アルバイトの延長だったり、成り行きで職についているのではないでしょうか?

Cさんも別に、子供の時に衛生士になることは決めていたわけではないそうです。たまたま学校に入って、たまたま就職先がここだった。
でも、いつの間にか、その道のプロとなり彼女の技を全国から見学に来たりするようになっちゃった。

映画「おくりびと」で主人公が、自分の仕事に誇りを持ち、プロとして目覚めていく過程が描かれていますが、このように実務経験を積んでプロになるって姿に、自分が生涯半可通だけにしびれます。

Cさんがプロになったのは、もちろん本人の努力と研鑽の賜物ですが、院長の指導力も大きいです。
なにしろ、この先生、衛生士たちととにかく会話します。時には治療方針も一緒に相談します。ディスカッションの結果、衛生士の判断が採用されることも多々あり。これほど賑やかな歯科医って他にないのではないだろうか。

ある日、先生に組織運営のコツを聞いたことがあります。
「うーん。やはり、ポイントは、患者さんとスタッフに対する誠実さかなぁ」なんて得意げでした。

2010年11月26日金曜日

口伝の力

いやぁ、ギター復活してから1年くらいたつけど、まったく上達しないなぁ。

ま、半年くらいは練習方法模索でうろうろしてたから、まだ6ヶ月くらいだと思えば、こんなもしれませんね。
今の練習方法で方向性は、間違ってないと思うけど、所詮、独学は独学だし。

楽器の先輩に聞くと、楽器はやはし先生につかないとダメよってなアドバイスを受けます。

YouTubeとかもありますが、やはりフェイストゥーフェイスのほんのちょっとしたアドバイスでいきなり上達するってのがありますな。確かに。

昔、オートバイの限定解除(※注)を受けてました。
以下、過去の投稿と被ってますがご容赦を。

合格をめざす連中は、中型でも比較的車体のでかく重量のある400CCを買って練習します。
もちろん、公道ではできないので、自動車教習場が主催する「練習コース」を借りて訓練をします。
あたしのホームグラウンドは、埼玉のレインボーモータースクールという学校で、プロの先生たちの指導をみっちり受けて試験に臨みました。
大型試験は月に一度しか受けられません。一回がとても貴重なのです。

なかなか受かりませんが、そこはそれ、日々たゆまぬ練習で、運動オンチのあたしでも上達してくるのです。
しかし、もう一歩!もう一歩!ってなとこでスランプに陥りました。どうしても「短制動」でうまくいかないのです。
ついこの間までは、むしろ得意な科目だったのに……。

短制動とは、急ブレーキのことです。ある一定スピードまで上げ、短距離でとまる。「急制動」は、イリーガルな用語なので公用語は「短制動」。

教習場に通い詰めていると同じ志の連中と親しくなるので自然と情報交換がはじまります。
練馬にも大型を訓練してくれる学校がある。特訓してくれるらしい。

そこは、「都民自動車教習所」というところで、でかけてみると教官たちがアウトローっぽい(笑)っていうか練習場も「馬場」のような感じの場所。
女性教官をはじめとして、なんだか、悪っぽくてかっこよいのです。
先生に、「短制動」でうまくいかないので特訓をお願いします。と頭を下げました。

バイクを動かす前。いきなり、先生が、あたしに短制動の仕組みを説明しました。言葉でです。
何キロのスピードで、この力を入れるとこのように減速する。みたいな。これが頭にスっと入ったとたん。自分の中ですべてが氷解しました。
身体の練習ではなくて、言葉で。不思議ですよね。これぞ口伝の力。

そして、翌月の試験で見事、合格。
夢のようでした。


※注:限定解除とは? 昔、結構長い期間、オートバイの大型免許(451CC以上)を教習所で取らせてもらえない時代がありました。
警察の試験場に行って直接試験を受けますが、「落とすため」のような試験で非常に難易度が高い。
関東では、神奈川の二俣川が特にむずかしいと評判でした。
東京は、府中と鮫洲の二箇所。コースに特徴があるので、どちらか一方に的をしぼって練習をします。
近年は、教習所で大型が取れるようになったので楽になりましたが、残念なことに、後ろからみると、みな足が開いてしまってます。
限定解除では受かりません。

2010年11月22日月曜日

デンタルライフ(4)~親知らず一気抜き~

職場に、N歯科であたしを担当している衛生士、Cさんに非常に雰囲気の似ている人がいまして。

仮に、彼女をMさんとしておきましょう。
朗らかで、声がよく通り、上司(院長)のとり扱い(ぞんざいな(笑))とかがそっくりでして、彼女にそのことを伝えてからというもの、なんとなくデンタルライフの話をするようになりました。
今朝、出勤時に彼女と会いまして、「親知らず」治療の話題になったので思い出しました。

あたしの「親知らず」は、N歯科に出会う前のエピソードです。
もちろん、四本ありますな。もともと。
20代で煩わされるようになってきました。

内一本は、実家の近くの歯医者さんで抜いてもらいました。そのとき、ヤットコみたいな器具でグイっと抜きますが、麻酔があまり効いていなかったらしく、あまりの痛さに気を失いそうになりました。
あぁ、痛いとき生き物は失神で身を守ると聞いたことがありますが、このことなのだと。幸い、気は失わずにソファーで横になって休ませてもらう程度で済みましたが、「親知らず恐怖症」になったのは言うまでもありません。

ところが!こともあろうに、滞米時に急激に痛み出したのです。残りの三本が!!

知人に歯医者を紹介してもらいまして処置をしてもらうことになりましたが、最初の面談時に、なんと「全身麻酔」で全部一度に、3本まとめて取り除くのがアメリカの流儀だってんで病院まで付き添いを頼み、帰路運転代行をしてもらってほしいと言われました。(公共交通機関がまったく発達していないので自家用車以外の術がないのです)

ルームメートが何かの用事で都合がつかなかったので、これまた知り合いの奥さんに無理をいって一緒にいってもらい、その日は結局、一晩そのお宅の世話になってしまいました。

さぁ!この後ですよ。なんてたって三本ですよ!一度に!豪勢にパァ~と!
麻酔が醒めた後の痛みったらもう半端じゃない。その一週間は地獄でした。

あたしのボロボロPlymouth Dusterを運転代行してくださった、Iさん。その節は大変お世話になりました。

2010年11月21日日曜日

馬鹿まるだし

あたし「あのさ、”バカまるだし”って知ってる?」
友人 「え?知ってるよ。バカまる出しでしょ?」

あたし「んじゃなくて、”バカまる出し”って流行語」
友人 「え、だから”バカまるだし”でしょ?普通によく使うけど」

あたし「いやね。”バカまるだし”ってフレーズにちゃんと”節(ふし)”があるの。”バカまるだし~”ってね」
友人「?!へ?なんすか?それ?"バカが見る~~"なら知ってるけど」

あたし「"バカが見るぅ~~"は、"ド ソ ソ ミ ソ~"だろう?"バカまる出しは、"ド ソ シ♭ ド ド ド~~"なんだよ。耳コピしたんだよ」(←まる出しそのもの)


昔よく使っていたのですが、マイブーム再来してます。いつも頭の中で、「バカまる出し~」のメロディーが流れています。

山田洋次監督の映画「馬鹿まるだし」がオリジナルなんですな。たぶん、昔見ているのだろうと思いますが、なにも記憶がないので早速借りてみなければ。
(この頃は、まだDVD借りていたのですね。追記:2024/05/20)

2010年11月19日金曜日

ゴルフのススメ

イヤぁ、ゴルフはいいですよ。スカっとするしね。

お金もそんなにかからないし、知らない 人とも仲良くなれるし、暗い内から早起きできるし、少しくらいの雨ならぬれても楽しいし、週末は一日潰れるだけだし、昼休みもゴルフの話ばっかりできるし。
練習もすると週末は、もう半日潰れるだけだし。やりすぎても腰を痛めるだけだし。
いいことずくめですね。

……あたしも、ゴルフやってたらもう少しましなサラリーマン生活過ごせたかもしれません。

白状すると、あたしも二回くらいやったことあるんですよ。大昔、「うっちゃん」っていう強引な部長がいまして。脅されたわけ。
どうしてもやれ!って。パワハラですな。

あんまりしつこいので付き合ったのですが、どうしても好きになれなかった。練習場でも変なおやじに勝手に指導されたりして以来、二度と行かなかった。
なんといっても一日潰れるのがなんですよね。
それと、ゴルフ場ってなんかみんな「高級車」とかで来るでしょ?
あれがね。なんか野暮ったい感じで。山下達郎みてください。軽に乗ってるんですから。

系列の会社に仲良し(今、すごく偉くなってる)がいて、やっこさんがまた飲みにいくとやたらとゴルフを薦めるわけです。
なんてたって彼は野球部ですから球技はな んでもこいですわ。こっちは、野球のルールすら知らないんだから(笑)

子供の頃から親から男は野球やれなんてセクハラされたりしてたんで団体スポーツそ のものがNGなんですよね。もともと。

2010年11月17日水曜日

デンタルライフ(3) ~新人衛生士~

N歯科で、あたしの担当になったT先生のことを「歯鬼」と書きましたが、もちろん褒め言葉でして。

「歯」のことにしか興味がありません。

治療の椅子に座ると、もう「歯」にしか目がいきません。おそらくあたしの顔も覚えていないでしょう。
無駄口は一切無し。会話は、治療に関することだけです。
へ?歯医者さんなんだから、それで十分じゃない?ってお思いでしょうが、意外とお医者さんとは雑談してるものですよ。

治療に夢中になってくると、独り事が出てきます。「うーむ。ここはやっぱり、あれだったかな。まてよ。うん。そうだ、××にしよう」
そばに控えている助手にも目が行きません。
助手がもたもたしていると、サクションをひったくって自分で吸い取っちゃいます。かといって怒っているわけではなくて、ひたすら夢中になってるだけ。

悪いところを徹底的にねばって治します。
あたしの歯周病治療は、都合2年くらいかかりました。まずは、原因であるブリッジを取り除きました。
次に、歯肉の部分を少しずつぐるっと一周手術をします。
全部の手術が終了してから再度、取り除いた部分の歯を人工的に復活させます。

このとき、先生にインプラントにするか?お勧めはしないけど再度、ブリッジにするか?と聞かれたのですが、インプラントは、まだまだ一般的ではなかったのもありますが、金も惜しんでブリッジにしました。(のちにインプラントに変えます)

先生のおかげで歯周病も完治しました。
この歯科では、治療と平行して歯科衛生士が担当でつきます。
あたしの担当は、ベテラン選手でT先生と治療の息もあっていましたが、あたしの治療開始後、ほどなく退職。

代わりに新人の衛生士さんがつきました。
はじめて紹介されたとき。む。この人との付き合いも短そうだな~と思いました。
なぜなら、このCさん。すっごく可愛かったからです。

2010年11月15日月曜日

「月光」禁止令

今日のタイトルは、「ピアノの発表会」で「月光」は禁止!
という意味です。

大人のピアノがはやっているので、呼ばれて聴きに行きますと「月光」演奏する人がいますな。
本人は気持ちよさそうなのですが所詮そこはそれなので、非常にかったるい。
「エリーゼのために」も禁止!

他にも禁止事項がね。ホームパーティで「運動会ビデオ上映」禁止とかもあるんですが。

さて、いきなり尾籠な話で恐縮ですが、週末、酒を飲んだ後、もどしてしまいました。

久々の快感といいますか、早めに済ませますと「拒んでいるアルコール」が体内に吸収されないさせいか、その後は結構快適になりますな。
スカっと。(なわけないか)
でも朝も割と大丈夫だったし。これを我慢して消化までもっていくときっと後がつらいのでしょう。

長年アルコールと付き合ってきているので、自分が飲める量、体調、などについては十分把握しているつもりです。
にもかかわらず具合が悪くなった。というワケは。

近所のいきつけの居酒屋さんに行きました。(実は、前日、前々日と酒席が続いて、いまひとつ気がのってなかったのですが・・・つい)
お酒というよりは、さくっと食事を兼ねて早めに上がり、ギターの練習でもしようかなと思っていたのですが、そこで知り合いにばったり会いましてね。
これは、あぶない予感。

案の定、店を出た後、「あにさん、おいらの家によって飲みなおさねぇか?」とこうきた。
近所にあるんですわ、やっこさんの家が。
ちょっとだけ。ちょっとだけ。ってんでこちらも久しぶりは久しぶりなので懐かしい。
じゃ、ほんとに少しだけってあがらせてもらったのがいけなかった。

「食事」のつもりで飲んでいると書きましたが、酒で気持ちが悪くなるのって、もちろん酒もありますが、実は「満腹」状態がよくないんですよね。
ほんとの酒飲みってあまり食べないじゃないですか? あれって酒飲みの本能なのでしょう。ほどよく飲んで、軽くつまんで、しかも日本酒にチェイサーで水でも添えれば金輪際悪酔いはしない。

ところが、満腹状態で追加でお腹に入れたものだからいけない。どんどん注がれるし。
~あ、このままここで飲み続けるとヤバイと思いまして、相手の酔いに任せた強引な引きとめを振り切ってなんとか帰宅しましたが、最後は降参してしまいました。

それとも、運動会のビデオ見せられたのが悪かったのかなぁ……。

2010年11月13日土曜日

デンタルライフ(2) ~ブリッジが災厄に~

前回のデンタルライフの記事に登場したカイロプラクターのH先生。今はどこで開業しているのだろう?とふと思い検索しました。

ありましたよ。HPが、写真つきで。あたしが出合った時は、日本橋のクリニックに勤めていたのですが、ちょうどN歯科に紹介していただいた時に赤坂で独立開業するという計画を伺っていました。
今も、赤坂、というか平河町で診療をされていることがわかりました。
息災、よかったです。

さて、N歯科に通って顎関節症が完治した話を書きました。

N先生は、悪いところがあると全部治さないと気がすまないたちでアゴ治療が終わっても、歯磨き方法をはじめ徹底的にしごかれました。歯自体では、中学生の時に折った前歯の差し歯が古くなっていたのを新型のものに変えてもらいました。

というあたりで一段落しまして一通り健康になると、そこはそれ現金なもので定期検査も間遠くなり、その内に、稼業も変わったりして、いつともなく先生とは縁が切れてしまいました。

ただ、ココロの中では、歯医者といったらN先生だったよなぁ~なんて思いつつ。

その頃、あたしは新宿勤めでした。
入社して少ししたら左上の奥歯の様子がおかしくなったので会社のすぐそばにあった歯医者さんに通うことにしました。
そこにはあたしの勤務先の社長も来てましたので、社長もきてるくらいだし間違いないだろう・・・というのが大間違いでして(笑)

結局ダメになっていた左上の奥歯を抜歯(ばっし)して、その後をブリッジにしました。
今でこそ、歯医者さんたちは、ブリッジは最低!なんてたってインプラントでしょ!
なんていってますが、なんだったんでしょう?ブリッジを薦めるわけですよ。当時は。

ブリッジは、片持ち(キャンティレバーといいます。建築用語ですが、なんと!歯の医療用語でもあり)にしますので抜いた歯の他に健康な歯もキャンティの土台としていじめてしまうわけです。
そこまでして入れたブリッジがどうもしっくりこない。

