自炊生活を始めて、文庫本を中心にそこそこの数の本をデジタイズしました。
ハードカバーの本は、230冊ほど選別して自炊業者さんに引き取りにきてもらう段取りもつけました。
自分で刻んでいる本でためらわずに裁断できるのはやはりハウツー本や自己啓発系や新書中心としたビジネス本やベストセラーの類でしょうか。
一方、自分的稀覯本の類は、やはり本の体裁のまま置いておこうと思っています。
もっとも本として残してしまったために自分の死後、それこそ珍しい本が無頓着に捨てられてしまう可能性もあり、死ぬ間際にあ~思い切ってデジタイズしておけばよかったとなるかもしれませんので、途中で考えがかわり、大切な本もバッサリ行くかもしれません。
あいかわらずグズグズ書いてますが今のところ物理本で残すものは下記のようなものです。
・落語関連の単行本
・太極拳関連の本
・筒井康隆の単行本(ほとんどが初版です)
・絵本・美術書
・テーピングなど本のままの方が使いやすい健康関連本
・大陸書房の本(『失われたムー大陸』とか『地球空洞説』とか貴重なオカルト本)
・一部の建築関係
・本当の稀覯本(石森章太郎の『ジュン』(ケース入り)とか)
意外と「全集系」って裁断しても惜しくないですね。
他にもありますが、これらもリスト化して「公開」しても良いかもしれません。
本好き同士で情報共有してチマチマ文化保存するわけです(笑)
追記)その後、バッサリいきましたとも。なにからなにまで。(2016年6月)
2013年1月25日金曜日
烏賊浜(「大王イカ人生」あらため」)
昨日のネタ、通勤途上でふくらませたくなりまして。未来の山田洋次監督をめざして(もう未来ないのですが)、マクラをつけた改訂版書きます。
(出囃子『梅は咲いたか』)
え~、今日は生き物のお噂で。
みなさんご覧になったかたいますか? え?何のことかって?
イカですよ。イカのテレビ。
イカたって普通のイカじゃないですよ。「大王イカ」。ものすごいでかいやつで船とかしずめちゃうやつ。
ディズニーシーでノーチラス号にのると襲われるでしょ?あいつですよ。おそろしいですね。長年、居るってぇことはわかっていたんですけど死んだやつしかいなくて生態ってんですか?生きているところが目撃されたことがなかったんだそうで。
それが、ついに実現したそうで、しかも日本の科学者の偉業だってんでそりゃぁツイッターやらフェースブックやらくだらないネットでも大騒ぎだそうで。
なんでも、その科学者の博士、なんと大王イカ一筋、追い続けて40年だそうです。すごいですねぇ。
あたしだって最初のサラリーマン6年しかつづきませんでしたからね。
家に帰ってもきっとイカしか食べないんでしょうね。
丸焼きはもちろん塩辛、刺身とね。大根と煮たりね。うまいんだ。これが。
さばくときスミの袋やぶらないように気を付けないとね。スポっとね、抜かないと。
丸焼きもね。流れ出すミソと混ぜてね。パクっと。あちちちち、なんて。
でも、博士の生活ですが、どんなご家庭なんでしょうね?
(羽織を脱いで、電話をかけているしぐさ)
博士「あ、もしもし?あ、ぼくだけど。すまないね。今日はゲソの解剖で帰れなさそうなんだ。」
妻 「あなた。”今日は”って40年間毎日じゃない。今日が何の日か知ってるの!?」
博士「ごめん。わかってる。でも、今日中に処理をしないとゲソの組織が痛んじゃうんだ。」
妻 「あたしとイカとどっちが大事なの!!!」
博士「そんなのきまってるじゃな いか」
妻 「だからどっちなの!?って聞いているのよ!!」
(妻、しばらく考えて、ハっ!とした顔)妻 「わかったわ!!もういいっ!!」(ガチャ)
博士「あ!待ってよ!・・・・・・」
(しばらく考え事)
博士「まっ、いいか」
へへ~
----------
(まえのはなし|つづき)
(出囃子『梅は咲いたか』)
え~、今日は生き物のお噂で。
みなさんご覧になったかたいますか? え?何のことかって?
イカですよ。イカのテレビ。
イカたって普通のイカじゃないですよ。「大王イカ」。ものすごいでかいやつで船とかしずめちゃうやつ。
ディズニーシーでノーチラス号にのると襲われるでしょ?あいつですよ。おそろしいですね。長年、居るってぇことはわかっていたんですけど死んだやつしかいなくて生態ってんですか?生きているところが目撃されたことがなかったんだそうで。
それが、ついに実現したそうで、しかも日本の科学者の偉業だってんでそりゃぁツイッターやらフェースブックやらくだらないネットでも大騒ぎだそうで。
なんでも、その科学者の博士、なんと大王イカ一筋、追い続けて40年だそうです。すごいですねぇ。
あたしだって最初のサラリーマン6年しかつづきませんでしたからね。
家に帰ってもきっとイカしか食べないんでしょうね。
丸焼きはもちろん塩辛、刺身とね。大根と煮たりね。うまいんだ。これが。
さばくときスミの袋やぶらないように気を付けないとね。スポっとね、抜かないと。
丸焼きもね。流れ出すミソと混ぜてね。パクっと。あちちちち、なんて。
でも、博士の生活ですが、どんなご家庭なんでしょうね?
