2016年2月19日金曜日
2013年11月26日火曜日
中国再訪(1)
というわけで中国の深センに行ってきました。実に中国には太極拳を習いにいった20代の時以来ですので30年ぶりということになります。
昔は、中国旅行は旅行グループに通訳とガイドを兼ねた現地の人間(本当の役目はわかりますよね?)が随行しますので全体的に金額も高く敷居も高く感じました。
二回訪れた両方とも上海をベースに目的地に出向きました。
上海はヨーロッパの香りのする落ちついた国際的な雰囲気の大都市で夜の黄浦江をそぞろ歩いていると日本語や英語で話しかけられて驚いたこともあります。
今はどうなっているのでしょう?
今回は、地方がまったく違う場所でしかも一旦、香港に入ってから国境越えをするのだそうです。
あたしの用事はインセンティブ旅行の視察ではないので、まるで大阪出張するような感じの一人の現地集合です。しかも中国本土では英語はまったく通じないと言われています。
日中関係もかつての時代のようにおおらかな感じでもなく都市化が進んだ街での治安も気になります。
昔の日本人の出張といいますと視察でなくても皆で集まってワイワイ行くようなところがありましたが今はそういうことも(少なくともあたしの周りでは)なくなって前述のように場所と現地の次第だけ連絡されて勝手に集合という感じになってきました。
それでなくても現地で四六時中顔を合わせる連中ですので少しでもフリーにということもあるのだと思います。
飛行機に乗っても昔の様に四六時中、フライトアテンダント(スチュワーデス)を呼んでアルコールを飲み続ける人もいなくなりましたし、食事を制限して休んでいる人が多くなってきたような気がします。
現地集合といっても慣れている場所ならいいのですが今回のように初めての場所ですとさすがに情報の準備が必要でした。
そんな不安な状況ですので出かけるにあたり人様のブログに大いに助けていただきましたのでお礼をかねてフォローアップしたいと思います。
昔は、中国旅行は旅行グループに通訳とガイドを兼ねた現地の人間(本当の役目はわかりますよね?)が随行しますので全体的に金額も高く敷居も高く感じました。
二回訪れた両方とも上海をベースに目的地に出向きました。
上海はヨーロッパの香りのする落ちついた国際的な雰囲気の大都市で夜の黄浦江をそぞろ歩いていると日本語や英語で話しかけられて驚いたこともあります。
今はどうなっているのでしょう?
今回は、地方がまったく違う場所でしかも一旦、香港に入ってから国境越えをするのだそうです。
あたしの用事はインセンティブ旅行の視察ではないので、まるで大阪出張するような感じの一人の現地集合です。しかも中国本土では英語はまったく通じないと言われています。
日中関係もかつての時代のようにおおらかな感じでもなく都市化が進んだ街での治安も気になります。
昔の日本人の出張といいますと視察でなくても皆で集まってワイワイ行くようなところがありましたが今はそういうことも(少なくともあたしの周りでは)なくなって前述のように場所と現地の次第だけ連絡されて勝手に集合という感じになってきました。
それでなくても現地で四六時中顔を合わせる連中ですので少しでもフリーにということもあるのだと思います。
飛行機に乗っても昔の様に四六時中、フライトアテンダント(スチュワーデス)を呼んでアルコールを飲み続ける人もいなくなりましたし、食事を制限して休んでいる人が多くなってきたような気がします。
現地集合といっても慣れている場所ならいいのですが今回のように初めての場所ですとさすがに情報の準備が必要でした。
そんな不安な状況ですので出かけるにあたり人様のブログに大いに助けていただきましたのでお礼をかねてフォローアップしたいと思います。
2013年11月5日火曜日
公園でのひと幕
あたしは、近所の公園の入口に面するお宅の駐車場を借りています。
週末、母のホームに行くので車を出すと、公園事務所のガラスドアに自分の姿を映してしきり体を動かしている初老の男性を発見。
その様子、中でも掌の先の動きを見たとたん僕の体に電撃のような感動が走りました。
腕を小さく回して体の正中線にそって捩じって突き上げる。これはまごうことなき洪均生老師の手つきだ!!