先生に、たびたび不調を訴えるのですが、「まだ新しいので直なれますよ」なんて暢気なもの。とりあってくれない。
その内、不調が加速しまして歯茎全体がおかしなことになってきました。合わないブリッジのために完全なる歯周病になってしまったのです。

朝、起きたときの口の中の気分の悪さといったらない。

あぁ、もうだめだ。と、その時、心に浮かんだのがN歯科でした。
すでに通わなくなってから10年以上経過していたのでなんとなく敷居が高い――すると偶然、勤務先の社員がN医師の奥さんと友達であることが判明。お願いして、とりなしてもらいました。
師匠をしくじった噺家さんが席亭に仲介にたってもらう感じでしょうか(笑)

N先生。あたしのことを覚えていてくれました。先生、調子のいいところがあるので後で思い出しただけかもしれませんが。

場所は多少ましなビルに移っていましたが、同じ町で診療を続けていました。
規模もやや拡大。なんてたってサブの歯医者さんまで雇ってましたから。院長はそれなりに名も通り、すっかり忙しくなってまして肝心な部分は院長が診て、現場はサブの先生があたしの担当になりました。
お医者さんが、このタイプの運営(さわりだけ院長で後は助手)スタイルになると大抵は品質低下するものなのであたしは当初ちょっとがっかりしたものです。

しかし、これはあたしの了見違いだということがすぐにわかりました。
担当になったサブのT先生。この人は院長を凌駕するほどの「歯の治療の鬼」だったのです。歯鬼です。

2010年11月11日木曜日

弥生式遭遇

夏の頃の話ですが、文京区の弥生美術館で催された「栗本薫/中島梓 展 ~書くことは 生きること~」に出かけてきました。
弥生式土器がみつかったというあの弥生。東京大学の裏側のあたりにある私立の美術館です。

栗本先生は、同窓の先輩ではありますが面識もなく、小説も数えるほどしか読んでおりませんが、大学の新入生(文学部)だったときに漫画研究会に入ろうと部室の門を叩いたという話をサークルの先輩から聞いたことがあります。

第二学生会館にあった部室のドアをあけたとたん雰囲気の悪いグラサン風情の部員にジロっと睨まれ、一気に入る気が萎えてしまったと。

でも入会しなくてよかったですよね。
サークルの諸先輩方は、はからずも日本の娯楽文学界に大きな貢献をしたわけですな。

ま、あたしも萎えましたけどね。直に慣れました。
そこが巨匠と凡人の違いでしょうか。

それはそうと、会場『グイン・サーガ』の表紙絵の展示が終わったあたりに、というかそのあたりだけに人だかりがある。

女だけワっとね。

といっても狭い会場だし5~6人。雰囲気の似たような生若い女性たち。
ファッション用語を知らないのでどう表現してよいのかわかりませんが、なんとなくなんとなくな――そう、ちょうどあたしが所属していたサークルに多いタイプ(怒らないでね>>昔のみんな。)というか・・・。

ま、それはさておき何を熱心に見ているのだろうと近づくと、ありましたよ。BLですわ。栗本先生、BL漫画の原作を多量にてがけていたのですね。
(通の方々にとっては常識なのでしょうが)
そこは、ブロークバックマウンテン向きとお墨付きをもらっているあたしとしては放っておけない。

こっそり彼女らの背後に近づきながら突然はたと理解!
はは~ん。わかった!これが、いわゆる腐女子ってやつか。と。
初めて遭遇した!のか、昔から馴染みがあるのか!

2010年11月8日月曜日

デンタルライフ(1)~カイロから顎間接治療へ

建築設計に携わっていますと必ず腰を痛めます。
(今は、CADなので手描き製図時代の話ですが)

あたしの場合、設計作業をしているときに痛めたのは腰だけではありません。
今となっては原因は不明ですが、おそらく図面を引いている時に歯を食いしばるせいでしょうか。
腰痛と併せて顎関節症というものにかかりました。アゴの筋肉が痛くて痛くてたまらない。

当時、そんな病気の名称は知らずにアゴが痛くてしかたがないってんで、きっと整体系の処置が効くだろうと日本橋にあるカイロプラクティックにかかりました。アメリカにいたときに肩こりでカイロプラクターに施術をしてもらっていたので当時はまだ珍しかったカイロ専門の治療院を探して訪ねたのです。

滞米時のかかりつけの医者だったDr.Beardは、マニュピレーションといいまして「手」だけで施術を行うタイプのD.C.(Doctor of カイロって資格があるのです)でしたが、日本橋であたしの担当になったH先生は、ドーソン方式といいまして、SFの手術台のようなマシン駆動のベッド―――ドーソン・ベッドといいます―――を使って施術する別の流派の先生でした。

人の出会いとは不思議なもので、このH先生は、ご自身が顎関節症だったのです。自分の商売のことを抜きにして彼は、自分が通っているアゴの専門医を紹介してくれました。

これまた、当時、日本では珍しい専門家で、しかも町場で開業していました。平日は、普通の歯の治療。アゴは、土曜の午後に予約診療で数回の検査とかみ合わせの矯正訓練。咬合を矯正するためのマウスピースなどいろいろな方法を使い、一年くらいであたしの顎関節症は100%完治しました。

この歯科医の先生は、N先生。顎関節症の研究でしょっちゅう外国にでかけるので治療は間があきますが、とにかくねばる。
アゴの治療のついでに普通の歯の検査もするので通常の歯磨きの訓練や歯の治療についても厳しいアドバイスがありました。

ここから、N先生との付き合いがはじまりました。
間、ブランクがありますが足掛け30年近い付き合いになります。

追記:2026/1/7 今も付き合いが続いていますので45年以上になりました。当時からの衛生士さんも気が付いたら50代!

2010年11月4日木曜日

サナトリウム

 少し前に、母が入院していた「サナトリウム」の話を書きました

毎週、たずねようたずねようと思っているのについつい忘れてまして、ついに先週末、母に入院時期を確認できました。
当人的にも、さすがに大昔なのであやふやだそうですが、25歳から27歳の二年間、入院していたそうです。

母は、大正7年生まれですので、今年92。

さて、25歳から27歳というと、ちょうど1943年から45年、つまり終戦の年まで滞在していたそうです。

母によると入院の段階で医者には、結核ではないといわれたのですが、その時点では他の家族は疎開してしまっていて帰る家がなかったので無理を言ってそのまま居させてもらったということらしいです。

当時、母の実家は麻布(金持ちの住んでいる高台方面ではありません。念のため)にありましたが、空襲で火がつくと火事になるというので木造家屋を壊したそうです。父親(つまり、あたしの祖父)を除いた家族の残りのメンバーは、両親の故郷である秋田に疎開していた、と。

あたしの母だけが幸か不幸か病院住まいというか病院に疎開していたというわけです。
でも、父親だけが東京に残っていた?というと、家を取り壊してしまったというのに、どこで暮らしていたのでしょう?これを書きながら疑問が・・・。

27歳で退院ということは、終戦を機に家に戻ったということですが、一旦壊した家の跡地に、バラック(掘っ立て小屋)住宅を作り直したそうです。

東京(都)が立てたと言っていましたので補助金なり公共工事で行われたのでしょうが、敗戦の中でも福祉や厚生活動が行われていたことがうかがわれて興味深いです。

追記2017年5月25日この母も今年亡くなりました

2010年10月23日土曜日

出張とガジェット

海外出張の際、通常のオタクですと、外国まであらゆるガジェット類を持っていってブログやらtwitterやら発信しつづけるところですが、最近はそれだけのガッツがないような気がします。

以前はあったのです。
昔、マルチメディア(死語)のCD-ROMタイトルを制作していた頃、フランスの作品をローカライズする企画をやってました。
その一環で一度だけフランスに行きました。95年です。

原制作者にお礼のあいさつと、現地で行われているコンベンションで売れそうなタイトルがあれば契約まで持っていくといったような目的でした。

同行してくれた上司が、元フランス支社の人間ということもありまして通常の出張とはまったく違った濃さというか本当にディープなフランスを教えてもらいました。

それはさておき―――当時は、「ダイアルアップ」接続時代でした。
フランスまで持っていったマシンは、確かMacintosh PowerBook 170。

どうしても「繋ぎたい!プラグインしたい。ワイヤーしたい!
(当時、カプラーを持っていたのですが、この時はあいにく持参せず)

というので、打ち合わせ相手の会社へお邪魔したとき。先方のエンジニアに頼み込んで、フランスの電話ジャック接続用のプラグを譲ってもらいました。(ずうずうしいことに何種類かあるので全種類もらいました)

次に、ホテルに戻ってから従業員のお兄さんに相談して、一緒に電話工事をしたのです!
それにしても親切でした。フランスが好きになっちゃいました。

本当は、そこまでして繋げる用事なんてないんですよ。本当は。帰国後でいいの。
(追記:今でいう歩きながらスマホみなけりゃいけない用事なんてないのと同じですな。2024/05/24)

先週、ひょんなことから携帯からWiFiガジェットやらiPadやらKindleやらすべてのネット用がジェットを家に忘れてきた日があります。
実質上、生活に支障はまったくありませんでした。全部持ってないのでいっそ心は秋晴れのように爽やかでした。
しかも、休憩時間に小説を読みました。「正しい」感じがしたものです。

余談ですが、フランス訪問の際、上司と一緒に同行した仲間がもう一人いました。こいつはイギリス人でして。
上司と別行程が道中ありまして彼と二人で南仏に向かったのです。
車中、彼がぽつりと「わし。フランス人になりたいんや」
その数年後、彼がトランスヴェスタイトであることをカミングアウトしたことを知りました。いろいろな人生です。

2010年10月21日木曜日

下水道体験ツアー

少し前に、「どじょう」を飼ってました。

・・・過去形なんですね。
先週の日曜に、定例の水槽掃除をやってるときに、注意していたのですが、どじょうがピョンと水槽から飛び出しまして「あ!!!!!」という間に洗面所の下水口に!

もともと三匹いた内、二匹が死んでしまい。一番小さいやつだけが三年の長きにわたり元気に育ってきていたのに。
しかも。
しかもですよ、最近では「慣れて」きてまして、餌やりで―――ちなみに餌は市販されている「メダカの餌」―――水槽をトントントンと叩くと底からひょいっと上がってきて、嬉しそうに音を立てて食べるですよ。その様子が可愛いくてね。お気に入りだったのに。(お気に入りのくせに名前すらつけてない)

洗面所なので、直下のもの入れに「トラップ」がありますな。空気をためて水の逆流をふせぐ仕組みのあれ。あそこはU字型になっているので、どじょうは、トラップにいるだろうってんで急いではずしましたよ。
でも、もういなかった。もろにU字型なので登るには大変だと思うのですが、そこはやはし魚の根性で自由を求めてパイプのぼりをしたのだと……。

蔵前橋の袂に下水道の見学施設がありまして。一度お邪魔したことがあります。

職員の方が秘密の通路を案内してくれて、本物の下水道本管を見せてくれます―――巨大な。
よくアクションやSF映画で主人公が地下に逃れて走るような巨大な下水道です。

普段は漆黒の闇の中に流れる地下の急流ですが、見学者が訪れるときだけ照明が入ります。
職員の方は、その光景に息を呑む見学者の様子に慣れている様子で、「うち(この見学施設)の売りは、これくらいですから・・・」

その謙遜した言い方とは裏腹の目の前の光景、臭い、あの巨大なスケール感による恐さはあたしの筆力ではとても描けません。

あぁ。あのどじょうは自由を求めあの下水道を通って隅田川に逃れていったのだ。
この生物多様性の時代に、他の地域から来た生き物をうっかりとはいえ放ってしまった後悔も加わり、なんという喪失感。

2010年10月11日月曜日

ぼくには数字が数字に見える

円周率を1000桁まで暗記というか暗証することに挑戦しました。

5年前くらいの話です。 奇しくも俳優の伊東四朗が円周率を覚えたって聞いたので、なんとなくブームだったのかも。

あたしは、記憶力については普通。っていうよりかどちらかというと悪い方ですので一般的な「記憶術」のような方法を使って覚えるわけです。

まず、いきなり円周率を覚えるのではなく、円周率の数列を覚えるベースとなる「基本数字」を記憶する訓練をします。これに数週間費やします。

次に、この基本数字記憶を使って100桁ずつ覚えていきます。時間さえあれば、一通り1000桁までですと、誰でも一ヶ月くらいで覚えられるようになると思います。

当時は、覚えると欲が出て5000桁まで行きたいなってんで円周率の基本データさえあれば、何万桁でも表示できる暗証用プログラム(CGI)を作ったりして楽しんでいました。

NHKスペシャル『ブレインマン』というBBCの番組で世界的に有名になったサヴァン(賢人症)、ダニエル・タメットさんの著書『ぼくには数字が風景に見える』では、ダニエルはパートナーの協力を得て、2万数千桁まで覚え、見事、実験?に合格します。

あたしは、この本を読むまでサヴァン的能力の持ち主は、努力しないでも記憶してしまうものだろうと勝手に思っていたのですが、ダニエルさんのような天才も、わざわざ努力して「覚える」んだ!と変な感動をしたものです。

彼の場合は、数字が立体形状に見えるようで、あたしら凡人が記憶する方法とはまったく違うようです。

1000桁の間には、なんとなく語呂がよくて覚えやす箇所がいくつかありますが、700桁台に、9が連続6個続く場所がありまして、ここは特に覚えやすくて調子がいい。

なんて思っていたらダニエルさんの本を読んだら彼もここが大好きだそうで、「ファインマンの数字」と呼ばれている箇所なんだそうです。
物理学の教科書で有名なあのファインマン博士が発見した箇所だそうです。

今は、調子のよい時だと1000桁は、大体3分以内で暗証できます。
不思議なもので、集中が自然にとぎれて思考がどっかへ行っていても自律的に数百桁進んでいるような時もありますが、そんな場面で、いまどのあたりかな?なんて邪念が入るともうだめでとっちらかってしまいます。

実益が金輪際無いという意味では究極の趣味だといえます。
今後チャンスがあれば求道してみたいのが、『羊たちの沈黙』のハンニバル・レクター博士が活用していたという「記憶の宮殿」ゲーム。
興味のある人はGoogleってみてください。

2010年10月9日土曜日

宇宙からの侵略者 2

ヘルペス、宇宙人説の続きです

ヘルペスの他にも怪しい生物がいると書きましたが、それは「イカ」。
むかし、伊豆だったか伊東だったか、生け簀料理の店に入ったとき、そんな店にはたいてい水槽があって料理で使われる魚やらエビやらが飼われてますな。

イカが泳いでいたんですよ。イカ専門の水槽。
なぜか、じっとイカに見入るあたし。
イカと目があったんですわ。
するとイカがね、いかにも「しまった!」ってな表情をしたわけ。

「しまった、知性があるのを知られてしまった!」みたいな。おどおどした感じっていうんでしょうか。

今度、生け簀料理いったらぜひイカを観察してほしいです。なにしろイカときたら身体にとってつけてような目をしてるでしょ?