(羽織を脱いで、電話をかけているしぐさ)
博士「あ、もしもし?あ、ぼくだけど。すまないね。今日はゲソの解剖で帰れなさそうなんだ。」
妻 「あなた。”今日は”って40年間毎日じゃない。今日が何の日か知ってるの!?」
博士「ごめん。わかってる。でも、今日中に処理をしないとゲソの組織が痛んじゃうんだ。」
妻 「あたしとイカとどっちが大事なの!!!」
博士「そんなのきまってるじゃな いか」
妻 「だからどっちなの!?って聞いているのよ!!」
(妻、しばらく考えて、ハっ!とした顔)妻 「わかったわ!!もういいっ!!」(ガチャ)
博士「あ!待ってよ!・・・・・・」
(しばらく考え事)
博士「まっ、いいか」
へへ~
----------
(まえのはなし|つづき)
2012年11月21日水曜日
ブルースブラザース2000
『ブルース・ブラザース2000』を観ました。
ブルース愛好家なら見ておけよと言われそうですが、にわかファンですからね。ま、そのあたりは許していただくとして。本家のブルース・ブラザーズは、テレビ初登場時時代にリアルタイムで見ていました。
ご存じNBCの「サタデーナイトライブ」のコントのキャラクターです。日本でいえばタケちゃんマンみたいな感じでしょうか。
それが、いつのまにか本物のバンドになってしまい映画にもなってしまっていました。
ある映画評によりますと、ブルースブラザースがブルースを再発見した、とまで書いてありました。
前回、ロスに行った時もユニバーサルスタジオでは、ブルーズブラザーズのショウが行われていて大盛況でした。(大阪のユニバーサルでも演ってるのかな?)
番組の中で歌った「ソウルマン」が大ヒットしてあたしはレコード屋へでかけて早速LPを買って聴きまくりました。
でも、当時は、何がブルースなのか?さっぱり知りませんでした。
・・・・きっと黒い背広来て、サングラスかけて怖いお兄さん風に決めてるから=暗めにかっこいいことにかけてブルースなんだろう。と思っていました。
音楽の一種だということはわかっていても、形式?のあるジャンルだという認識は薄かったのであります。
「ブルース」という英語が、青ですからなんとなく陰鬱なイメージを日本人は受けるのかもしれません。演歌の「なんとかブルース」も落ち込んだ気分を代弁する歌という使われ方をしていますのでますますそういうイメージになりますね。
ちなみに日本のブルースバンド「憂歌団」は、そんな訳語感をあてはめたバンド名になっていますよね。
サンハウスのインタビュー映像で「ブルースってのはね。男と女のことをうたう歌なんだよ」と言い切っています。その伝では別れを描くことが多いので確かにユーウツかもしれません。
でも、にわかファンのあたしの定義は、異なってまして談志師匠の落語の定義をそのままあてはめたいと思っています。
人間の業の肯定を歌う。
歌うだけではなくて生き様まで含めるとブルースマンの定義になります。
これにつきますな。
2012年10月2日火曜日
ブルースのこと(2)
ブルースってちょっと・・・いや、かなり落語に似てるなと思います。
同じネタ(曲)を色々な演者が、自分の持ち味で歌いますよね。
好みの噺家(ブルースマン)のこのネタが一番だ!みたいな感じで。
埋もれていたネタを後の時代の演者が味付けをしてヒット作にするあたりも似てるなぁと。
マジックサムやそしてその後の、ブルースブラザースの「スウィートホームシカゴ」のような例ですが。
ま、この辺りはブルースに限らず普通のロック(ポップス)音楽のカバー曲の世界やクラッシック音楽でも同じようなものなのかなと思います。
でも、一番大きな特色は、ブルースの場合は描かれている歌詞の世界が実に落語に似ているのです。
特に、浮気───他のジャンルですと普通の失恋とか幸せな恋の歌は多いですが、浮気をモロに扱っているのはないと思います───特に、「間男」の歌があるのはブルースならではではないかと。
続いて、金(こちらも浮気に続いて、女との金銭トラブルの歌なんてのがあってイケてます)、自分勝手、犯罪、クスリ、博奕、裏切り、放浪、放蕩、貧乏、自慢、暴力、バカ、しくじり。
マーティン・スコセッシが総監督を務めた 「ブルースプロジェクト」という凄いDVDの映像シリーズがありますが、そのどれかで音楽監督が、
「ブルースマンの先人たちは、名人ということで尊敬されていますが、社会人としては尊敬できない人も多い。女にだらしなかったり、裏切ったり、中には実際に殺人まで犯した人もいます。でも、音楽は音楽ですから・・・」
という発言をしていました。
つまり、ブルースが描いているのは「人間の業と、その肯定」(立川談志による落語の定義)ですよね。
これが人を惹きつけてやまない魅力の根源だとおもいます。
~わかっちゃいるけどやめられない~
~それはそれ、これはこれ~
かな。