後先考えずに車を歩道脇に止めてエンジンを切り、その人に声をかけました。
「す、すいません!!」
男性いきなり車をとめて降りてきた男に声をかけられてビビってる様子。
「あのぉ。もしかして陳式をやられているのでしょうか?」
この一言で男性の表情が和らぎました。
これは何かというと太極拳の流派の一つで陳式太極拳(陳家太極拳)というものでコマーシャルやテレビでよく見る太極拳と様子が相当違います。
件の公園でもお年寄りがやっているのをたまに見かけますが、彼らがやっているのを見ると24式(太極拳)という誰もがやさしくできるように近代になって開発された運動なので、いつもがっかりしていたのです。
ところが、あろうことか近所に陳式太極拳をたしなむ人がいたなんて!!
それからあたしが太極拳を習っていた時の諸先生方の話をしたところもちろん話が全部通じて大いに盛り上がりました。
しかも彼は長年やっているらしく、その公園で教えているのだそうです。
定年になったら再開しようと思っていたのに老師も亡くなってしまい、ほとんどあきらめていたのに。
車に戻って定年用の名刺(肩書きなど一切なくした名前と連絡先だけのものです)を引っ張り出して押し付けちゃいました。
車に戻っても、しばらく興奮がひかずなかなか落ち着きませんでした。
2013年2月21日木曜日
七田式(6)
こつこつやれば円周率みたいなものをこの歳でも覚えられるんだってのが、コツコツに対する信頼というか自信といいますかが生じてきました。
とにかく長く時間をかけな いと習得できないようなものは、今という時間をスタートにすれば意外と年季を積むことができて年季をつめばそれなりの成果が達成できるということを実感し たわけです。(追記:のちに「今でしょ?」というフレーズが流行りましたが、激しく同意します)
「ハーモニカのベンド習得に、3年かかりました」みたいな発言を最初に聞きますと「え~~~それは大変だ。時間かかるんだなぁ。無理かも」と思っちゃいますが、こつこつを今スタートしますと意外とアっという間に3年経ってるんですよね。・・・まだ本当の意味での習得できてませんが(笑)
こつこつ系は、一日の中でちょっとした断片的な時間を使うので同僚とだらだら職場の愚痴いいながら昼飯食べてるヒマはないですよね。
(先日、久しぶりに一人で昼飯食えない59歳の男に会ったら開口一番「お昼行きましょうよ」ときました。最近、近くの席になった男もしょっちゅう昼飯の約束電話をしてます。)
中でも酒席は無駄なものが多いので必要最小限にしないとですね、「酒席の技をこつこつ磨く」目的以外はね。
もちろん時間には限りがありますし自己啓発ネタには相性もあるかもしれません。ボイトレは続いていますが、いいと分かっているのに瞑想はたったの15分が作れずに挫折しました。速読も新刊が出れば手に取りますが今のところ何も始まりません。
でも本当にその気になればスタートできるはずです。
(つづく)
とにかく長く時間をかけな いと習得できないようなものは、今という時間をスタートにすれば意外と年季を積むことができて年季をつめばそれなりの成果が達成できるということを実感し たわけです。(追記:のちに「今でしょ?」というフレーズが流行りましたが、激しく同意します)
「ハーモニカのベンド習得に、3年かかりました」みたいな発言を最初に聞きますと「え~~~それは大変だ。時間かかるんだなぁ。無理かも」と思っちゃいますが、こつこつを今スタートしますと意外とアっという間に3年経ってるんですよね。・・・まだ本当の意味での習得できてませんが(笑)
こつこつ系は、一日の中でちょっとした断片的な時間を使うので同僚とだらだら職場の愚痴いいながら昼飯食べてるヒマはないですよね。
(先日、久しぶりに一人で昼飯食えない59歳の男に会ったら開口一番「お昼行きましょうよ」ときました。最近、近くの席になった男もしょっちゅう昼飯の約束電話をしてます。)
中でも酒席は無駄なものが多いので必要最小限にしないとですね、「酒席の技をこつこつ磨く」目的以外はね。
もちろん時間には限りがありますし自己啓発ネタには相性もあるかもしれません。ボイトレは続いていますが、いいと分かっているのに瞑想はたったの15分が作れずに挫折しました。速読も新刊が出れば手に取りますが今のところ何も始まりません。
でも本当にその気になればスタートできるはずです。
(つづく)
2013年2月20日水曜日
七田式(5)
なにが「やればできる」のかと言いますと、「こつこつ地道な努力」ってやつです。