くりくりと目だけが後からつけられたような。その目が実に知的な感じなんですよ。
こいつは、おそらく太古の昔、宇宙からきたやつらで、そのまま海にいついて退化した種族だなと思いました。

イカと目が合った時期との前後関係は忘れましたが、こんな漫画を描いたことがあります。

地球上に人が増えてしまい、にっちもさっちもいかなくなった。
住環境も悪化しもはや人の住む場所を宇宙に求めるしかなくなった。
こうなったら人間の身体を宇宙に適応できるように改造しよう。
ってんで、身体をイカみたいな頭足類に改造するんですな。
これで腹が減ったら自分の足を食えばいい。と。

追記)その後、大王イカの生きている映像が公開されましたが、やはりあたしの推論はあたっていたのではと思っています。
また、これまたその後、みうらじゅんさんのポッドキャストを聞きこんでいますと、よくほかの生き物や物が「しまった」という表情をするって話をするのに気が付きました。
どうりで、あたしがみうらじゅんさんと気が合う気がするわけです。

追記2018年5月28日)なんと!!、タコやイカの起源が宇宙から来ていたという発表がありました。あたしの説(直感)に裏付け?られました
もっとも、あたしの説がより面白い(くだらない)のは、イカは宇宙からの知的生物が「退化(進化かもしれないけど)」したものというところです。

2010年10月6日水曜日

姐さん

あたしの母親は、大正生まれですので、もろに戦争に遭遇しているわけですが、終戦後、闇物資の卸しを手がけていたことがあるそうです。

タバコやらマッチやら、生活用品が中心のものだったそうで、麻布の四ノ橋にあった自宅を倉庫にして行商のおばさんたちに売りさばいてもらっていたと。

あたしの年代ですと『闇』というのは、小説で読む程度で、実際にどのような仕組みの商売だったのかわかりませんが、きっと商品によっても異なっていたのかと思います。

ただ、だれもが活用していたサービスとはいえ、公式には非合法だったわけで、商品の仕入れやらなにやら裏街道っぽい感じがします。

母は行商のおばさんたちともうまくやっていたようで、独身女性の商いにしては、かなりな線になっていたそうです。

なにしろ親戚の人間がとある事件を起こしまして鉄道会社に多額の賠償金を支払うハメになったとき全額肩代わりしたってんですから、結構儲けてたのでしょう。

それで失った財産を一気に取り戻そうってんでポーカーにまで手を出したそうで、やるものですなぁ。ただ、そのため、一層、すっからかんになったので足を洗うことにしたそうです。

その後、時間の経過とともに母は、堅気の父と出会うわけですな。

さて、そして生まれたあたしを連れて池袋の「丸物デパート」(今のパルコの建物)を歩いてきたとき、当時の行商のおばさんとバッタリ出くわしたそうで。
おばさん、懐かしいやら嬉しいやらで母に大きな声で「姐(ねえ)さん!お久しぶりです!」

「あの時は、きまり悪かったわ」と母は申しておりましたが、そんな商才のあった人間も家庭に収まり長年経つと役所の手続きですら苦手になっちゃうわけですから年月と環境ってのは実におそろしい。

追記2017年5月25日この母も今年亡くなりました

2010年10月2日土曜日

Invasion of Body Snatchers

いつからなのか、「ヘルペス(単純版)」に「憑かれ」ています。
※「単純版」と断っておかないとなんとなくおさまりが・・・

右側の頬の中央あたり。普段は、身を潜めてますが、年に一度くらい発症します。

というのも。初めて医師に診てもらったとき、

あたし 「治りますか」
医師  「おさまりますが、治りません?死ぬまで(きっぱり)」
あたし 「へ?!なんすか、それ?」

事情を解説サイトから孫引きしますと

----------引用------------------
このヘルペスウイルスの最大の特徴は、一度感染すると神経節の遺伝子の中にもぐりこみ一生そこから動かないというものです。
最初に感染した場合などは、体の免疫が出来ていない為に高熱などがでることがありますが、一度免疫ができるとそう簡単には発病はしません。
しかし、疲労や老化などで体の抵抗力が落ちてしまうと、発症の危険性が高まります。
また、ストレスによっても免疫低下を誘発することが考えられ、これにより単純ヘルペスウイルスが活発化することもあります。
----------引用終わり----------

かつては、ほとんどの人がヘルペスの1型というウィルスに感染していたのだそうです。
再発防止は、抵抗力維持やストレスコントロールすることだそうですが、体に入られると死ぬまで居つくって怖くないっすか?

当事者の感覚ですが、彼女は感染するというより、「憑く」という方がイメージに近い。
彼女との「共棲」に慣れてきたので、再発すると飲み薬と塗り薬で「鎮めます」。

それで彼女が鎮まったあとも、常時、中に「居る」感じが絶えないんですよね。 あたしの場合は、ちょっとしたストレスを受けたときなんかに頬のその辺りが「ジュっ」とか「チリチリ」と熱くなる------。

このシーン、ネタバレすぎないか?
熱を感じると「あ。居る居る。」って感じで。

不気味でしょ?

これは、只者じゃないっすよ。きっと外宇宙からきた知的生命体ですよ。
実は、あたし達は彼女らに操られてたりして。

もう一件、こいつらも宇宙だと思ってる生き物がいるんですが、これは別の機会に。



2010年9月30日木曜日

パネル・ディスカッション

先日、久々に「セミナー」に参加しました。

セミナーとか、幕張やビッグサイトで催されるコンベンションは、出不精というか、これまで、あまり役にたった経験がなかったので展示会ファンの同僚に強引に誘われない限り遠ざかってました。

スピーカーを務めたことは何度かあったのですが、評論家タイプでないためか、あまり気の利いた能書きやこじゃれた分析話を話せないので、どちらかというと気が乗らない質であります。

とは言え、人とリアルで会ったり見たり聞いたりするのは、やはり何かと実になるのでは?と思いなおしまして興味のあったHTML5関連のセミナーに申し込みました。
赤坂の某会場に到着してみるとあたしの職場からも若手から中堅まで数名が参加していました。

スピーカーは、都合4名。プログラム上は3人だったのですが、終わりのパネルディスカッションでモデレーターが宣伝めいたおしゃべりを15分もしたので四人分という勘定です。
中でも一人目のスピーカーが厳しかった。(笑)

HTML5のことを教えてもらえるかと思ったら、いきなりコンシューマーゲームの歴史をはじめたのです。
ソーシャルゲームを作っている人だそうで、だからゲームなのかもしれないけど。セミナープログラムとはほとんど接点のない当人の講演会。その方のファンならともかく。

当日のテーマは、もうひとつソーシャルグラフというものもあったのですが、この件についても、放置プレイ。

講演会には、往々にしてこの手のテーマから逸脱した牽強付会系な内容になりがちですな。
これは、スピーカーの責任じゃなくて主催者の選択力の無さだと思います。
得意じゃない分野の話をしてくれといわれたら、強引に自分が得意な話に持っていくしかないですものね。
スピーカーも不得意なら辞退すべきですな。

それにしても、セミナーにつきもののパネルディスカッションって、どうしていつもあんなにつまらないんでしょうか?

2010年9月28日火曜日

ホームにて

今年92になった母が入居しているホームに週に一回のペースで訪れます。

追記2017年5月25日この母も今年亡くなりました

そこは、元大手カメラメーカーの社員寮だった建物を改造した施設で、もともと老人ホーム用に作られたものじゃないので無理な使い方をしている感じがあります。
特にエレベータが狭く、かつ油圧式(棒で押し上げるタイプ)なのでトロい。風呂の時間帯は、車椅子の渋滞がおきています。

なにしろエレベータのカゴには、同時に車椅子一台しか入れないので、一人入居者が乗ると、きつきつ。
必ず付き添いのヘルパーも乗り込みますので、あたしは、かろうじてあいた角にぴったりと身を寄せています。

先週の土曜、あたしが乗り込んだときに、一人の男性が自分の車椅子を手押し車(お年寄りが買い物で使う、「椅子」兼用のあれね)代わりに乗り込んできました。
要するに、ある程度は自力で歩行できるのだけど必要に応じて車椅子を使うという状況。

えーと。それなりに場数をふんできますと相手の認知具合を察することができるようになります。

物腰や目の表情から、この人の認知具合は、シロか軽度と判断しました。
(ちなみに母は、かなりしっかりしてますが入居書類には軽度の認知と記されています)

その男性。乗り込んだ後も行き先階のボタンを押しませんでした。

あたし「(大きな声で)何階ですか?!」
かれ 「ん? あぁ、”上”です」

2010年9月24日金曜日

MacからWin PCにiTunesのミュージックライブラリを移行(引越し)する

追記2026/1/7 以下の情報は古いため、随筆としてお読みください。
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おおげさなタイトルにしてありますが、Winマシン同士の引越しと異なるところは一箇所だけです。
とはいうものの、そこだけ書いても意味不明だし不親切なので巷に沢山解説がありますが、さらっと手順を書いておきます。

1)MacintoshのiTunesフォルダの中にある全てのファイルをバックアップします。

音楽ファイルは、「iTunes Music」というフォルダに入っていますが、何しろデータ量が膨大だと思います。これらは、分割してDVDなどにバックアップするか、外付けのハードディスクなどを使うといいでしょう。

2)(1)でバックアップしたデータを「iTunes フォルダ」毎、引越し先のPCにコピーします。

※この段階でMacintoshとはサヨナラです。
※引越し先のPCは、あらかじめ「表示オプション」で、ファイルの拡張子が表示されるように変更してください。

3)iTunesをShiftキーを押したまま起動します。(Macの場合は、optionキーだそうですが、この際、もう関係ありません(笑))

―――ここがポイント―――
するとiTunesが音楽ライブラリの在り処を尋ねてきますので、さきほどコピーした「iTunes」フォルダの中にあるライブラリファイルを指定するのですが、Win-Win引越しなら問題ないのですが、Macからの引越しではライブラリが見つかりません。
そのワケは、Macのファイルには「拡張子」がないので、発見できないのです。
さきほどコピーしたファイルの中に、「iTunes Library」というファイルがあるハズです。
こいつに「.itl」という拡張子をつけてください。つまり「iTunes Library.itl」という名称に変えます。これでウィンドウズが認識できるようになりました。
上記、(3)を実行する前に、この拡張子つけたし作業を済ませておくのが手順ですが、ここは説明にけれん味を加えて事後説明としました。
――――――――――――

これで、後はiTunesがせっせとファイルをチューニングしてライブラリを再構築?してくれます。


4)オマケ

上記の作業は、データベースを強引に引越ししているためか、いくつか、はたまた多くの音楽ファイルが「見つかりません」というエラーになることがあると思います。
僕の場合多かったのは、ギターの教則本に付属している音楽CDのファイルとの紐付けがほとんどなくなってしまいました。単体商品の音楽CDと教則本の付録と製造方法が異なっているためかも?と勝手に類推しています。

この現象は音楽ファイルの実体はハードディスクにきちんとコピーされているにもかかわらず認識されないので、なんらかの理由でデータベースとの縁が切れたためと思います。

そのような曲たちは、iTunesのライブラリの曲目リストに(!)マークがついています。この項目を右クリックして「プロパティ」を表示させよう(あるいはプレイさせよう)とすると、「ファイルが見つからないけど、探しますか?」というおあつらえ向きのプロンプトが返ってきますので、指示にしたがいiTunes Musicフォルダの中に存在している実体ファイルを指定すると、ライブラリとの関連付けが無事復活します。

iTunesストアで購入したDRM(著作権管理)付きの音楽ファイルも、引越ししたそのまま新たにiPodと同期しようとするとエラーになりますが、引越し先のPCをiTunesのメニューから正規に認証すれば使えるようになります。

2010年9月22日水曜日

So long, Macintosh

新型iPod touchの発売決定された、その日に予約したのが先日到着。

先日の新型kindleといい、久々のガジェットブームに沸いています。

アップルから商品出荷の連絡メールが来たので配達状況を確認したら上海からくるとのことでしたが、距離的にも近いせいか?二日くらいで手元に届きました。

さぁ、使うぞ!なんて意気込んだら、いつものように(?)、パソコンと接続しろと来たのでMacを立ち上げました。

iPod touchを接続すると・・・。う。iPod touchは、iTunesの10でないと動かないんだそう。
ふーん。じゃ、iTunesをアップデートしなくちゃ。ってんで、ソフトウェアアップデートをかけたら「このソフトは最新です」と来た。

あれ?おかしいな、まいっかアップルからダウンロードしようっと。早速サイトから落として導入(インストール)しようとしたら!!!

なんとOSがSnow Leopardでなければ動きません!と来た。

うー。わしの使ってるOSってなんだったっけ? そういえば、ここ何年もマックのOSなんて気にしたことなかったなぁ。
だって、iPodの母艦としてしか使ってなかったんだもん。
結果は、Tiger。ふざけるな、と。たかがiPod touchごときにOSまで買えというのか。

そっちがその了見なら、こっちにも考えがあるってんで、WindowsマシンにiTunesのライブラリを全部引越しすることにしました。
さようなら、Macintosh。長い間、ありがとう。

Windows版のiTunes 10は、OSがXPであっても導入問題なしで、問題は、あの膨大な音楽をどうやって引越しするか。で、あります。

こちらは、巷の「How To」サイト的話題になりますが、次回、手順も含めて自分の覚えを兼ねてアップしておきます。

Macintoshで使っていたiTunesの音楽ライブラリを、Windows PCに移行(引っ越す)方法です。

2010年9月20日月曜日

顰(ひそみ)に倣う

象潟や雨に西施が合歓の花

松尾芭蕉の「奥の細道」の中の一句でして、「ねぶの花」は、まるで世界三大美女の一人、西施のようだ。と詠った句かと思います。

西施は、「呉越同舟」とかで聞いたことがあるはずの呉の王様(臥薪嘗胆のエピソードで有名)の奥さん(愛人?)です。陳舜臣の「十八史略」によると敵方の越から送り込まれた秘密兵器ということになっています。

いかにも上品そうな出だしですが、ここから一気に下世話になります。

あたしの座席の前は、とある部門になってます。
管理職をはじめとし、つぶよりの美女がそろってます。
どのような神の采配なのでしょう。

そんな素敵な女性人の一人が、ウィキペディアに載るような経歴の持ち主だそうで。

彼女が困った顔をするととても素敵なのです。
そこで、西施を思い出したという次第で。

西施が、ある日頭痛でもあったのでしょう。顔をしかめていたところ、それが大層美しくて、それを見た宮廷の女たちがこぞって真似をしたという。
この逸話から「顰に倣う」ということわざができたそうです。

そのまた昔、ある女友達がしゃがんでまして。その姿があまりにも美しいので、声もかけずに見とれていました。
半年後くらいに、彼女にそのことを伝えたところ相手も覚えていまして、
「あぁ。あの時ね~。吐き気がしてつらかったのよ。」

西施も頭痛でイロケどころの話じゃなかったのに周囲の見る目、妄想ってのは実に勝手なもので。

机から目を上げるたびに、ウィキペディアの彼女が目に入るとあたしが仕事にならないだろうとの配慮からか、事務方が、裸の大将似の男性社員を障壁に配置してくれました。

業務中によこしまな思念が発動しそうになると、裸の大将を見ることで気が静まるので大変助かっています。

2010年9月18日土曜日

Greater Tokyo

先日、吉祥寺に出かけてきました。

あたしの職場に居た方のご主人がビストロをやってるというので仲間の手配で集合しました。

下町から吉祥寺というとちょっとした旅でしす。

城西方面で育ったもので、なじみのある土地なのですが、長い間訪れていなかったため、その完全なる地方都市への変貌振りにびっくりしました。
あれくらいのサイズですと、そこで生まれて働いてそこで老いて、逝く。というくらいの規模の町ですね。

吉祥寺は、地方都市じゃなくて東京の一部じゃないか?といわれてそうですが。
東京は、とにかく広くて。ロスの四倍もあって、しかも一般的な都市のイメージから言いますと東京全部が「ダウンタウン」だったりします。
すでに、大きすぎて東京の特徴をひとつでは現せない。違う都市の集合体になっている。

じゃ、どこが真の東京か?といえば、山手線を円にした右側の半分の半分くらい。それも厳密にいうと山手線の内側が「東京」でしょう。

臨海部は、港区なんて言ってますが江東区エリアですし、墨田区、江東区は、歴史的にいうと千葉県エリアです。

そんな東京の中、いろんな人が移り住んできますので広い地域の中で面白い風習が生まれます。たとえば車のナンバープレート。「練馬ナンバー」とか「品川」とか。「足立」はイヤだとか。これは東京がバカ広いのでこんなやりとりが生じるのですが、東京の側から言えば、どうでもよいことですな。

若い時分、松戸の駅前のテナントビルの設計監理を任されまして、たしか先輩の引継ぎだったのですが、週に何度も松戸にでかけていました。
親戚が長く松戸に住んでいたというのもあり、急激に地方都市化が進んでいるのに驚きました。これもずいぶん前です。

その後、仕事で吉祥寺にでかけた時、あたしがフと「久々に来たけど、松戸に雰囲気似てるね」ともらしたら同僚が「つかさん、んなこといったら地元の人が気を悪くするよ」なんてたしなめられました。
ん?なぜ、松戸と似てちゃだめなの?