同じネタ(曲)を色々な演者が、自分の持ち味で歌いますよね。
好みの噺家(ブルースマン)のこのネタが一番だ!みたいな感じで。
埋もれていたネタを後の時代の演者が味付けをしてヒット作にするあたりも似てるなぁと。
マジックサムやそしてその後の、ブルースブラザースの「スウィートホームシカゴ」のような例ですが。
ま、この辺りはブルースに限らず普通のロック(ポップス)音楽のカバー曲の世界やクラッシック音楽でも同じようなものなのかなと思います。
でも、一番大きな特色は、ブルースの場合は描かれている歌詞の世界が実に落語に似ているのです。
特に、浮気───他のジャンルですと普通の失恋とか幸せな恋の歌は多いですが、浮気をモロに扱っているのはないと思います───特に、「間男」の歌があるのはブルースならではではないかと。
続いて、金(こちらも浮気に続いて、女との金銭トラブルの歌なんてのがあってイケてます)、自分勝手、犯罪、クスリ、博奕、裏切り、放浪、放蕩、貧乏、自慢、暴力、バカ、しくじり。
マーティン・スコセッシが総監督を務めた 「ブルースプロジェクト」という凄いDVDの映像シリーズがありますが、そのどれかで音楽監督が、
「ブルースマンの先人たちは、名人ということで尊敬されていますが、社会人としては尊敬できない人も多い。女にだらしなかったり、裏切ったり、中には実際に殺人まで犯した人もいます。でも、音楽は音楽ですから・・・」
という発言をしていました。
つまり、ブルースが描いているのは「人間の業と、その肯定」(立川談志による落語の定義)ですよね。
これが人を惹きつけてやまない魅力の根源だとおもいます。
~わかっちゃいるけどやめられない~
~それはそれ、これはこれ~
かな。
2012年1月22日日曜日
川を渡る日々
モーソー同好会は適宜、進めておくとしまして。
晴海の周りは「海」なのですが半分「河口」みたいなものなのでいろいろ働く船が行きかいます。
そもそも、通勤時に文七元結(ぶんしちもっとい)で有名な吾妻橋を渡りますので、そこでもたっぷり川の風景を眺めます。
この辺りの人々は通勤に、厩橋、駒形橋、吾妻橋など好きなものを選べます、なんて贅沢なんでしょう。
川幅もこのあたりですと両国橋より大分狭くなっていて徒歩で通うのには最適の橋達です。
台東区に住む我が上司には、江戸扱いされませんが、やはり日常で橋を渡れるのは気持ちよいですよね。
心理学者カール・ユングに言わせると橋を渡る行為は、イニシエーション(通過儀礼)的な象徴なのだそうで、人としての成長のイメージだと。
・・・たくさん渡ってますが、ごらんのように実のところ成長してません。
ま、成長したつもりってことで。
それでも、ほろ酔い加減の時、橋を渡りながら夜の隅田川の空気をすいますってえと気持ちがシャキっとします。
北野たけし監督「菊次郎の夏」では、子供が「さくら橋」を走って渡る場面からはじまりますな。
監督は、知ってか知らずか、子供の成長物語を暗に示しているのだと思います。
(次回でしまいにします)
2012年1月13日金曜日
実存とわし
整体の先生曰く、「サーフィンがいつでもできるから海岸のそばに家借りちゃおうっていう人をたくさん見てきたけど。なぜか、いつでもできると思うからか、だんだんやらなくなっちゃうんですよ。遠くからでかけていって、天気がよかろうと悪かろうと、せっかくきたんだから短い時間でも集中してやろう!って方が長続きするし上達するみたいですね~」とのこと。
至言ですね。なんか「恋愛」と似てませんか?
あたしも落語が好きで浅草界隈に越してきたのですが前ははるばる演芸場にきていたのに最近はさっぱりです。
さてと話を戻しまして、日焼けの先生は「私」がめちゃくちゃ充実してます。規則正しい仕事ぶりと豊かな私生活。いいですよね。
水汲みの彼女に限らず、行きずりの人々の姿を見ながら彼らの「私」の様子を夢想するのがあたしのクセです。
千葉市住まいだとか、サーフィンだとかてな具合にね。
小規模の飲み会などですと、初参加の人の話を聞いてその人のことをいろいろ教えてもらうのも楽しみです。
自分の頭の中には、生涯、自分の見ている世界しかありませんので、その人とその場を分かれてしまうと、その人はその人の頭の中の世界と一緒に別のところへ行ってしまうわけですよね。だから、ほかの人の世界はその人に伝えてもらうか、勝手に想像するしかないわけです。
そんな意味のないことを考えて、と思う人も多いと思いますが、このテーマは古来、哲学や宗教、宇宙理解の基本なんですね。
さて「行きずり」の人ってのは、なにも直接コンタクトがある人とは限りません。
通りすがりの風景の中でポツンと発見した人なんてのもいますな。
(続く)
2011年9月12日月曜日
Blues With a Feeling
全世界のブルース愛好家のみなさん。
ブルースって習慣性があるんじゃないでしょうか?