それまでの自分の人生を振り返りますと各種入学試験やら資格試験やら就職活動やらマンション購入から果ては(100円寿司をケチられるような(笑))結婚に至るまで節目のイベントは、おしなべて場当たり、運も含め本番一発勝負ですごしてきました。
こつこつ積み上げて何かを達成したなんて全然なし。唯一、バイクの限定解除くらいでしょうか努力を重ねたのは。
本番一発で済めばそれでいいじゃないのと思われるかもしれませんが真に身につくなにかってのはやはりコツコツに勝るものはありませんて。まさにウサギとカメだと思います。
太極拳のところで少しふれた「~ちゃん」なんて典型ですよ。たいしたものです。
そのことを幼児たちと一緒に大のオトナの目が学んだのですね。ほとんど手遅れですが。
当時の同級生の幼児たちはすっかり忘れていると思いますしハナからコツコツの大切さなんてわかっちゃいない。
なんてたって相手は幼児ですからね、ほえずらかくなよってなもんですわ。
それまでの自分の人生を振り返りますと各種入学試験やら資格試験やら就職活動やらマンション購入から果ては(100円寿司をケチられるような(笑))結婚に至るまで節目のイベントは、おしなべて場当たり、運も含め本番一発勝負ですごしてきました。
こつこつ積み上げて何かを達成したなんて全然なし。唯一、バイクの限定解除くらいでしょうか努力を重ねたのは。
本番一発で済めばそれでいいじゃないのと思われるかもしれませんが真に身につくなにかってのはやはりコツコツに勝るものはありませんて。まさにウサギとカメだと思います。
太極拳のところで少しふれた「~ちゃん」なんて典型ですよ。たいしたものです。
そのことを幼児たちと一緒に大のオトナの目が学んだのですね。ほとんど手遅れですが。
当時の同級生の幼児たちはすっかり忘れていると思いますしハナからコツコツの大切さなんてわかっちゃいない。
なんてたって相手は幼児ですからね、ほえずらかくなよってなもんですわ。
2013年2月18日月曜日
七田式(4)
家人に断られたあたしは一計を案じました。
速読というよりは、七田さんは幼児教育でブランドになっていたのです。
あたしには100円の回転寿司もけちる人間ですが、子供には大盤振る舞いしますからね。
ネットで近所の教室(七田チャイルドアカデミー)を探して体験させたところ案の定即申し込み。
しめしめ、子供にかこつけていつかは速読ならえるぞ。と。
結論から言いますと教室によっては速読教育を沢山やるところもあるのですが、あたしたちが通ったところはさほどではなくて過去記事にある暗唱やペグ記憶法などをメインとした内容だったのであたしの目論見ははずれました。
その代わり、(子供のついでに)円周率や1000ペグを覚えたわけです。百人一首をはじめ暗唱も山ほどしました。
そしてそれが自分自身の認識に変化をもたらしたんですね。
やればできるじゃないの!・・・とね。
(つづく)
速読というよりは、七田さんは幼児教育でブランドになっていたのです。
あたしには100円の回転寿司もけちる人間ですが、子供には大盤振る舞いしますからね。
ネットで近所の教室(七田チャイルドアカデミー)を探して体験させたところ案の定即申し込み。
しめしめ、子供にかこつけていつかは速読ならえるぞ。と。
結論から言いますと教室によっては速読教育を沢山やるところもあるのですが、あたしたちが通ったところはさほどではなくて過去記事にある暗唱やペグ記憶法などをメインとした内容だったのであたしの目論見ははずれました。
その代わり、(子供のついでに)円周率や1000ペグを覚えたわけです。百人一首をはじめ暗唱も山ほどしました。
そしてそれが自分自身の認識に変化をもたらしたんですね。
やればできるじゃないの!・・・とね。
(つづく)
七田式(3)
当時、七田式ではなく他のいくつかの速読講座のパンフを手に入れたあたしは勇気を出して家人に習いたいと申請したのですが、にべもなく却下されました。
当時40代初めの頃ですが、もうあんたには将来がないのだから自己啓発に投資する必要ないというミもフタも無い意見です。
そうなんですよね。速読講座は、自己啓発セミナーと同格のオカルト系擬似宗教の香りがする分野なので費用がかなり高いんです。
昔、 米国滞在時にルームメートが失恋の痛手を癒すためにちょ~妖しいESTという自己啓発団体にハマったことがありまして、その話を毎晩聞かされるのに辟易したことがあります。
なにしろセミナー受講のためわざわざ何度もロスだかシスコだかにでかけていきましたから。