2010年9月15日水曜日

北のつく駅たち

あたしの知り合いに芝居をやってるやつがいまして、9月に公演があるので見に来てほしいと。

彼の公演を拝見するのは二度目でして前回は、高円寺だったか阿佐ヶ谷だったか(同じようなものです)の小屋で、ふらっといったら同僚にばったり。
終わった後、そいつと二人で軽く一杯。

そんな彼も人事異動で他のセクションに。で、彼は大変義理堅い人で、今回の公演にも行くので前回みたいにハケた後、飲まない?って誘いの連絡がきました。
今回は会場が池袋。「んじゃ、池袋の場末でぱぁ~っとやりますか!」なんて返事をしようとしたら詳しくは池袋ではなくて『北池袋』でした。

あたしは、池袋で育ち何十年も暮らしていましたが、生涯北池袋という駅を使ったことがありませんでした(笑)
京急線の北品川や渋谷の神泉に相似形ですな。

となると、東京の場末の池袋の場末の北池袋の場末でぱぁっとやろうってなことにします----------とか言うと怒っちゃう地元人がいると思いますが、ま。同じ地元の人間の繰言だと思って流してください。念のため、北馬場(今はない駅)も半分地元です(笑)

ということで、「北池袋」行ってまいりました。

池袋から徒歩でチャレンジしましたが、あたしの想定はですね。大都会から一駅ですので、前にも書きましたが「神泉」、「初台」は、まぁないかなとは思っていましたが、ま、「椎名町」くらいか。あるいはイってもせいぜい「北品川」かなぁ~なんて。
いえいえ。格が違いますとも。すっごく気に入った。
俺たちの東京があそこにはある。第三東京タワー建ててもいいぞってな勢いであります。

お芝居も熱演で座長も今頃は燃え尽きている頃だと思いますが、舞台がハネた後は、そこに集った連中といきましたよ。お店へ。
あたしは抜け目なく事前にうろついて駅前の店をチェックしておきました。三軒の居酒屋、&すし屋。

もともとあたしを誘った他部門の男は、腰が引けてて「あにきぃ。ブクロに戻りましょうか?」などと気弱なことを言う。
池袋なんていったってどうせメニューがビニールコーティングされているチェーン店しかないのに、こんなまたとないチャンスを逃せるものか。
「北池袋といったら北池袋で飲むのだ!」と宣言して適当な一軒の暖簾をくぐりました。

店の経営者の女性と常連の男性客一人。いきなり闖入した我々よそ者にも優しく。常連のお客さんがなれた手つきでフロアーをやってくれるんでもうしわけないったら。
まだ早い時間なのにすっかり人気が絶えた帰りの駅ホームも、ここは遠い町という感じで気分はすっかり旅でした。

2010年9月13日月曜日

国境の南

あたしのお袋は、若い時分に結核に罹り(結局、誤診だったそうですが)「サナトリム」に入っていたそうです。

「サナトリウム」とは、辞書によりますと「空気の良い場所に建てられた、(主に)結核等を療養するための施設」でして長期滞在して栄養のよい食べ物をとって病気を治すという目的の施設。
当時、結核は恐れられていた病気で、たくさんの人が罹っていました。

時代は少し下りお袋が結婚してあたしが生まれてからも、叔父貴の一人が、清瀬にあるサナトリウムに入っていたことがありますし、珍しいことではなかったようです。

さて、母によりますと親はうつるのが怖くてあたしを入れたなんて憎まれ口を叩いていましたが、親としては心配だったのでしょう。

ここからの話の関係者はほとんど他界してますので差し障りはないと思いますが、一応場所は伏しまておきます。
そこは、サザンの歌などで有名な場所にある海の見える療養所だったそうで。夜、ベッドに横になっていると近くを走る海岸線の電車のゴトンゴトンという音が響いてきたそうです。
(追記2024/05/18:文脈から明らかですが、ご想像の通り「鎌倉」です)

さて、サナトリウムは長期療養所ですので費用もかかるので、大金持ちの子供が沢山入所していたそうです。
では、なぜ母がそんな施設に入れたか?というと母の実家が戦争で当時は羽振りがよかったらしいのです。

追記2017年5月25日この母も今年亡くなりました

入院している患者の中には、どうやら仮病で兵役を逃れているお金持ちの子息なども混じっていたようで。財閥やらの家族がわんさと居たってのが母の言。
そんな一人に某大企業重役の娘がいまして母は仲良くなったそうです。その方の名前を仮にTさんとでもしておきましょう。

病人といったって健康ですから(笑)。若い男女が混じってると恋が生まれる。
Tさん、施設にいた某財閥の子息のKさんと恋に落ちたんですな。
相思相愛です。だが、こちらも大手企業の娘とはいえ相手が悪い。なんてたって日本人なら誰もが名前を知っている一家ですからな、相手は。
家族に反対され、やがて退院し離別へ。

大人になってからTさんとはあたしも何度かお会いしたことがります。貴婦人です。タバコが似合ってた。

さて、彼女は、Kさんが忘れられず、その後独身を通します。

別れてから長い年月が経つ。それでも忘れられず。ある日、彼女はKさんの邸宅を訪ねます。というよりフラフラと足が向いた----------いや、思い出したぞ。その日は、Kさんの誕生日だったんだ。Tさんは花を持っていった。

屋敷の門前にぼんやりと立つ。そこに大きな車が来たそうです。後部座席を見ると、あのKさんが乗っている。車に駆け寄るTさん。車を急停止させて飛び出す運転手。守衛もかけつけ怪しい老女を取り押さえる。

車から降りたKさん。穏やかに、運転手たちに、怪しい人ではないので放してあげなさい、と指示を出し、彼女から花束を受け取ると、再び車に乗り込むと屋敷の中に消えていったそうです。

『South of the Border』の歌詞が思い出されます。----------ま、母は話を大げさに脚色する傾向にあるのでどこまで真実かわかりませんが、昭和初期の誰も知らないロマンスであります。

2010年9月11日土曜日

ザリガニ

子供の頃は、石神井公園で釣ってました。
自転車ではるばるでかけて、記憶はあやふやですが、たこ糸にさきイカをつけて釣っていたと思います。

今もかわらぬ風景ですな。

7,8年前に知人が大量にザリガニを釣ったってんで押し売りされて飼い始めたんです。
ザリガニの分際ですが、相手は生き物のなので、割とまじめに飼育本を買ったりしてね。
いまじゃネットにも情報が豊富だし。
初心者の頃は、恥ずかしながら脱皮したてのやつを死んじゃったもんと間違えたりしたこともありますが、いまはそれなりに飼育ポリシーができました。

一つ。日向で育てない。

陽にあてると色がよくなる。と聞いたことがありますが、水に藻が発生しやすくなるのですよ。ザリガニの甲羅にコケ状の藻がうっすらとついたらもうダメ。
ネットによると歯ブラシで落としてやるなんて書いてありますが、簡単には落ちてくれない。次第にコケが生えて窒息?死してしまいます。
コケがついてしまったザリを見るたびに自分のふがいなさをののしったものです。そのタイミングで運よく脱皮してくれると完全に回復するのですが脱皮だけはこちらの思うようにはいかない。
こうなったら!と思って日のあたらない室内で買い始めてからグっと長寿になりました。

一つ。餌はあまりあげない。

あげすぎると水が汚れるってのが表向きの理由ですが、お腹をすかせておくほうが餌をあげたときの相手の喜びようがすごくて、その姿見たさに加減している(笑)という。
特にメスは、オスに比べ気性が激しいので餌をあげたときの喜びようもすさまじい。ひっくり返って騒ぎます。人間と同じだと言っていた人がいます。あたしではありません。

気性で思い出しましたが、ザリが怒らなくなったらダメですな。
いつでもかまう度に、カァッ!!と両ハサミを上に上げて威嚇する。怒りすぎて後ろにひっくり返っちゃうくらい。
で、すきあらば逃走をはかる。このモチベーションがさがると生きるエネルギーも下がっていくような気がします。

ハムスターでも逃げようといつでもケージの入り口をカジカジするやついますな。
連中は生気が強い。
ザリにしてもハムにしても、そこから出たところで何があるってわけじゃあないのですが、でも外に出たい。自由に動きたいんでしょうな。

生き物に一番必要なのは自由をもとめて逃げる力か?
まさにカッコーの巣です。

2010年9月9日木曜日

エロティシズム(アルベローニ)

著名人と直接知り合いになった関係性について、『エロティシズム』(フランチェスコ・アルベローニ著)の中に面白い事例があります。

この本では、ある女性が憧れのスターと知り合いになり、ついに結婚までする。
偶像と実生活のギャップがもたらす心の変化についてアルベローニが面白可笑しく解説してくれます。

男女限らず、そうした社会的なステータスというのはイロケに役がイーハンつくみたいで、有名人に限らす、各種「先生」、「上司」、あるいはステータスの象徴である「制服」なんてのも「役」がつきますな。

この「役」は、そもそもイリュージョンですので二人関係が近しくなり日常が入ると、あっという間に「化けの皮」がはがれる。
「従者に英雄なし」の下世話な解釈でしょうか。

その「化けの皮」は、なにも好かれた方がわざとつけてたわけじゃなくて、勝手に思い込んだ側が描いた幻想なので、相手にとっちゃあいい迷惑かもしれませんが、後の祭りですな。

そうそう、この例に限らずこの本は、男女の不思議に興味のある人は必読の書ですのでぜひとも一読あれ。

2010年9月7日火曜日

虔十公園林(けんじゅうこうえんりん)

「ああ、ここはすっかりもとの通りだ。木まですっかりもとの通りだ。木は却って小さくなったようだ。みんなも遊んでる。ああ、あの中に私や私の昔の友達がいないだろうか。」

これは、宮沢賢治の『虔十公園林』のワンシーン。

虔十が暮らしていた町を出て出世した博士が、久しぶりに郷里に戻ってきました。
ふるさとの風景に残っていた虔十の林を見て感慨に耽るひとコマです。

宮沢賢治の作品は、青空文庫のおかげでいつでも手元においておけるようになりました。

この作品に限らずいくつかの話は端末の移り変わりとともにいつも手近のガジェットに入れてあります。
あるときはPalmだったり、モバイルギアだったり、ザウルスだったり、ケータイだったり、シグマリオンだったり、iPadだったり。いずれも何べんも読んでいる作品なので通しで読むことはほとんどないのですが、やはりいつでも近くにおいておきたい文学ってのがありますな。

「虔十公園林」は中でも特に好きな作品です。
みんなに「足りない」といわれていた虔十が、親に頼んで買ってもらった杉の苗をせっせと育て、それがやがて町の大切な公園になる。

という時間の流れがココロに染み入るおはなしで冒頭の博士の感慨を読むとついつい自分の過去も振り返ってしまう。
また、杉をせがんだ虔十に対する両親や兄弟の優しさといったら。

先週、用事で三田の慶応大学におじゃましました。学校というのは、昔を思い出す典型的な場所でしてキャンパスに足を踏み入れたとたん静謐な空気が流れて汚れきった(笑)自分がじゃぶじゃぶと洗われるような感じになります。

東京郊外にある女子大に教えに行っていたころは、朝がすごく早くて、何しろ八王子なものですから早朝の空気の新鮮なことといったら。

授業が終わって校庭にまろびでますと学校中ほどにあるバラ園(女子大でバラ園ですからね)では、学生のグループがそこここでくつろいでいる。

あぁ、あの中にあの頃のオレがいる(わけないですな)

2010年9月5日日曜日

『死ぬ瞬間』(エリザベス キューブラー・ロス著)

ひと月前くらいから、お風呂に入って椅子に座るとき、両足のヒザの裏側の筋肉。関節ではなくてスジというか筋肉系が痛むようになりまして。

それが次第に痛みが増してきて、ついに二週間前から、かかりつけの整骨院に厄介になっています。
朝、早くから処置をしてくれるので、込み合う月曜以外は、職場へは、なんとかギリギリセーフで到着できています。

だいぶ痛みは軽減してきているのですが、これという原因が思い当たらない。
実家の屋敷(笑)の草むしりか? ギターの練習で片足を台に乗せたまま固定していたので固まったのか?

お風呂の椅子で、なぜ痛みが一番ひどいのか? 仔細に観察するとヒザの位置が腰よりも高く、かなり鋭角的に折り曲げるときに痛みが走るなということが判明。

むむ。そういえば、ラドン温泉とかの椅子って最近、背の高いタイプが多いですよね。あれだとヒザの曲がりは90度なので痛まないハズ。と思い、背の高い椅子を導入しました。この椅子、母が実家で使っていたもので(ってまだ生きてますが)それを拝借したところ快適。

む? ラドン温泉? 母?-------よーするに、年寄りは背の高い椅子を必要としている。 あたしも、背の高い椅子を必要としている。 すなわち、あたしは年寄りである。

長寿のベストセラー『死ぬ瞬間』(エリザベス キューブラー・ロス著)によりますと、死に行くプロセスは、5つの段階を経るそうです。

1.否認 2.怒り 3.取引 4.抑うつ 5.受容

老化についても受容にいたるまでには、似たような段階があるのではないでしょうか?