あの、いつの間にか体が揺れてしまうリズムが身体の中にじわじわと染み込んでいって最後には、ブルースなしではいられない身体になっていく。
半日聴いてないと、あ~ブルースを少し分けてくれ!!みたいな。
とはいうものの落語と同じで、あたしはそんなに詳しくはないんですよ。
どこかで読んだのですが、やはりブルースは歌だと。
ブルースブラザーズは、もろにリアルタイムといいますか、実際にオンエアでコントを見てましたから馴染んではいたのですが、当時は、彼らが歌ってるのがブルースだなんて知りませんでした。
そのブルースブラザーズをはじめたくさんのシンガーたちが歌っていて有名な「Sweet Home Chicago」ですが、原曲はロバート・ジョンソンって神(アクマ?)でして、この原曲を聴くと今のと全然違う。歌詞も違うんですね。
今の歌では冒頭、「カモン!帰ろうよ!」って呼びかけるのですが、原曲は、たぶん「Home!」っていってんじゃないのかなぁ。ほとんど「オ゙ェエ~~~~~ン」に聴こえます。
今うたわれている歌も相当とぼけた歌詞なんですが、原曲はもっととぼけてまして、「なつかしい、カリフォルニアのシカゴに返ろうよ」なんて調子で、まるでバカボンのパパです。
あの、いつの間にか体が揺れてしまうリズムが身体の中にじわじわと染み込んでいって最後には、ブルースなしではいられない身体になっていく。
半日聴いてないと、あ~ブルースを少し分けてくれ!!みたいな。
とはいうものの落語と同じで、あたしはそんなに詳しくはないんですよ。
どこかで読んだのですが、やはりブルースは歌だと。
ブルースブラザーズは、もろにリアルタイムといいますか、実際にオンエアでコントを見てましたから馴染んではいたのですが、当時は、彼らが歌ってるのがブルースだなんて知りませんでした。
そのブルースブラザーズをはじめたくさんのシンガーたちが歌っていて有名な「Sweet Home Chicago」ですが、原曲はロバート・ジョンソンって神(アクマ?)でして、この原曲を聴くと今のと全然違う。歌詞も違うんですね。
今の歌では冒頭、「カモン!帰ろうよ!」って呼びかけるのですが、原曲は、たぶん「Home!」っていってんじゃないのかなぁ。ほとんど「オ゙ェエ~~~~~ン」に聴こえます。
今うたわれている歌も相当とぼけた歌詞なんですが、原曲はもっととぼけてまして、「なつかしい、カリフォルニアのシカゴに返ろうよ」なんて調子で、まるでバカボンのパパです。
2011年8月22日月曜日
厩火事
「厩火事」という落語のネタは、既述のように「郷党(きょうとう)第十」という章に出てくる話題にちなんだ噺です。
あらすじをWikipediaから孫引きさせていただきますと
----------wikipediaより引用----------
髪結いで生計を立てているお崎の亭主は文字通り「髪結いの亭主」。怠け者で昼間から遊び酒ばかり呑んでいる年下の亭主とは口喧嘩が絶えないが、しんから愛想が尽き果てたわけではなく、亭主の心持ちが分からないと仲人のところに相談を持ちかける。 話を聞いた仲人は、孔子が弟子の不手際で秘蔵の白馬を火災で失ったが、そのことを咎めず弟子たちの体を心配し弟子たちの信奉を得た話と、瀬戸物を大事にするあまり家庭が壊れた武家の話をする。そして目の前で夫秘蔵の瀬戸物を割り、どのように反応するかで身の振り方を考えたらどうかとアドバイスをする。
帰った彼女は早速実施、結果夫は彼女の方を心配した。感動したお崎が「そんなにあたしのことが大事かい?」と質問すると、「当たり前だ、お前が指でも怪我したら明日から遊んで酒が呑めねえ」
----------引用終わり----------
落語ネタに登場する人気者女房でだんとつ人気なのが、このお埼さんでして。みな所帯持つなら、お埼さんとおっしゃいます。
とかなんとか、あたしも落語の話題をよく書きますが趣味と言えるほどは詳しくはありません。
以前、ほんの少しだけホール寄席関係の仕事をしたくらいです。
寄席に足を運んだ回数だって大したことはない。
それでも「厩火事」は結構な回数拝見しています。それぐらい有名な噺なのですが、原典の論語はさっぱりしたもので、
厩焼けたり、子朝よりしりぞいて曰く、人をそこなえるか?馬を問わず
これだけです。(うろ覚えで書いてますので書き下し文テキトーです)
これが落語では白馬になっちゃってますからさすがですね。
お埼さんは、仲人から聞いた「もろこしのえらい先生」という言葉がささっちゃって家に帰っても「もろこし、もろこし」。
自分の身を心配してくれた亭主に、「あんた。やっぱりもろこしだったね」と泣いて喜ぶところがけなげで可愛い。
厩火事が作られた年代は知りませんが、明治時代としますと、みな論語は共通の常識としてあった時代ですからネタ元としてうってつけだったんでしょうね。
2011年8月13日土曜日
論語
あたしの論語話は無責任です。
ただのよもやま話ですので、解釈が違ってたりしても決してムキになったりしないように。
ただのよもやま話ですので、解釈が違ってたりしても決してムキになったりしないように。
さて、「論語」は全部で20編(章)でできてまして、章ごとの分量もまちまちです。
内容は、なんとなくかたまり毎に近い傾向のものが集められています。
各章ごとにタイトルがついてますが、章の内容とは無関係でして、たいていは中のエピソードの中の用語でできてます。
後半の16章ぐらいから、書きっぷりが変わってきてまして説教くさくなってきます。(前半では「先生がおっしゃった」なのが後半では「孔子はこういった」になってます)
かんたんに云うと、つまらない(笑)っていうんですか。
まとめられた時代が異なるのではと、何かの解説に書いてありました。
同じ「つまらない」でも第10章「郷党第十(きょうとうだいじゅう)」は、逆にカジュアルネタが満載で物足りない。って編纂した孔子の弟子たちが聞いたら怒っちゃうかもしれません。
論語は、師匠である孔子がなくなってから長い年月が経ってから編纂されたものなのだそうです。