1.否認  :オレはふけてない。
2.取引  :アンチエイジングにすがる
3.怒り  :やつあたりする
3.抑うつ :もうだめだ
4.受容  :わしらは年寄りぢゃ

さすがに、なんでオレだけが!と老化に怒りを向ける人はいないと思いますが、「怒れる老人」が社会現象として取り上げられるように、周囲に対して怒りっぽくなっているのは、廊下の三段階目かもしれません。

人生いろんな場面で、入学で、就職で、結婚で似たような受容へのプロセスを踏んでいるのかもしれませんな。

2010年9月3日金曜日

Machinima

マルチメディアCD-ROMが登場したとき、みんなはこれで「誰でも自由にエンターテイメントを作れる!」なんて感動したものです。
あたしも、「Spaceship Warlock」の作者が来日して催された講演会の帰り、興奮がなかなか醒めませんでした。

ヴォイジャー社の「Expanded Book」(電子出版アプリ)の説明書の前書きに、「これで僕らは自由だ!」みたいな文言が書かれていました。社長の萩野さんの文章でしたが、非常に感銘を受けたので当時、某女子大で教えていたあたしは学生に教材として読ませたものです。

ジョブズとウォズニアックの二人がパーソナル・コンピュータを作ったとき、これで俺たちは「ネットワーク(昔からあったんですよ)コンピュータ」から自由になれる。と考えたそうです。あたしもワークステーションを与えられ、TSO(time shareing=昔のネットワーク大型コンピュータ)から開放されたとき、「オレは自由だ~」と思ったものです。

インターネットが普及し、WWWで個人がホームページを作り自由に情報をやりとりできると、こぞって発信してきました。
iPhoneを購入したハッカー連中は腕を競ってjailbreakを楽しんでいます。jailbreak、すなわち「自由」ですよね。

さて、またまた新しい自由?の話。

Second Lifeやコンピュータゲームのキャラクターを動かすCGモデリング技
術を使って「映像」を作ることを「Machinima(マシニマ)」と呼びます。マシニマについて記されているWikipediaの記事の末尾には「マシニマで進む映像制作の民主化」という項目があります。これで俺たちは自由だ!というワケです。

マシニマの元となる技術は日々進化していまして、今では劇場用映画の下書き(pre-visualization)としても使われているそうです。

Second Lifeを初めてみたとき、コミュティにはまったく興味を惹かれず、まず「マシニマ」を作れるな。と思いました。「マシニマ」という単語はその時知らなかったのですが、すでにコンピュータゲームのキャラクターエンジンを使ってCMをつくったりということでマシニマという用語も誕生していたようです。
マシニマという用語を知ったとき、あぁみんな同じこと考えるのだなと思いました。

2010年9月1日水曜日

New kindle has come.

新型キンドルがきました。

お姉さんが、炎天下、海岸でキンドル読んでるのを見てほしくなって注文したものです。
旧型の方は、ノーチェックだったもので比較ができないのですが、表示はすごく綺麗です。

kindleに導入されている「電子ペーパー」という技術は、察するに子供が遊ぶ、砂でできている黒板みたいなおもちゃあるじゃないですか?絵をかいた後、ずるっと横棒をすべらして「白紙」に戻すやつ。あれの凄いやつだなという印象です。

ページをめくる際に、その「粉」が入れ替わるんですな。バサバサっと。この時の「ソラリゼーション」風の画面切り替えで結構、目が疲れます。
一回固定されたページを見るときの疲労感は、従来の電子機器とはまったく異なります。

反応速度については欲を言えば切がないのですが、携帯電話程度かなぁ。まだまだこれからって感じでしょうか。
本体のデザインもいけてますが、照明付きの専用カバーがイカしています。

2010年8月28日土曜日

夢日記

枕元にノートをおいておいて、面白い夢をみたら記録しておくって人いると思います。

昔、それは昔。たしか安部公房の『壁』は夢を描いたとか読んだ覚えがあります。
そして別の作品『笑う月』も夢を記録した話なんて話をどこかで読んだような。

そういえば、つげ義春の『ねじ式』が夢をマンガ化したというのは有名な話ですよね。
『ねじ式』の映画見ました? うーむ、ま、あれはあれということで。

であたしも昔、安部公房にあやかろうってんで夢を記録していたことがあります。いま読み直しても、それら夢の話はなかなか迫力がありまして。

で、すっかり大人になっちまってから、そんな趣味も遠くに消え去り忘れていたのですが、数日前、目が覚める直前になにやらすごく印象深い夢をみてまして。ストーリーは目覚めた瞬間にすっかり忘れてしまったのですが、『相手の女』があたしに叫んだ言葉だけはしっかりとメモしましたよ。

「男は巾広い世界に向かって隙間に放つのよ!」

なんという、含蓄のあるアンビバレンツなお言葉なのでしょう。
この女性の顔は脳の奥底深くに封印されてしまいましたが、この箴言を糧に余生を過ごしていこうと思っております。

※別の夢記事はこちら

2010年8月22日日曜日

「オレ」の発音について

今日のトピックは、文字で表現できるかどうか……。

大人になってから気になりだしたことですが、時に、「俺は」の発音を「レハ」(赤字がアクセント)と頭から後半に下がる発音をする人がいますよね。
たまにね。(”トマト”の発音で”オレハ”と言う感じに近いかな。「オレ」だけ取り出すと「ワニ」に近いかな。)

で、この「レ」は、きっとどこかの方言なんだろうと思ってたんですよ。長い間。

東京では、「オレハ」の発音は比較的平ぺったい発音で、どちらかというと「レ」のほうのアクセントが強い。(”オレ”だけ取り出すと”カニ”の発音に近いかな)

これは、ここ20年くらい前から「ジャー」、「モデ」といった東京で会話に使われる外来語の発音が変わってきて語尾が上がる発音が増えてきているのと同じく東京圏は、茨城や栃木など関東訛りが強いのでどうしてもそうなりがちで、「オレハ」の発音もそれと同じ発音方法なのだろうと思っています。

ところが、最近、「レは」とか「レ」という発音をする子供たちが東京で急増している感があるのですよ。

だれか研究してる人いないかしら? 

2010年8月16日月曜日

デオドラント談義

追記:2026/01/06
さらにその後、紹介しているアームアンドハンマーを使うと、脇がカブレるようになりました。現在は、agのスプレーを愛用しています。

追記
(2020/01/10)
その後、10年の歳月がたち、日本でもCMをはじめ体臭についてずいぶんとフランクになってきましたよね。変われば変わるものです。

追記)(2015/05/08)
その後、数回USに仕事ででかける用事があったのでいく度にアームアンドハンマーを何個か買ってきています。
おかげでここしばらく個人輸入サイトのお世話にならずに済んでいます。
ところで下記の過去記事では「ブランド」なんて書き方をしていますが、なぁんてことないウォールマートなどで売っている本当に安い商品です。
でも効き目は間違いありません。

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今年の夏は、いつになく暑くてデオドラントにはお世話になりっぱなしです。

一般化していいかどうかわかりませんが、あたしの経験からいうと外国の方は、わりとカジュアルに体臭について語りますね。
「あ~。もう暑くて暑くてなんか臭くなっちゃった~~」とか若い女性でもひらばで普通に会話しちゃう。
日本でもその手のCMもずいぶんふえてロッカールームでシューなんて画面がオンエアされてるので以前に比べると話題に出しやすくなってると思います。

西洋のかたがたは、割と強力なデオドラントをお使いで、あたしもかつては「オールド・スパイス」なんて使っていたものです。ただ、これを日本で使うとあまりにも香りが強くてつけて自分でもむせちゃう(笑)。そういえば、シャンプーでも自分の香りでむせますな(笑)
洗濯で使う柔軟剤も強烈ですが。

さて、長持ちして香りがきつくないものないかなぁなんて探すに探して今落ち着いているのが「アーム&ハンマー」というブランドのもの。
ここは、「重曹」のクリーナーを出しているメーカーでして、アーム&ハンマーのデオドラントも「powered by baking soda」というシールがでかでかと貼られてる。
これが凄い。

なにがいいのって、確実に一日は持つし、数日継続して使うと、その後つけなくても数日効き目が持続します。
それだけ強力なものなのでお休みの日にはつけないですごします。

国内では売られていないので、あたしは個人輸入代行サイトに注文してまとめがいしています。
(実は、前回スポーツタイプってやつを注文しちゃってちょっと香りがきつくて往生しています。年1本のペースなので今年一年がまんしなかればならない。もし、興味のある方が注文する際には、「無臭」タイプがお勧め。無臭といってもベビーパウダーの香りがします)

2010年8月10日火曜日

ケンカのシーン

映画でケンカのシーンがよくありますね。

強いもん同士が決闘するみたいな。いい者と仇役がいて、すっごく強そうな仇役が登場するとき、「オレは強い相手だぞ」という象徴のように首をポキポキする演出をよく見かけます。

指をポキポキならすのは、「拳」が武器そのものなので、なんとなくウォーミングアップという感じで理解できるのですが、首はどうなのだろう。

緊張をほぐすのが主たる目的なのか?
たしかに怖そうな感じには見えますが、実際のケンカでも首をポキポキして相手を威嚇するのでしょうか。

太極拳は習いましたが、実際にこぶしで打つことはないのでぽきぽきする感覚はよくわかりません。
太極拳が好きなら空手も好きだろうってんで会社の空手部に無理やり入れられましたが、一度も練習に参加することなく今年ようやく退部させてもらいました。

2010年8月8日日曜日

ながみひなげし

去年くらいから友達と話題になっているのが「ながみひなげし」という花。
(あたしにも僅かですが友達がいます)

「そういえばさ。最近、道路わきでかわいいオレンジっていうかピンクとオレンジの間の花やたらと見ない?」
「ふーん。あんまり気がつかなかったなぁ。」
「結構、可愛いんだよね。ひょろっと長くて」

とこうなると何としても知りたくなるのが最近のネット野郎の生態だそうで、ご他聞にもれずキーワード駆使して調べましたよ。

調べによると帰化植物だそうで「ながみひなげし」というらしい。あたしと彼の仮説では車が種を運んでいるので道路際にやたらと多いのでは?ということになっております。色が可愛いので映像でも目に付く。
アニメ映画「借りぐらしのアリエッティ」にもアップで各所に登場しておりました。



(検索画像をみながら)

「おぉ。これ芥子じゃない。」
「それを云うならポピーっていってよ。ポピー。」
「虞美人草だね。虞や虞や汝をいかにせんと(泣)」
「おいおい。泣くなよ」

2010年8月6日金曜日

人のまたがしはやめよう

ま、あまり能力が高い方ではありませんが、マインドだけはハッカーだという誇りをもちつつな日常ですが、町内でもパソコンに詳しいやつだといううわさがひろがりまして。

とあるお宅のパソコンの調子が悪いので拝見しただけなんですが。(下についていた「タスクバー」が横についちゃったみたいな話だったりする)

次は、ある家の旦那のパソコンが変だ。ってんでお邪魔してみたらもう、ウィルスに感染してめちゃくちゃ。起動するとエロサイトのキャッシュのようなものがポンポン飛び出してくる。

そばには、お嬢ちゃんや奥さんがうろうろしてるので二人で画面隠したりして。おおあわてで初期化。(信じないと思いますが、あたしはパソコンでその手のサイトに訪れたことがありません。たぶん長いこと専門にやってるんで白けちゃう心理かと思われます)

また、別のお宅のパソコンが調子が悪いってなときに、最初のお宅の人が「そうそう。おれ、詳しいやつ知ってるよ。そいつに頼んでやる。」とかいって「人のまたがし」するんですわ。

またまた初期化系の話なんだけど、データが大量に入ってるから、まずバックアップからだったりする。サービスパックもあててなかったりするから時間のかかるのってなんのって。

お店でうーんと高いの買わされたみたいで、某大手家電メーカー製のものでハナからハードディスク一杯ほどの独自アプリやら購入釣り誘導アプリがインストールされている。
こんな状況だとみんなiPad買うようになっちまうぞ。と思いました。

2010年8月3日火曜日

ギーグモード(2)

てなところで、なんとなくニュースをまさぐっておりますと、例のKindleの新型が出るという。

たいした気負いもなくAmazonで製品のデモ動画をみたら・・・ひさびさに魅かれて、ほんでいつのまに気がついたら購入予約していた(笑)

海岸でお姉さんが読書している姿もあるけど、No annual contract, no hassle、という惹句にひかれついふらふらと。
一体どうしたというのだろう?
見た目色合いが、Palm Pilotに似てるんですよね~。好きだったもんなぁ。

英語の文章というのは、それでなくてもなかなか億劫なものですが、やはりインターネットを享受するには、英語圏での文化生活をしないといかんなぁと思っていたのでKindleそれもよし。なんて思ってたところ。新型はなんと日本語にも対応するというお知らせも。

追記:その後、何台kindleを買ったことでしょう(笑)2026/1/6

2010年8月1日日曜日

ギーグモード(1)

ご他聞にもれず、わが職場でもデジタル小物好きは、あたしがつとめているデジタル部門以外にも数多くいまして定期異動で出会った人たちの中にもiPadはもちろん、ポメラにいたるまでさまざまなガジェットを使っています。

iPADは、老眼に良いというので年配のユーザーも多く黒いパッドを抱えて社内を闊歩するおじ様たちも数知れず。

あたしは、もともと建築のデザイン出身でして、かつてはワークステーションを使って3Dのパースペクティブ(透視図)などを作ったりしてました。コンピュータを使う前は手描きで三点透視などで下書きを作り水彩(!)で仕上げたりしてたのですが、一旦楽な道に入っちゃうともうだめですな。

その後、あるきっかけでMacintoshを使い始めて虜になりました。
特にビル・アトキンスンのHyperCardにね。
それまで家では泣く泣くMS-DOSを使っていたのに、生活が一変しました。世界が変わったというか。パラダイムシフトというか。

20年近くおつきあいしている(後に言う)IT関連企業がありまして。当時、一緒にCD-ROMタイトルなぞ作っていました。これが会社中Mac教でして。社長もマニアだったけど、プログラマーのKさんはすごかった。

WIndows3.1が出て間もないころ、同社を訪れたオタクのG君とK君が怒鳴りあっている。何を言い合っているのだろうと思ったら、MacとWinがどちらが良いかで本気で喧嘩している。んなのMacに決まってるじゃないか(笑)なんて当時K君に肩入れしたものです。(3.1の時代ですからね。念のため)

ところが、そのK君をはじめ、いつの間にか会社ごとWindows派に転向していました。
時代は変わるものだと。
僕もMacは、iPodの母艦としてしか立ち上げなくなっちゃったし。
あんなに熱烈に好きだったのに。恋から醒めちゃったせいか、その後iPhoneが出ても萌えず。iPADを使ってみたけど、なんとなくもやもや感があって燃え上がらない。要するにバーンアウトか? (長くなったので続く)

2010年7月30日金曜日

蕎麦談義(2)

そばの続き。

「そば」は、専門書というか、蕎麦屋めぐりみたいな本が結構でてますな。

あたし、それなりにいろいろな蕎麦屋にいったことがありますが、これらの著者たちは、一体どのような生活をしているんだろうというほど、日本中にでかけている。
本で紹介されてはいても地元の連中は訪れないなんていう店も中にはありますな。それは、味が・・・というのではなくて、日常生活的には、値段や量が見合わない、というところなのでしょう。

また時の流れでも移り変わっていきますな。
かつて練馬にあった某蕎麦屋さんは、東京で一番おいしい!なんて書かれていたこともありますが、閉店してしまいました。ネットでみるといろいろと事情があったようですね。おいしいのですが、地元では「ひとかきソバ」とかいわれて普通のメシにはふさわしくない。
おでかけして食べるって場所でした。

書いてはみたいけど、教えたくない蕎麦屋も何軒かありますが、あたしがチャンピオンかなと思っているのは、長野にある「みつ蔵」という御蕎麦屋さん。
混んじゃうのでタイミングが悪いと長時間待たねばならないことがあります。ま、長野だから旨いのはあたり前か。近所にもそりゃおいしい蕎麦屋はあるのですが、超高価だったりして敬遠。