でも、あたしは「郷党第十」好きですよ。なにしろ落語の「厩火事」の元ネタがある章ですからね。
昔は、日本でも論語を音読、暗誦していたようですが、もし時間があればぜひ、好きなパートを暗誦してみてください。
はじめは意味不明でも、繰り返し音読していく内に、ぼんやりと趣旨が伝わってきます。(気のせいかもしれないけど)
特に、「厩火事」のくだりは超短いので簡単に覚えられます。
2011年7月13日水曜日
みみずのとむらい
今年は早く上がってしまいましたが、梅雨の時期、海が近いせいかあたしの職場周辺は、一層湿気っぽいです。
人間は苦手な、そんな気候になりますってえと、すっかり上機嫌になってうかれて踊りだしちゃうのが、ミミズたちでして。
ここしばらく、歩道のありとあらゆるところで、みみずの無残な姿が見られます。
「お!雨だ雨だ! てやんでえ、こちとら江戸前のみみずだぞ。よっし、いっそ中へくりだして彼女作っちゃお!」
「だからおめえはバカだっていわれんだよ。おめえが彼女じゃねえか」
「あ!そっか!!おれ婚活しなくていいんだ。ラッキー」
なんて調子でね。ついつい土から出てきて歩道にまで繰り出して迷子になっちゃう。
とういわけで、そこら中で、「みみずのとむらい」が行われています。
この儀式のつらいところは参列者もみなそのまま、バタバタと倒れ干からびていくところでして。なんでわざわざ土の中から出てくるのだろう。
なんて気の毒に思います。土の中でせっせと栄養つくってればよいのに。
去年はどうだったかなぁ。facebookで思わずつぶやいたところ、「朝は動いていましたよ」なんてコメントがあったので雨が降った夜の間に踊りでてきちゃうのでしょうね。
さて、古風な言い回し「とむらい」といいますと思い出すのが、金子みすゞの「大漁」ですな。
NHKの『にほんごであそぼ』でも扱われていたのでおなじみかと思いますが、ご存じない方のために掲載しようと思ったら著作権の扱いがなんだかややこしいことになってるそうで、部分引用にとどめます。ご自分でGoogってください。
イワシ漁が大漁で喜びに湧く人々。
…、浜辺はまるでお祭りのようににぎやかだけど、方や、『海の中では何万のいわしのとむらいするだろう』
あたしは「山ちゃん」の手羽先食べる度に心なかで「ごめんね」とつぶやいています。
2011年4月29日金曜日
グリース
あたしがバイクに乗っているというのを知った人間からこんなことを言われました。
「イメージのギャップが・・・・。インナーという感じが強いので(失礼)。まさか髪型やファッションまで以前は?」
上記からその知人が二輪未経験者だということが読み取れます。(コナンばりの推理)
まず、ファッションですがバイクに乗ってる連中がみんなグリース(※注)みたいな恰好してると思ってる(笑)
つぎにインナーな印象とのギャップですが、実はオートバイに乗ってる連中の多くはたいがいあらかたおおむね「インナー」であります。
内向的なんですな。孤独でね。本質的にはサラリーマン向きじゃない。
だから観察しますと太ってる連中がけっこう多い。普段はインナーなんでしょう。あたしみたいに。
で、おまけにブルースや落語を中途半端に好きだったりする。
なんといっても35年間乗ってましたからね。最近の連中は不格好なスクーターにしか乗りませんけど、やはし二輪はオートバイでしょ。タンクを股で挟まないと怖くて乗れません。
あたしのかかりつけのバイク屋さんは、神田神保町にありまして国内でも珍しいロシアのサイドカーオートバイ「ドニエプル」(中身はBMW)を売ってるお店でした。
一台仕込んでから納品するまですごく時間がかかるので完成までの工程を昼休みに見学するのが楽しみだった。
あのあたりも再開発で見る影もなくなっちまいましたなぁ。
※アメリカのコメディの主人公。いつでもリーゼントに革ジャン。波乗りしてるときも革ジャン着てる。(トラボルタの映画とは違います)
2011年4月26日火曜日
勤め人の墓場<完全版>
前に「勤め人の墓場」を掲載しました。
そのあと図に乗って「続・勤め人の墓場」という新作をしたためましたが、いったん公開を待ちました。
と言いますのも前篇を後編につなげて作り直した方がよいかなぁという次第でして。
ということで今日は、前篇後編書き直しも含めた「完全版」ってやつをおとどけします。
--------------------
(出囃子の後、よっこらしょと座って、いきなり話し出します)
象が墓場に行くときは、象は、「オレもそろそろ潮時だな」
滝の裏側に墓場がある、なんてぇ話も、
あたしは象と付き合ってたことがあるので知ってんですが、象は、
でもね、いくらなんでも先輩の象が、現場を去るときに、
(
漠然と、仲間内で知っております。
猫もおんなじですな。
「猫の将(まさ)に死せんとするとき、その姿消すや悲し」
それで、サラリーマンも仕事で通用しなくなると、ある日、ふと、
そして、おもむろに、ネクタイをはずしますてぇと、
周囲のみんなも、先輩がどこへ赴くか察しているので、
墓場は、オフィスのどこかにあります。
職場の大きさによっては、その階全体が墓場のこともありますな。
例えは悪いですが、十三号地のとある商業ビルの七階には、
あたしの知り合いが、
なんとか生きて戻ってきましたけどね。
あるいは、ご覧になった方々もいるかもしれませんが映画『
あたしだって、もちろん自分が赴く場所はしってますが、
みんな象や猫のように、おのずと知るようになります。
これまでだれも大きな声で語ることがなかったてぇのもありますな
ま、これからも語られることはないでしょう。
さて、そんなわけで、大概の連中は、
あるいは、知っていても頑として拒む、
そこが象や猫と違って人間様の悲しいところでして。
(ここで本題に入るので羽織を脱ぎます)
「やいやいやい。ハチ公。てめえ、
「うるせえ!おめえはだまってろ。
(声をひそめてハチ公の耳元でささやきます)
「おめえはいつまでたってもそれだ。だから、てめえ
「知ってたまるかってんだ!なら、おめえ、
(静かな声で)
「わかった…。そこまで言うなら教えてやらぁ。ここだよ!