ま、そこは、「そば」ですので何時間も待つのは人生効率的にいかがなものでしょうか?
でも、食べたくて一度だけ日帰りしたことがあります(笑)。
その後の疲労度を考慮しますとやめといた方がいいっす。

浅草の藪も好きです。
一人で行くと、店のおばさんがひょいっと新聞を置いてってくれる。
埼玉のグリーンセンターって公共の公園があるんですが、そのそばに「福乃屋」ってそばやがあります。気取ってない、町場の御蕎麦屋さんなのですが、ここがあなどれない。そばつゆもそばの味もブランド店をしのいでます。

場所柄車で行くことになるので、酒がのめないのが難点ですが、最近の蕎麦屋さんは、ノンアルコールビールをおいているところが多いので、飲んだ気にはなれます。

2010年7月25日日曜日

蕎麦談義(1)

タモリの「そばや」は、名曲ですな。あれもグルーヴしまくってる。

昨年、はじめてソバを打ちまして。イバラキの知り合いに教えてもらったんですが、すっかりその気になっちゃいました。
親戚の家にソバ包丁があるってんで、家で打ってみたんですわ。打つところまでは問題なかったのだけど、どうもきりにくい。

貸してくれた親類に「この包丁さ、どこで買ったの?」
「あ。あれ?う~と去年、ハワイに行ったときにおじいちゃんへのおみやげで」

むむ?ハワイでソバ包丁か?! ってしみじみみると中華包丁じゃないっすか。きりにくいわけだ。ってこれくらい素人状態ですが、自分で打つとこれが実においしくできる。

その後、ハンズで安いソバ包丁とコマ板(ソバを切るテンプレート)を買って、いよいよ本格参入しました。
手打ちは、素材がいいのでもちろん味はよいのだけど、ポイントは、そばつゆ。

ソバ打ちの入門書で「つゆ」の作り方をみると本格的に作るのは結構面倒。その本の片隅に「簡易版そばつゆの作り方」ってのが載っていました。
これが、実に簡単でうまい!! なべに、水と醤油とみりんと出汁昆布とかつおぶしを指定量、一緒にぶちこんで煮るだけ。できあがったら適当に漉して保存。結構持ちます。

手打ちは、一回所要時間30分程度ですが、それなりにスペースと段取りがいるので、買ってきたソバを茹でて自家製そばつゆで食べると、それだけでも大満足。というわけで最近は自家製つゆ以外では麺類を食べなくなってしまいました。

2010年7月21日水曜日

コツコツの法則

寝だめはできない。といいますな。

勉強も「しだめ」はだめで、毎日、少しでもいいから、コツコツとやるってのが重要で。毎日、コツコツとやっていると急にはできるようにならない。

でも、ある日、休んだりして翌日、挑戦してみると飛躍的に進歩してたりする。たまに休むってのも重要らしい。脳みそに染みわたるのかもしれませんね。

これは、勉強も運動も楽器もみな共通するコツコツの法則なのかなと。

生活もコツコツですな。続けるってのは本当に大変で、ラジオ体操も大変だし。

ブログもはじめるのは簡単だけど続けるのは大変。継続している人たちは偉いなぁ。

2010年7月17日土曜日

グルーヴ感

「グーグル」じゃないっすよ。グルーヴ。

ギターの練習にしばらくヤマハのサイレントギターというのを使っていました。
子供のころ、アコースティックギターを触っていたのでアコギタイプにしました。

デザインがかっこいいのなんのって。アンプも内蔵してるし静かに練習できるってんで満足していたのですが、とある本に出会ってむらむらとエレキギターをやりたくなってきました。
むらむらが続くこと数ヶ月。ついに我慢爆発してフェルナンデスの初心者向けのモデルを買ってしまいました。

エレキギターにさわるのはまったく初めて。何にもわからない。夜な夜なネットで勉強してサイレントギターのようにヘッドフォンで練習できる超小型アンプ(最近では、「けいおん」モデルも出てる)を買って、ぽつぽつと練習してます。

エレキに限らず、音楽にはグルーヴ感覚が必須ということで--------そういえば、子供の時続かなかったのは、グルーヴ感育成に注力しなかったからだなぁと反省。ま、老いやすく「楽」成り難しですが。

で、グルーヴってなんだろう?
って思索に耽っていたとき脳裏をよぎったのが10年前くらいにテレビでみた「あがた森魚」。

もちろんあたしは、ガロ(マンガ雑誌のね)世代→林静一(画伯)→「赤色エレジー」とぴったりリアルタイムなのですが10年前のことでもテレビで見かけたのは本当に久しぶり。

歌は覚えていませんが、彼が歌いだしたとき画面から超キョーレツなオーラ!表情、体の揺れ方がステージ全体にあふれテレビから伝わってくる。こんなステージを生でみたらどんなんだろう?
そのときの、あがた森魚の風体は、あえて?普通のサラリーマン風のファッションで。町でみかけたらただの風采の上がらないオッサンですわ。

それが、ひょいっと歌いだした瞬間から神がかるんだ。へ~~~~!
赤色エレジーの人がこんな凄いおそろしい歌手になってたなんて。

そう。あれがグルーブってもんだよな。

2010年7月16日金曜日

恋愛のプロトコル

iPADが社内に横行しております。(追記:こんな時代があったのですね。2024/05/22)

ま、自分で買うのが一番なのでしょうが、ちょうど会社の機材があったので借りて使ってみました。

iPhoneも本格的に使ったことがないので初のインターフェース体験となります。(2007年発売当時、NYの支社に頼んで買ってもらったことがありますがバッテリーの持ちが悪すぎてすぐにお蔵入りにしました)

新品ということもあり、WiFiなので、セッティングが必要ですな。無線LANは、MACアドレスフィルタリングがかかっているので、設定からMACアドレスを探しました。(WiFiアドレスと書かれていて引きました)
ですが、入れども引けども繋がらない。四苦八苦した結果、判明したのが、MACアドレスの8とBをみ間違えていた……ということ。それも二箇所も。
要するに老眼ですね。 もうガジェットライフやめろという天の声かと思いました。

で、ここも年老いた心理なのかもしれませんが、設定を行いはじめてから急にココロが引いたんですよ。
「あ~。おれは、これまで何万回のセッティングをしたのだろう? FreeBSDのセッティング用フロッピーをしこしこ焼いていたオレ。OS/2のデュアルブートに挑戦していたオレ。
MacのMACHカーネルでサーバを立ち上げていたオレ。
ま、そんな体験に比べたら、なんでもないのですが、設定は設定だ。あ~、オレはまた設定をしている」ってだけでなんか急に醒めちゃったのです。

ある女性たちがぼくに言ったことを思い出しました。

「ねぇ、つかさん。新しい人と付き合い始めても。なんかね。また、同じなのかって思っちゃうと急に醒めちゃうの。また映画みて、ドライブして、ディズニーランドに行って。また、同じ手順を踏むだけなのかなぁ。なんてね」

といっていた二人の内、一人が3ヵ月後くらいにいきなり結婚しちゃった。
「恋愛の手順」が面倒だからいっきに結婚モードにしちゃったのかなぁ。(恋愛と結婚の違いについてはまたの機会に書きたいと思っています)


2010年7月9日金曜日

腹痛休み

だいぶ前、ディアゴスティーニのとある模型シリーズを手がけていたとき、うっかり手をザクっと切ってしまったことがあります。

週末だったので大騒ぎ!流れる血をむりやりとめながらERに向かいました。
ERの入り口に入るとまるでドラマのように急患のストレッチャーが入ってきて、あぁオレなんぞERに世話になるなんて申し訳ない、なんて気になります。
もちろん、そんな状況だとちょっとした急患は、どんどん後回しにされます。

さて、先週の日曜夕方、ちょっとお腹の具合が悪いなぁなという感じに。
で、夕食時には食欲が落ちるも無理して食べ、痛み止めを飲んで翌朝。

着替を済ませたところで急激な痛みがおそってきました。
もう脂汗が出るわ顔を青くなるわで、件の病院に。
ERの窓口の人と相談して通常診療を待つことにしました。

よく会社のおやすみで「腹痛のため休みます」ってな連絡を受けることがありますが、実は自分は腹痛で学校や仕事を休んだことって一度もなかったのです。
(十二指腸潰瘍ってのは経験ありますが、あれは「腹痛」というのとは異なる痛みですよね~)

慣れないだけに、ひょっとして重い病だったらどうしよう?と不安がよぎります。腰抜けですから。
点滴やら各種検査を実施してもらったところ重大な要因が見つからないということで、とにかく急性の腸炎だろうということに。

摂食方法の指導を受け、整腸剤をだしてもらって帰宅とあいなり、翌日から出勤してますが、体調はいまひとつ。先生も今週いっぱいは調子悪いよっていってたもんなぁ。
大先輩の会社卒業送別会も予定していたのに、あえなくキャンセル。あぁ情けない。

2010年6月25日金曜日

楽器挫折者救済プロジェクト

Amazonを逍遥~ウィンドウショッピングしていると面白い本に出会いますな。

楽器挫折者救済合宿 ギター・ジャカジャカ』(きりばやしひろき著)は、ギターの教本ではなくて救済本なんだそうです。

ギターのむずかしいことを抜きにしてとにかくまずは楽しめるように難しいコードを単純化したり、アレンジを工夫して上手に演奏できた気にさせたり軽妙な文体につられて練習が進むという。

タイトルに「合宿」とあるように本当に二泊三日の特訓合宿を実施していて、そのノウハウを書籍化したものだそうです。
テレビ番組でも取り上げられたことがあるとのこと。

あたしは挫折に関しては楽器に限らずベテランでして数え上げれば切りがない。
そんな中でも楽器はまぁ「挫折の王様」でしょうかね。キングオブザセツ。
Amazonでこの本を見つけたときは、これはオレのための本だってんで即買いでした。

買ってからがまた面白かった。何しろ、きりばやしさんの選曲が数が多い上にジャンルが多岐に渡っていて知らない曲が多いんですよ。「お魚天国」は知ってましたけど。

まずは、iTunesミュージックストアで売られているものを単曲で購入。ないもので好みのものはCD購入。おこずかいがもたないので嗜好性が不明のものは図書館で借りて全曲集めました。それをiPodに入れると。

本と出会わなかったら興味持たなかっただろうなんて音楽もあって、例えば、ASIAN KUNG-FU GENERATION。ちょっと聴いただけでたちまち虜に。
曲との出会いも縁ですな。
でもU2の曲をなんちゃって完奏できたときは高揚したなぁ。

2010年6月20日日曜日

ヒコーキ野郎の広場

公園シリーズ、ひとまず今回でおしまい。

「林試の森」をはじめ森力(もりりょく)の強い公園は数あれど、やはり都内の公園ということで言えば、やはしチャンピオンは「水元公園」ではないでしょうか?
その規模のでかさといい、鳥の豊富さ(鷹が来ちゃうんだもん)といい、景観といい。

金魚の展示場はあるは、生態系保存の区域はあるわ、ラクウショウ(落羽松)の森はあるわ、ばかでかい野原はあるわ。もう切りがない。

「川」のように中央に流れているのが「小合溜(井)」(こあいだめ)といって昔の灌漑用水だそうで、この小合溜を挟んだ対岸が埼玉のみさと(三郷)公園になっていて、両公園が互いの借景になっている。どちらから見ても美しい。ぼーっと眺めているだけで時間が過ぎていきます。

最北西端には、葛飾区の施設、「かわせみの里」があって、そこからひょいっと橋を渡ると埼玉県三郷市。
逆に、南端側の金魚展示場方面から大きな橋をまたぐと千葉県松戸市。その辺りも分園のようになっている。

よほどの覚悟をしない限りは、徒歩で一周はちょっと厳しいかも。
慣れていても広い。でも三郷公園を含めて小合溜周囲一周ってのはぜひチャレンジしたいもの。

ど真ん中には、遭難しちゃいそうに巨大な野原があって中央でヒコーキを飛ばしている人たちに出会いました。

いいオトナが集まって真剣に紙ヒコーキを飛ばしている。
ぼーっと見ていたら、いろいろ教えてくれる。ヒコーキの掴んでいいところとか。かならず広場の中央に戻って飛ばすとか。落ちてきた人のヒコーキには触れないとか。
めいめい持ち寄ったヒコーキ収納箱の美しいこと。女性もいましたが、ほとんどが男。そんな大人たちが楽しそうに薀蓄を語る。

ひとりのヒコーキマスターが飛ばした飛行機が見る間に小さくなっていく。聞けば上昇気流に乗っちゃうとそのまま空の彼方に飛んで行ってしまうのだそう。豆粒みたいになったヒコーキのそばにもう一機が近づいていく。おぉっと思ったら、なんと鳥だった。鳥が仲間だと思ったんだろうか。

2010年6月18日金曜日

井上円了とルドルフ・シュタイナー

公園シリーズ、第三回の今日は、江戸川区立『行船(ぎょうせん)公園』。

ネットで引くと、やまほどエントリーがあるので詳細は省きますが、あるHPによると名園として誉れたかい公園なのだそう。

いかにも美しい日本庭園があって区民の憩いの場になっているけど、ここの何が凄いって本格的な動物園があるってこと。

それもハンパじゃない。レッサーパンダもいるしペンギンやアザラシ(だと思う)もいる。しかも無料。いつ行っても綺麗で、中央にある触れ合い動物園ではヤギや羊、うさぎ、にわとりなどに遊んでもらえる。

緑の量は、さほどではないけど本格動物園の存在感はあなどれません。

今日は、もう一箇所。中野区にある「哲学堂」。

ここは井上圓了(えんりょう)という哲学者(まんまですな)がつくった施設で、妖怪ファンだった圓了先生が作っただけに、ちょっと不気味な味わいのある公園だけど石神井川をはさんだ桜の風景は見事。

さて、この哲学堂。なんかに似ているなと思ったら「人智学」で有名なオーストリアの哲学者・教育者・建築家、ルドルフ・シュタイナーと彼が設計した奇妙な建物群、「ゲーテアヌム」。

教育の場に奇妙な建築。神秘主義への傾倒など井上先生の仕業と非常に似た感じがします。

といってもあたしはシュタイナーの本は若い頃、何冊か読みましたが、井上圓了先生については通り一遍のことしか知りませんで、ま、戯言とお見逃しください。

風景については、Googleの検索一覧で、その奇妙な雰囲気を感じとってください。

ふと思いついて「井上円了とシュタイナー」と入れて検索すると同じような両者に類似性を見てとった人が世の中にはたくさんいるってのがわかりました。

Googleは好奇心の果てですね。
ゲーテアヌム

2010年6月13日日曜日

新宿御苑

「林試の森」、「自然教育園」と来て、次は「新宿御苑」。

東京の人間は、な~んだよ。新宿御苑かよ、なんて云うかもしれないけど、最近の新宿御苑はすごいですよ。

特に西側というか庭園系の反対側が自然教育園風の森になっていて明るい森あり、暗い森あり遠足の印象しかない人だったら、え?
これが新宿御苑?てな感じの森になっています。

ここには環境省の若いスタッフもいて、ものすごく自然に詳しくて質問するといろんなことを教えてくれます。

4月には、ここで「国際生物多様性年イベント」(恒例行事だけど、ここところの生物多様性ブームで盛り上がってる)が開かれたし、5月には、「ロハスデザイン大賞2010・新宿御苑展」が開かれています。

2010年6月11日金曜日

カエル合戦

どんぐり拾いにいったものです
下町に暮らしていると歩道やら軒先やらにやたらと鉢植えや植木やらを並べて慈しんでいる家が多いです。
これは、あたしの想像ですが、町暮らしでみんな緑に飢えてるのではないのでしょうか?