おあとがよろしいようで。
(完)
□勤め人の墓場<オリジナル>:大元のネタです。
□勤め人の墓場<解題> :この話の由来です。
2010年12月18日土曜日
バイカルの鉄 ~『シナリオをつくる』~
少し前に、山田洋次監督の「馬鹿まるだし」について触れたので早速、DVDを借りてみました。
ハナ肇演じるヤスさんは、「ちょっと足りなくて粗野だけど、善良で、お人よし、おだてにのりやすく、失敗もするが、憎めない」。
すなわち、寅さんタイプのキャラなんですね。
山田監督は落語も作るので、落語に登場する粗忽な熊さん系のキャラクターが好きなのでしょうか。
実際の生活で親戚や職場にいたら、これはハタ迷惑ですが、映画のキャラほどではなくても周囲には少なからず似たようなタイプの人間っていますよね。
もちろん、寅さんシリーズは、あたしも大好きですが、山田監督が創造したキャラでは特に『バイカルの鉄』って人が好きです。
「馬鹿まるだし」のヤスさんもシベリア帰りですが、この鉄も「バイカル」帰りです。
丹波哲郎が演じる「バイカルの鉄」は、映画『十五才 学校IV』に登場する老人です。
この映画は、少年が旅を通して成長する姿を描くロードムービーで、バイカルの鉄との出会いは特に重要なエピソードです。
鉄は、負けん気の強い老人で、ある種、「グラントリノ」のイーストウッドに通じるような偏屈もので家族とも離れた一人暮らし。
少年は、たまたま鉄の家に厄介になりますが、よる年波に勝てず・・・・。
息子役の前田吟と少年のやりとりは、映画のクライマックス。
ネットですっかり頭が呆けてしまった人々にはぜひとも観てもらいたい一品です。
山田監督がシナリオを作る過程を記した貴重な本があります。
『シナリオをつくる』( 山田 洋次 朝間 義隆) 筑摩書房 (1994/01)
山田監督と脚本家の浅間義隆のお二人が神楽坂にある旅館「和可菜」に篭って「寅さん」の脚本を練る様子をテープにとって本に起こした内容です。
あたしもこの「和可菜」には、なんどか厄介になっています。
ハナ肇演じるヤスさんは、「ちょっと足りなくて粗野だけど、善良で、お人よし、おだてにのりやすく、失敗もするが、憎めない」。
すなわち、寅さんタイプのキャラなんですね。
山田監督は落語も作るので、落語に登場する粗忽な熊さん系のキャラクターが好きなのでしょうか。
実際の生活で親戚や職場にいたら、これはハタ迷惑ですが、映画のキャラほどではなくても周囲には少なからず似たようなタイプの人間っていますよね。
もちろん、寅さんシリーズは、あたしも大好きですが、山田監督が創造したキャラでは特に『バイカルの鉄』って人が好きです。
「馬鹿まるだし」のヤスさんもシベリア帰りですが、この鉄も「バイカル」帰りです。
丹波哲郎が演じる「バイカルの鉄」は、映画『十五才 学校IV』に登場する老人です。
この映画は、少年が旅を通して成長する姿を描くロードムービーで、バイカルの鉄との出会いは特に重要なエピソードです。
鉄は、負けん気の強い老人で、ある種、「グラントリノ」のイーストウッドに通じるような偏屈もので家族とも離れた一人暮らし。
少年は、たまたま鉄の家に厄介になりますが、よる年波に勝てず・・・・。
息子役の前田吟と少年のやりとりは、映画のクライマックス。
ネットですっかり頭が呆けてしまった人々にはぜひとも観てもらいたい一品です。
山田監督がシナリオを作る過程を記した貴重な本があります。
『シナリオをつくる』( 山田 洋次 朝間 義隆) 筑摩書房 (1994/01)
山田監督と脚本家の浅間義隆のお二人が神楽坂にある旅館「和可菜」に篭って「寅さん」の脚本を練る様子をテープにとって本に起こした内容です。
あたしもこの「和可菜」には、なんどか厄介になっています。
山田監督とちがっていいアイデアはさっぱりでしたが。
二人がこまかくこまかく話し合いをしながらストーリーを煮詰めていく様子は、想像していたシナリオ製作のプロセスとまったく違っていて非常に勉強になりました。
二人がこまかくこまかく話し合いをしながらストーリーを煮詰めていく様子は、想像していたシナリオ製作のプロセスとまったく違っていて非常に勉強になりました。
2010年11月13日土曜日
デンタルライフ(2) ~ブリッジが災厄に~
前回のデンタルライフの記事に登場したカイロプラクターのH先生。今はどこで開業しているのだろう?とふと思い検索しました。
ありましたよ。HPが、写真つきで。あたしが出合った時は、日本橋のクリニックに勤めていたのですが、ちょうどN歯科に紹介していただいた時に赤坂で独立開業するという計画を伺っていました。