あたしも埼玉から引越しをしてきた当初、緑が恋しくて喉を潤すような感じで明治神宮を散歩したことがあります。
以来、定期的に都内の公園巡りをするのが習慣になっています。

特に気に入っているのは目黒にある「林試の森」公園。

ここは、もともと林業の試験場だったところだそうで広さはたいしたことないのだけど歴史があるので緑が深い。夏なんて、もうセミが大騒ぎ。

著者の徳永桂子画伯の緻密な絵がド迫力の「日本どんぐり大図鑑 」というマニアックな本がありまして、この本の中に、「林試の森」にある樹木が数点描かれています。

目黒近辺ですと有料ですが、「国立科学博物館自然教育園」ってのが、これまた凄い。あまり手を入れてなくて鬱蒼としている。

粘り強い研究者たちの記録
またまた本ですが、「カエル合戦 」(福音館)という名著がありまして著者の久居宣夫先生が、ここ教育園のカエルの生態をじっくりと観察した「根気の塊」みたいな本です。まだの人はぜひ一読あれ。
なってたって「合戦」だから物騒ですよほんと。

2010年6月6日日曜日

Who cut your hair?

記事のタイトルになっている”Who cut your hair?"というのはアメリカの漫才コンビ、Cheech and Chongのもちネタ。

学校の教室で女性教師が麻薬についてゲストを招いて授業を始めようとします。
生徒たちがざわざわ騒いでいて、先生が「静かに~」と言ってもやまない。

ときおり生徒(Cheech)がゲストに向かって「Hey! ”Who cut your hair?」とやる。
これがわけもなく可笑しくて腹がよじれてしまいます。

一向に静かにならない教室に最後の最後、というか定期的にこの先生が切れます。
これがまたたまらない。

そうね~笑いの種類としては、日本のコメディアンで言いますとボンボンブラザーズに近いかな。(寄席に出演している曲芸のグループですが、何度みても表情だけで吹き出してしまう。ライブでないと伝わらないので一度寄席へどうぞ)

みんなこのネタが大好きなようで、Googleで「Who cut your hair」と入れたら出るわ出るわ。中にはブログの看板タイトルにしているやつもおります。

そういえばネットが盛んになってからCheech and Chongのこと気にしてなかったなと更に検索してみると彼ら今は70代になっていて、なんと活動を再開するらしい。
YouTubeはいろいろ言われるけど、こんな調べものするときには本当に助かるなぁ。

あたしが最初にCheech and Chongを知ったのはT.S.の家で聞かされたLPレコードで、いったいどんな連中なのか見当もつかなかった。LPは、出演者が多いので二人組だって知ったのも何年も後のこと。コンビのスペルもわからなくて”チーチャンチョン”という中国人グループだと思っていた。

聞かされた当日は、おまけにジョン・ケイジ(現代音楽家)の「サイレンス」のレコードも聴かされたので頭がふらふらになってしまいCheech and Chongの正体を確かめる元気もなかったのも一因です。

ジョン・ケイジのサイレンスは、『サイレンス』という単行本で翻訳がでております。

さて、しばらくしたら日本で「スネークマンショウ」という-----なんだろう、コメディアルバムといえばいいのかな?が大ブームになっているというので聴いてみたらCheech and Chongのコントとそっくりなんですな。

いやぁ似てる。なんて思っても今度は日本ではCheech and Chongを知っている人間がほとんどいないので確かめるすべもなく今日(2010年6月6日)に至ったわけです。

ふと思い立って検索してみるとAmazonのユーザー評に、なんとスネークマンショウとCheech and Chongの関係について記載しているエントリーを発見。自分の好奇心の行き着くところってだけですがインターネットのありがたみを噛みしめましたわ。

2010年5月28日金曜日

メタ・ドキュメンタリーのよろこび

扶桑社が94年にホイットリー ストリーバーの『コミュニオン―異星人遭遇全記録』の邦訳を出してました。

ホイットリー ストリーバーといえば、『ウルフェン』とか『デイ・アフター・トゥモロー』を著した売れっ子作家ですが、実はオレ宇宙人にさらわれてたんだ。って告白をして大騒ぎになりました。

一時、出版界から干されていたというエピソードを読んだことがあります。

発刊当時、何気に手にした『コミュニオン』を開いて衝撃を受けました。

ネタは??なんだけど、ド真面目なんですよね。
書きっぷりが。あんまり凄いので続編の『遭遇を超えて』まで買っちゃいました。

このテのメタ・ドキュメンタリー(こんな用語ありませんよ。今、考えたました)は、とにかく面白い。

あたしのオススメは、まず人間のクローンを作り出したドキュメント『わが子はクローン』 (デイビッド・M. ロービック著)。

ある大富豪が金にあかして自分のクローンを作る計画を進めるにあたり、科学記者であった著者を雇って記録させたという「実話」。たまにテレビでもネタになってますね。
このロービックも科学記者界から干されたそうです。

もうひとつが、以前も触れたカルロス・カスタネダ著「ドン・ファン」シリーズ。UCLAの文化人類学を研究していた若き学生カスタネダがメキシコはヤキ族の呪術師ドン・ファンの弟子になるという話です。

以下の引用は、ドン・ファンが「戦士」についてのべた重要な言葉であります。
ドン・ファンは、ボブ・ディランの自伝にも出てますな。それによるとアメリカでは大ブームだったらしいですね。


“Anything is one of a million paths. Therefore, a warrior must always keep in mind that a path is only a path; if he feels that he should not follow it, he must not stay with it under any conditions. His decision to keep on that path or to leave it must be free of fear or ambition. He must look at every path closely and deliberately. There is a question that a warrior has to ask, mandatorily: ‘Does this path have a heart?’”

2010年5月22日土曜日

もんじゃで予約は野暮だろ

最近スカイツリーのおかげで人の流れが変わってきました。

見慣れない感じの独立系「歩こう会」風の中高年齢やら、妙におしゃれな感じのカップルとかが町に出没して。
虫みたいな様子の自転車乗りがわんさか猛スピードで走ってます。

近所の惣菜屋さんでも、観光客風の人が揚げ物できるの待ってたりするし、経済効果的にはウェルカムでしょうか。

でもね。そんな賑わいの影響で、いついっても「お○○く」に入れないだ!
ふらっと来て入れるからこそ、もんじゃじゃないか。 ふらっと、もんじゃが食べたいのよ。おかとくで。あたしは。

しかもレストランじゃあるまいし、予約する連中がいるんですわ。
こないだも中学生がおやつ食べられなくて困ってたし。

で、よもやと思って検索してみたら、あるわ、あるわ、電話番号付きで店を紹介してるブログやらポータルが。うじゃうじゃと。

はるか昔、美術展は専門誌にしか開催情報がなくて調べてはいそいそとでかけていたものです。
ある日、「ぴあ」が登場してそれから美術展がラッシュアワーのようになってしまったのを思い出しました。

愚痴ですよ。単なる愚痴ね。メディア論なんかじゃないですからね。

こんなザマになる少し前に、その、「お○○く」でもんじゃ焼きつついてたら、縁台サイドのテーブルで食べていた男女。

男の子がいきなり三線をつまびきだした。女の子がそしたら笛を出してね。ひょろ~って。
最高だったなぁ。風が気持ちよかった。

2010年5月21日金曜日

Barber

ちょうど中学校くらいのころ、駅前からの道に商店が急に増えたことがありまして、駅と家の中間くらいのところに床屋さんができました。

さっそく散髪をしてもらうようになりましてオトナになって引っ越すまでお世話になりました。
先だってその町に暮らす知人が近所の病院に入院したというので見舞いました。

その床屋さんの前を通ったらちょうど奥さんとばったり会って。

久しぶりやね~ってな話になりまして、「ところで、つかさん。今どこに住んでるの?」ということで今のところを告げたところ、「そりゃ奇遇ね。○○通りに”○○○”って理容室あるでしょ?私たち、そこで働いていたのよ」

なるほど、おじさんたちは元の○○○理容室から暖簾分けしてもらったんだ。

帰宅してから、近所を歩いて確認したら確かにありました。
不思議なものですね。一度チャンスがあれば散髪してもらいたいなぁ。

上野東博の横に「国際子ども図書館」という施設があります。
ここは、「子ども」になる前は、国会図書館の分室だったのです。

で、実は、地下に食堂と床屋がありまして昔よく散髪してもらってました。
(東武線の博物館駅が健在の頃の話)

先日、久々に「国際子ども」に出かけたおり、思い切って係の人に「昔、ここの地下に床屋さんがあったんですけど。どこかへ越したんですか?」と聞いてみました。
「何処へ移ったのかはわかりませんけど、床屋さんがあった場所には、免震装置が入っています。」って話でした。

落語でも映画でも、「床屋」が扱われることが多いですが、絵になるんでしょうね。

「子ども図書館」の隣に砂岩で仕上げられた可愛いビルがちょこんと立っています。元佐藤秀工務店の本社だったビルでデザインが最高です。
看板を見ると博物館関係の施設に様変わり。 町と記憶はうつろいますな。

2010年5月7日金曜日

スリー・ドッグ・ナイト ~音楽の見栄~

twitter(追記:その後f★kin' X)の発言(をちょっと翻案して)を軽く引用してみますと、

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Hummel: Piano Trios
Trio for Piano and Strings in E flat major, Op. 12
(ピアノ三重奏曲 第2番 変ホ長調Op.12)

SOUL LOVE/PV見てます。

またもや、クレイジーケンバンド
2010/04/29 15:27

Joao Gilberto「Aguas De Marco」
お昼下がりに聴くと落ち着く。

DearFriends/フレンズ

ken03909さん、Still Life(Talking)というアルバムのLast Train Homeです
昔ジョン・カビラさんのラジオ番組でも使われてましたよ

GW!!
なんだか気分が浮かれてMichelが聞きたくなりました
Remasterとかいっぱい出ててつい欲しくなる

ドビュッシー「亜麻色の髪の乙女」島谷ひとみのそれではありません

P.M. Dawn「Downtown Venus」ゴールデンウィーク突入ですが朝から調べ物中 気分転換しましょう

Don't Lie 聞いてる 洋楽

夜寝る時はクラッシック系を聞きます
深く眠れるよー

REMEDIOS「Island」
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とかなっております。でも本当に聴いているのかなぁ?
みんな、ほんとうは大塚愛聴いてるんじゃね~のかぁ?

読売新聞の子供向け「書評欄」に小説家の石田衣良氏が書き始めたとき「書評を書くというので、ついかっこつけた本とか選ばなければなんて思ってしまって」と書いていました。

実に素直というか、人にプライバシーを公開するときって多かれ少なかれ石田さんみたいな心理が働きますよね。

出勤時、会社のエレベータの中でもイヤフォンをさしっぱなしのあたしに、同僚が「つかさん、何聴いてるの?」と聴いてきたときは、何を聞いてきても「テレサ・テン」(笑)と答えます。
この後、対話は必ず途切れます(笑)

昔ジョン・カビラがFMラジオ番組で言ってました。

「…本当は、スリードッグナイトが大好きなのに、軟弱だって言われるのがいやで黙ってたんだ。だってみんな(レッド)ツェッペリンとか好きじゃないとバカにするんだもん。本当は、スリードッグナイトが好きだったんだ~~~~!(雄たけび)」

そうそう。気持ちわかるよ!オレもスリードッグナイトは好きだったんだよ!
トム・ジョーンズもアルバム買っちゃったんだよ。

2010年4月23日金曜日

「死にクスベ」って……

おれ 「おまえ、サヨナラバスって知ってる?」
友人 「サヨナラバス?なんだそれ?」
おれ 「サヨナラバスって曲なんだよ。曲!」
友人 「なにいってんだよ。おまえ。意味わかんねーよ!」

ま、友達の会話といえばそれまでですが、そんなものなのですよ。あたしらは。

いつからなのだろう?ふと気がついたら右の頬のところにポツンと黒いものが。あれ?こんなところホクロなんてあったっけ?
存在を意識しはじめると急に気になりだす。しかも、少し大きくなったような気もする。
こうなると医者好きのあたしとしては、皮膚科にすっとんでいくことに。

先生 「あ。あ~これね。これこれ。悪いもんじゃないっすよ。”脂漏性角化症”てもんでね。メラニン色素が変化したもんなんですよ。放っておいてもかまわないものですが、液体窒素でとれますが、とります?」

もちろん、窒素でジューっと焼いてもらったのですが、これってなんだろう?ってGoogってみたのがいけない。別名「老人性いぼ」だって(笑)。
他にみつけたブログのエントリーでは、「死にクスベ」っていうらしい……。シミじゃなくてシニだよ。いけてるよなぁ。

2010年2月9日火曜日

ボブ・ディランの頭のなか(マスクド・アンド・アノニマス)

「ビッグ・リボウスキ」のウォルターが好きで、演じるジョン・グッドマンが好きになりました。

ジョン・グッドマンというと、『ボブ・ディランの頭のなか』で演じるイベンター、アンクル・スウィートハート役の彼もステキです。(『ブルース・ブラザース2000』では主演してます)

この映画は、ボブが脚本・主演した近未来音楽SF(?)で、コーエン兄弟はじめ有名どころが多数協力&出演しています。

この映画の音楽も世界中のディランマニア?たちによる作品で成り立っていて、なんとオープニングは、真心ブラザーズによる「マイ・バック・ページズ」!