今も、赤坂、というか平河町で診療をされていることがわかりました。
ありましたよ。HPが、写真つきで。あたしが出合った時は、日本橋のクリニックに勤めていたのですが、ちょうどN歯科に紹介していただいた時に赤坂で独立開業するという計画を伺っていました。
今も、赤坂、というか平河町で診療をされていることがわかりました。
息災、よかったです。
さて、N歯科に通って顎関節症が完治した話を書きました。
N先生は、悪いところがあると全部治さないと気がすまないたちでアゴ治療が終わっても、歯磨き方法をはじめ徹底的にしごかれました。歯自体では、中学生の時に折った前歯の差し歯が古くなっていたのを新型のものに変えてもらいました。
というあたりで一段落しまして一通り健康になると、そこはそれ現金なもので定期検査も間遠くなり、その内に、稼業も変わったりして、いつともなく先生とは縁が切れてしまいました。
ただ、ココロの中では、歯医者といったらN先生だったよなぁ~なんて思いつつ。
その頃、あたしは新宿勤めでした。
入社して少ししたら左上の奥歯の様子がおかしくなったので会社のすぐそばにあった歯医者さんに通うことにしました。
そこにはあたしの勤務先の社長も来てましたので、社長もきてるくらいだし間違いないだろう・・・というのが大間違いでして(笑)
結局ダメになっていた左上の奥歯を抜歯(ばっし)して、その後をブリッジにしました。
今でこそ、歯医者さんたちは、ブリッジは最低!なんてたってインプラントでしょ!
なんていってますが、なんだったんでしょう?ブリッジを薦めるわけですよ。当時は。
ブリッジは、片持ち(キャンティレバーといいます。建築用語ですが、なんと!歯の医療用語でもあり)にしますので抜いた歯の他に健康な歯もキャンティの土台としていじめてしまうわけです。
そこまでして入れたブリッジがどうもしっくりこない。
先生に、たびたび不調を訴えるのですが、「まだ新しいので直なれますよ」なんて暢気なもの。とりあってくれない。
その内、不調が加速しまして歯茎全体がおかしなことになってきました。合わないブリッジのために完全なる歯周病になってしまったのです。
朝、起きたときの口の中の気分の悪さといったらない。
あぁ、もうだめだ。と、その時、心に浮かんだのがN歯科でした。
すでに通わなくなってから10年以上経過していたのでなんとなく敷居が高い――すると偶然、勤務先の社員がN医師の奥さんと友達であることが判明。お願いして、とりなしてもらいました。
師匠をしくじった噺家さんが席亭に仲介にたってもらう感じでしょうか(笑)
N先生。あたしのことを覚えていてくれました。先生、調子のいいところがあるので後で思い出しただけかもしれませんが。
場所は多少ましなビルに移っていましたが、同じ町で診療を続けていました。
規模もやや拡大。なんてたってサブの歯医者さんまで雇ってましたから。院長はそれなりに名も通り、すっかり忙しくなってまして肝心な部分は院長が診て、現場はサブの先生があたしの担当になりました。
お医者さんが、このタイプの運営(さわりだけ院長で後は助手)スタイルになると大抵は品質低下するものなのであたしは当初ちょっとがっかりしたものです。
しかし、これはあたしの了見違いだということがすぐにわかりました。
担当になったサブのT先生。この人は院長を凌駕するほどの「歯の治療の鬼」だったのです。歯鬼です。
さて、N歯科に通って顎関節症が完治した話を書きました。
N先生は、悪いところがあると全部治さないと気がすまないたちでアゴ治療が終わっても、歯磨き方法をはじめ徹底的にしごかれました。歯自体では、中学生の時に折った前歯の差し歯が古くなっていたのを新型のものに変えてもらいました。
というあたりで一段落しまして一通り健康になると、そこはそれ現金なもので定期検査も間遠くなり、その内に、稼業も変わったりして、いつともなく先生とは縁が切れてしまいました。
ただ、ココロの中では、歯医者といったらN先生だったよなぁ~なんて思いつつ。
その頃、あたしは新宿勤めでした。
入社して少ししたら左上の奥歯の様子がおかしくなったので会社のすぐそばにあった歯医者さんに通うことにしました。
そこにはあたしの勤務先の社長も来てましたので、社長もきてるくらいだし間違いないだろう・・・というのが大間違いでして(笑)
結局ダメになっていた左上の奥歯を抜歯(ばっし)して、その後をブリッジにしました。
今でこそ、歯医者さんたちは、ブリッジは最低!なんてたってインプラントでしょ!
なんていってますが、なんだったんでしょう?ブリッジを薦めるわけですよ。当時は。
ブリッジは、片持ち(キャンティレバーといいます。建築用語ですが、なんと!歯の医療用語でもあり)にしますので抜いた歯の他に健康な歯もキャンティの土台としていじめてしまうわけです。
そこまでして入れたブリッジがどうもしっくりこない。
先生に、たびたび不調を訴えるのですが、「まだ新しいので直なれますよ」なんて暢気なもの。とりあってくれない。
その内、不調が加速しまして歯茎全体がおかしなことになってきました。合わないブリッジのために完全なる歯周病になってしまったのです。
朝、起きたときの口の中の気分の悪さといったらない。
あぁ、もうだめだ。と、その時、心に浮かんだのがN歯科でした。
すでに通わなくなってから10年以上経過していたのでなんとなく敷居が高い――すると偶然、勤務先の社員がN医師の奥さんと友達であることが判明。お願いして、とりなしてもらいました。
師匠をしくじった噺家さんが席亭に仲介にたってもらう感じでしょうか(笑)
N先生。あたしのことを覚えていてくれました。先生、調子のいいところがあるので後で思い出しただけかもしれませんが。
場所は多少ましなビルに移っていましたが、同じ町で診療を続けていました。
規模もやや拡大。なんてたってサブの歯医者さんまで雇ってましたから。院長はそれなりに名も通り、すっかり忙しくなってまして肝心な部分は院長が診て、現場はサブの先生があたしの担当になりました。
お医者さんが、このタイプの運営(さわりだけ院長で後は助手)スタイルになると大抵は品質低下するものなのであたしは当初ちょっとがっかりしたものです。
しかし、これはあたしの了見違いだということがすぐにわかりました。
担当になったサブのT先生。この人は院長を凌駕するほどの「歯の治療の鬼」だったのです。歯鬼です。
2010年5月21日金曜日
Barber
ちょうど中学校くらいのころ、駅前からの道に商店が急に増えたことがありまして、駅と家の中間くらいのところに床屋さんができました。
さっそく散髪をしてもらうようになりましてオトナになって引っ越すまでお世話になりました。
先だってその町に暮らす知人が近所の病院に入院したというので見舞いました。
その床屋さんの前を通ったらちょうど奥さんとばったり会って。
久しぶりやね~ってな話になりまして、「ところで、つかさん。今どこに住んでるの?」ということで今のところを告げたところ、「そりゃ奇遇ね。○○通りに”○○○”って理容室あるでしょ?私たち、そこで働いていたのよ」
なるほど、おじさんたちは元の○○○理容室から暖簾分けしてもらったんだ。
帰宅してから、近所を歩いて確認したら確かにありました。
不思議なものですね。一度チャンスがあれば散髪してもらいたいなぁ。
上野東博の横に「国際子ども図書館」という施設があります。
ここは、「子ども」になる前は、国会図書館の分室だったのです。
で、実は、地下に食堂と床屋がありまして昔よく散髪してもらってました。
(東武線の博物館駅が健在の頃の話)
先日、久々に「国際子ども」に出かけたおり、思い切って係の人に「昔、ここの地下に床屋さんがあったんですけど。どこかへ越したんですか?」と聞いてみました。
「何処へ移ったのかはわかりませんけど、床屋さんがあった場所には、免震装置が入っています。」って話でした。
落語でも映画でも、「床屋」が扱われることが多いですが、絵になるんでしょうね。
「子ども図書館」の隣に砂岩で仕上げられた可愛いビルがちょこんと立っています。元佐藤秀工務店の本社だったビルでデザインが最高です。
看板を見ると博物館関係の施設に様変わり。 町と記憶はうつろいますな。
さっそく散髪をしてもらうようになりましてオトナになって引っ越すまでお世話になりました。
先だってその町に暮らす知人が近所の病院に入院したというので見舞いました。
その床屋さんの前を通ったらちょうど奥さんとばったり会って。
久しぶりやね~ってな話になりまして、「ところで、つかさん。今どこに住んでるの?」ということで今のところを告げたところ、「そりゃ奇遇ね。○○通りに”○○○”って理容室あるでしょ?私たち、そこで働いていたのよ」
なるほど、おじさんたちは元の○○○理容室から暖簾分けしてもらったんだ。
帰宅してから、近所を歩いて確認したら確かにありました。
不思議なものですね。一度チャンスがあれば散髪してもらいたいなぁ。
上野東博の横に「国際子ども図書館」という施設があります。
ここは、「子ども」になる前は、国会図書館の分室だったのです。
で、実は、地下に食堂と床屋がありまして昔よく散髪してもらってました。
(東武線の博物館駅が健在の頃の話)
先日、久々に「国際子ども」に出かけたおり、思い切って係の人に「昔、ここの地下に床屋さんがあったんですけど。どこかへ越したんですか?」と聞いてみました。
「何処へ移ったのかはわかりませんけど、床屋さんがあった場所には、免震装置が入っています。」って話でした。
落語でも映画でも、「床屋」が扱われることが多いですが、絵になるんでしょうね。
「子ども図書館」の隣に砂岩で仕上げられた可愛いビルがちょこんと立っています。元佐藤秀工務店の本社だったビルでデザインが最高です。
看板を見ると博物館関係の施設に様変わり。 町と記憶はうつろいますな。
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