何もしらずにDVDを見始めると、あれ?言語環境を変えてたっけ?とビックリ。
すばらしいカバーで、オープニングから感動ものです。

ディラン演じるところの伝説のシンガー「ジャック・フェイト」が牢獄から解放されて町に帰ってきてバーでいきなり演奏をはじめます。

曲は『ダウン・イン・ザ・フラッド(堤防決壊)』。ジョン・グッドマンがみんなに「みんな。ジャック・フェイト!!」と紹介して軽く踊りながら席に戻っていく姿のカッコいいのなんのって。

で、いきなりジジイ(ディラン)のあのしわがれた声。情けないんだかかっこいいんだかわからない老け方。しびれちゃう。
サウンドトラックも買ってしまったあたしは、日に一度は、この「ダウン・イン・ザ・フラッド」を聴いちゃうのでした。


2010年1月30日土曜日

奴らは渇いている ~ロバート・マキャモン~

以前のエントリーで、伝(つて)をつかって『色褪せた太陽』や『東の帝国』本を手にいれたエピソードを書きましたが、こんな風に外聞もはばからずコネ使うなんてのは、めったにありません。
サザンだってちゃんとファンクラブ入ってるし。(追記:今はもう辞めています。2026/01/06)

コネではありませんが似たような話があります。

アッシャー家の弔鐘」(ロバート・マキャモン著、扶桑社文庫)

買った本が落丁だったのです。
読み始めたら止まらなくて、突然「落丁!」。乱丁なら(でもだめだけど)まだしもページが欠落しているのだからたまりません。めちゃくちゃ面白いし。
なんと、仲が良かった出版社の社長に電話入れて自分で取りにいっちゃいました。

盛りを過ぎてすっかり落ちぶれて呑んだくれているエドガー・A・ポーの下を一人の男性が訪ねてきて、あんた(ポー)が書いた小説のおかげで私の人生はめちゃくちゃになった。どうしてくれるのだ?!となじる。

面食らったポーが「いったいどういうことですか?」と尋ねると、男は「私は、アッシャー家のものだ」と答える。
ポーが描いた「アッシャー家」が実在していたという設定の「シェアドワールドもの」でテンポのいい語り口調でぐいぐい読者をひっぱっていきます。

マキャモンの別の作品「奴らは渇いている」では、吸血鬼の貴公子が主人公。昼間は活動できないので「吸血鬼化」させない「人間」の僕(しもべ)を代行として雇っています。
全編、ロックのような雰囲気で吸血鬼パニックというか、とにかくカッコイイ。

マキャンモンってば、その後、ホラー卒業して、純文学路線に転向してしまいました。

安部公房もカルヴィーノもヴォネガットもキングも半村良も筒井康隆も歩んだ道です。
かつてアダルト向けの映画撮ってた監督がやがて大御所になるように、アダルト向けマンガをステップに本来描きたいものが書けるようになるマンガ家といったような出世魚的流れがあるのかも。

小説家にとってもホラーやSFは、作家にとってもそんな踏み台扱いなのかなと思うとSFファンにとってはちょっとせつない。

ま、でも”転向後”の彼の『少年時代』は傑作です。

父子が目撃したとある事件で彼らの生活に少しずつ変化がおきていく。彼らをとりまく不思議な人々。現実と虚構がまじりあった不思議な世界というと陳腐な説明だけど、全編に流れる「あのころ」の懐かしさ。読書なのに頭の中にロックが流れるようなマキャモンの語り口。文庫になっているハズなのでまだの人は一読あれ。

2010年1月27日水曜日

スターシステムとシェアドワールド

ウォルト・ディズニーや手塚治虫のマンガに登場するキャラクターたちは、「スターシステム」といって、創造したキャラクターが、別々の作品に異なる役柄で登場したりします。

ある時は、ギャング。ある時は、医者といったようにおなじみの顔ぶれがさまざまなシチュエーションで活躍します。

古くは「ルパン対ホームズ」のような異なる作家が別のヒーローを借りてあらたな作品を作り上げたりもします。
ルパンやホームズ、二十面相、ドラキュラなどは、キャラクターそのものがパブリックドメインと化していて世界中のクリエータたちが「活用」しています。

京極夏彦の小説に登場するキャラクターたちは、このスターシステムになっているので読者的に劇中内輪ネタを楽しむことができます。

こちらは、同じ「役者」が「同じ役柄」で別の話にでるのだから、どちらかというと「シェアドワールド」という用語の方が正確かも。

ひとりの作家のシェアドワールドで、みんながよく知っているのは松本零士の各シリーズ。999にハーロックが登場したりする。(実は、あまし詳しくないのだけど)

読者がその作家の作品に精通してくれていないと楽しんでもらえないので、うっかりすると自己満足になっちゃいますがファンにとってはたまらないですよね。

2010年1月17日日曜日

コリン・ウィルソン

電車の中で、おっさん二人が「アバター」の話で盛り上がっていました。
なんだかんだ言ってたいしたもんです。

あたしの知人が、キャメロン監督の大ファンで、「タイタニック」のPRで監督が来日した時、自前のタイタニックの模型持参でプレス発表に出かけたそうです。
(ちなみに彼は、出版で食っていて関連本を発行しています)

んで、監督に出くわすとすかさず「ほれっ!」ってその模型を見せて監督のハートを射止め仲良くなっちゃった。
挙句の果て、主演男優を連れて某チェーン(「…瀧」)系居酒屋に繰り出したもんだから大騒ぎ。
男優さんも後で関係者から大目玉をくらったとか。
「ディ…」in「…瀧」ですよ。まるで「跳ねる子馬亭」に入り込んだフロド・バギンズではないですか。

ま、人の武勇伝自慢してもなんだってなところですが、ま、彼はあたしのSFの師匠ですし、許していただきましょう。

オマケに、監督からお墨つきもらって「テクノアール」って名前の飲み屋まで開いちゃった。
「テクノアール」ってのは、「ターミネーター1」でシュワちゃんが暴れまわるバーの名前。景気がいい頃、あたしも何回かお邪魔したことがあります。

ターミネーター1。

小説でもマンガでも映画でも建築でも、初期の頃の作品の方が予算から自身のネームバリューからなにからなにまで条件が悪いんだけど、条件が良くないほうが、モノとして良かったりするって傾向にあるのでは?なんて思ったりするわけです。

あたしがはじめて住宅をデザインしたのは、川崎の「山岳地帯」にあるもうどうしようもなく大変な土地。なんてたって地所の方が道より数メートル低いんだもの。
予算だってそりゃ若いご夫婦だから枠は決まっている。でも、状況が不利な分、土地が変な分、クリエイティブなココロは、燃えたりするんですよね。
若いってのもあるけど。それから、場数をふんで条件が良くなってくると、なんかココロに隙が出てくる。作品にもなんか締まりがない―――すべて自分の責任なんですがね。

ビジネスの分野でも「不況こそチャンスだ!」なんてよく云うけど、これは、負け惜しみなんかじゃなくて、もしかするとホントかもしれないなって思います。
条件が厳しい時の方が肝となる「何か」が生まれるっていうか。

さて。「アバター」のエンドロールを観てたら、ど頭にコリン・ウィルソンと来た。
あたしは、映画関係の人名に疎いので、え??これってあのコリン・ウィルソンかよ?「アウトサイダー」の?「オカルト」の?

そういえば、コリン・ウィルソン原作も「宇宙ヴァンパイア」って映画にもなっていたよなぁ。
と思い、後で調べたらほんとにあのコリン・ウィルソンだった―――いまも元気なんだ。
コリン。SF小説は下手だけど、あたしは「賢者の石 (創元推理文庫 641-1)」や「宇宙ヴァンパイアー」の方が好きです。

2010年1月15日金曜日

クイサッツ・ハデラッハ ~DUNE~

こうなったら、デューン( 砂の惑星)について書かねばなりますまい。

やはしポールは少年でなくちゃ
あたしも石森イラストの文庫本で原作に出会いました。
今もカビくさい文庫ですが大切に持っています。(追記:その後、「自炊」しました)

そして、映画版(リンチ版)の「砂の惑星」嫌いじゃないです。
メランジ(麻薬)によって変貌をとげた宙航士なんてイメージ通りだったし、スチームパンクの美術も美しかった。音楽もよかった。そっかぁ、確かにブライアン・イーノでしたね。
スティングもカッコよかった。

そんで、なにより、ジェシカ(主人公のポールの母親)が美しかった。フランチェスカ・アニスという女優さんで、劇場で見たとき、なんて美しいのだと思っていて、あらためてビデオ(TV放映用長尺版)で見たら、あれ?そうでもないなと思ったことがあります。
自分の中でイメージを思い切り増殖させていたのだと思う。恋なんてみんなそんなもんだからなぁ。

では、ナニがあたし的に問題か?と申しますと、これはポール・アトレイデ(昔の翻訳のままアトレイデスではなくてアトレイデってことで)。

 役者さんの、カイル・マクラクランには罪はないのですが、あたしの中でポールは「少年」――それも石森章太郎描くところの少年というイメージが固定されちゃってる。
だけど、映画のポールはオトナなんだもん。映画館で予告編を見た段階でがっかりしていました。
石森章太郎が描いていたジェシカも美しかったなぁ。そういえば。

リンチ監督が実現するまで、何度か「SFマガジン」でデューン映画化の噂を目にしていて、すっかり忘れた頃映画化されたのでビックリしました。
あらためて世の中のブログを逍遥してみるとリメークの噂があるとかないとか。
(追記:その後、ヴィルヌーヴのDUNEも見ましたし、「ホドロフスキーのDUNE」も見ました)

原作が長編の作品を映画化するのってほんとにむずかしいのだろうなぁ―――なんて話を書いていると、ついつい「指輪物語」についても触れたくなっちゃうけど、これは場をあらためて。

ところで「少数民族」テーマだと「アニミズム(原始宗教)」ってのが重要な要素になっています。
「砂の惑星」では、砂虫に「乗る」というのがフレーメン(砂漠の民)の「イニシエーション(大人になるための儀式)」になっているし。

アバターでは、ドラゴンに「乗る」ってのがイニシエーションの儀式に位置づけられていたけど、このテのイベントってなぜか映像化されると醒めちゃうのは自分だけ?―――たぶん、彼らの宗教観、自然観にそこまで同化されないので、その部分で急に地に戻っちゃうのかも?

オームじゃない

2010年1月10日日曜日

アバター ~ポカホンタス~ ★★☆☆☆

ポカホンタス』。いや、ダンス・ウィズ・ウルブス』(Dances with Wolves)だった―――じゃなくって『アバター』(Avatar)観ました。

 『デューン」(Dune)』(あのアニメの元ネタですな)は、脇においておきまして、あたしが好きな少数民族系のSFは
、なんといってもC.J. チェリィの『色褪せた太陽』三部作です。

・ケスリス(1982年) Kesrithk (1978) 

・ションジル(1982年) Shon'jir (1978) 
・クタス(1982年) Kutath (1979) 

今はなかなか手に入れにくい本です。


実は、この三部作、読んだのはだいぶ遅くて、すでに早川さんでは絶版。なぜか『ケスリス』も『ションジル』も本屋さんで売っていて、どうしても三巻目の『クタス』だけが手に入らない。で、どうしたかというと、もうこれは本当に恥じも外聞もなく知り合いの伝てを頼んで某所からコネで手に入れていただいた物なので、この三冊はあたしの宝物です。

そうそう。同じくらい入手に苦労したのが、フレッド・セイバーヘーゲンの『東の帝国』三部作。これも、三冊のうちのどれかが手に入らなかっのを、本屋さんが探しに探してくれて手に入れることができました。

セイバーヘーゲンの『バーサーカー皆殺し軍団』は、マイベストSFなので、きっと『東の帝国』も面白いに違いない!と思って、意気込んで読んだら、これはあいにく駄作。
でもね。いいのセイバーヘーゲンだから。これも宝物。

・西の反逆者(The Broken Lands) 
・黒の山脈(The Black Mountains) 
・アードネーの世界(Changeling Earth) 

そうそう、C.J.チェリィというとヒューゴー賞の『ダウンビロウ・ステーション』が有名だけど、プロットに懲りすぎちゃって、くどくてくどくて読んでてぜんぜん楽しくなかった思い出あり。(友人のジュビロがだ~い好きなダン・シモンズよりゃマシか……)それに比べ、「色褪せた…」は、いいっすよ。やっぱり話くどいけど。

「色褪せた・・・」で先住民族が手なずけている獰猛な動物は、「ダス」という大型の狼みたいな生物。

このテのSFだと、このような現地生物と仲良くなるためには、それなりの凝った手順があって、それがイニシエーションの儀式だったりする。

映画「アバター」のように「竜」を飼いならす話といえば、(これまたDuneの砂虫はわきにおいておいて)やはりアン・マキャフリイ(Anne McCaffrey)『パーンの竜騎士』シリーズでしょうか。惑星パーンの不思議な自然と竜に似た生物が生息する必然性の描き方がうまい。

ま、すべてフィクションなんだから必然性もへちまもなくて、すべてストーリーなんて、ご都合主義でかまわないのだけど、読者・観客はワガママなものでお話の流れがなめらかでないと不機嫌になっちゃう。

「アバター」を見た人の多くが「ま。おはなしはともかく」と書いていますが、あたしはおはなし優先なのです。


2010年1月8日金曜日

アランの幸福論

無人島に持っていくなら絶対この本!なんていう人も多い、アランの「幸福論」。

なんかすっとぼけていて「あくび」についての項なんて思わず吹き出しちゃうくらいの脱力系哲学本。特に「(狭義の)うつ」傾向にある人は、ぜひとも読んでもらいたい。最近、書店で抜粋を解説した啓発本が出ていたけど、ここはオリジナルを読むべし。

「幸福論」では「身体を動かす」――本文では「体操」という言い方をしています――こととココロの問題について多く触れています。
ま、よーするに身体を動かすとスッキリするってことなのですが、身体の方を愉快にさせることでココロも愉快にさせるといった、バイオフィードバック的な発想にもとづいた見解が随所に見られます。

あたしの住まいの方では、ラジオ体操がこの上なく盛んです。年中無休で、あたしの町内の体操会は50年以上の歴史があると会の人がいっていました。ラジオ体操をやらないと肩身が狭いので自然とみんなやるようになっております―――それでアランの云っていることが正しいということを身をもって体験しています。

ラジオ体操には、第一と第二があって、さらにいま流行らそうとしている「みんなの体操」というのがあります。
順に”きつく”なっていくので、第一を通さずにいきなり第二なんてやろうものなら背スジを痛めることがあります。「みんなの…」なんて苦行に近いものがあります。

オープニングは、「ラジオ体操の歌」に合わせて、みんなでその場足踏みをします。あれはなんなんだろう?

ラジオでも「唄いながら足踏み!」なんて号令はかからない。ひょっとして騙されているのでは?と思い、たまに催される「かんぽ生命」主催の地方大会に参加したことがあります。
すると、やはり足踏み!――「その場行進」を。知らないとキミ悪いです。

で、これに慣れてきますと、行進も準備体操のひとつのような気がしてきて、足踏み行進を抜かすと気持ち悪い。そんで、さらに慣れてくると今度は歌も唄っちゃうんだ。これが。

行進がすむと、第一。で、第二に行く前にインターミッションとして必ず「首の運動」があります。
これには、二つバージョンがあって夏休み版とそれ以外版。夏休み版は、それ以外版にくらべて一個運動が少ない。そのワケは、夏休み版は、聴取者参加番組なので時間押しを気にして運動を短めに設定しているためです。(最近は区別がなくなりました。予算削減でしょうか? 追記:2026/1/6)

首の運動の時に流れる「曲」(日替わり&季節感)を事前に推測する訓練を行うとESP能力も強化できるので一石二鳥。

あたしは第二が好きです。

特にのっけの「ジャンプ(全身をゆする)」から四番目の「胸をそらす」までの一連の動作が大好きだ。一般(ってだれだ?~特に女)の人にきくとみな第二は好きじゃないという。
なぜなら、図の動作で「足をがばって開く」のが「恥ずかしくて」イヤ。だそうです。

なんでだろう?
なんで恥ずかしく感じるのだろう?
どうしてだ?
みれば、体操会に参加している女性たちもみな、足を開く動作では膝を軽く屈伸させる動作に変えています。

話をアランに戻します。

ラジオ体操第二で、オープニングからの流れで四番目の動作。腕を空に向かって広げ「胸をそらす」動作。これを実行するととにかく気分が一新する。ラジオ体操の歌にある「喜びに胸を開け 大空あおげ」のフレーズそのものです。

ここは、動作が、「気分」を創り出す。まさにアランが指摘する、犬のあくびそのものだと思います。
ま、くよくよしても仕方ないよね、って感じになります。