余談ですが、失恋であんなに苦しんだ男を見るのは後にも先にも初めてでした。 その後は、失恋旅行で近いとはいえ、またまたカリフォルニア一周につき合わされましたからね(笑)お人よしですわ。
彼によるとこのテの授業料が高いのは「当人の本気度を試すためなんだ」といってましたが、あたしは信じませんでした。
高額にして利益率上げて単に荒稼ぎができるからだと思います。
でも習ってみたいんですよね。わかっちゃいるけど。速読なら自己啓発セミナーと違ってブレインウォッシュされる心配なさそうだし。
(つづく)
当時40代初めの頃ですが、もうあんたには将来がないのだから自己啓発に投資する必要ないというミもフタも無い意見です。
そうなんですよね。速読講座は、自己啓発セミナーと同格のオカルト系擬似宗教の香りがする分野なので費用がかなり高いんです。
昔、 米国滞在時にルームメートが失恋の痛手を癒すためにちょ~妖しいESTという自己啓発団体にハマったことがありまして、その話を毎晩聞かされるのに辟易したことがあります。
なにしろセミナー受講のためわざわざ何度もロスだかシスコだかにでかけていきましたから。
余談ですが、失恋であんなに苦しんだ男を見るのは後にも先にも初めてでした。 その後は、失恋旅行で近いとはいえ、またまたカリフォルニア一周につき合わされましたからね(笑)お人よしですわ。
彼によるとこのテの授業料が高いのは「当人の本気度を試すためなんだ」といってましたが、あたしは信じませんでした。
高額にして利益率上げて単に荒稼ぎができるからだと思います。
でも習ってみたいんですよね。わかっちゃいるけど。速読なら自己啓発セミナーと違ってブレインウォッシュされる心配なさそうだし。
(つづく)
2013年2月17日日曜日
七田式(2)
このブログの古いネタをさらいますと、太極拳だの、瞑想だの「ニューエイジ」(死語)系の話題が豊富でして筆者(あたし)が嫌いじゃないということが知れます。
ええ、好きなんですよ。なんてたってSFが大好きですから。つまり不思議なもの(”隠されたもの”=オカルト)が好きなんです。いいじゃないですか。
年配の人ならご存知かと思いますが「大陸書房」の本の大ファンだったんですよ。
今でも持ってますよハードカバーの『地球空洞説』(追記:のちに自炊しました)うらやましいでしょ?他にも箱入りの「アトランティス大陸」だって持ってるんだから。←小学生か?
なのでオルダスハックスレーの『知覚の扉』で扱われている化学薬品にも興味がありますしサボテンにも興味があります。
しかしわざわざ外国にでかけていって試す度胸はなく、へなちょこです。
そんな面白そうなオカルト・ネタに「速読」ってのがあります。これは、法律には触れませんし度胸関係なくやれそうです。
速読はそれはそれは多くの本が出てまして夢見たいなことが書いてあります。それでなくても本好きのあたしは山ほど本を読めるようになれるのでは?と興味津々。
その中に、七田眞氏が著した速読の本がありました。「右脳」だとか「左脳」だとかオカルト好きにはたまらない擬似科学めいた話題が満載で妖しい。
(つづく)
ええ、好きなんですよ。なんてたってSFが大好きですから。つまり不思議なもの(”隠されたもの”=オカルト)が好きなんです。いいじゃないですか。
年配の人ならご存知かと思いますが「大陸書房」の本の大ファンだったんですよ。
今でも持ってますよハードカバーの『地球空洞説』(追記:のちに自炊しました)うらやましいでしょ?他にも箱入りの「アトランティス大陸」だって持ってるんだから。←小学生か?
なのでオルダスハックスレーの『知覚の扉』で扱われている化学薬品にも興味がありますしサボテンにも興味があります。
しかしわざわざ外国にでかけていって試す度胸はなく、へなちょこです。
そんな面白そうなオカルト・ネタに「速読」ってのがあります。これは、法律には触れませんし度胸関係なくやれそうです。
速読はそれはそれは多くの本が出てまして夢見たいなことが書いてあります。それでなくても本好きのあたしは山ほど本を読めるようになれるのでは?と興味津々。
その中に、七田眞氏が著した速読の本がありました。「右脳」だとか「左脳」だとかオカルト好きにはたまらない擬似科学めいた話題が満載で妖しい。
(つづく)
追記2026/1/17)その後、この手のネタに耐性のない連中がマジになってしまい、コロナ過で陰謀論に走りろくでもない政党に騙され票を入れるようになってしまいました。恐ろしいことです。
2013年2月16日土曜日
七田式
あらゆる意味で修行の身ですがハーモニカを始めて丸3年が経過しました。
そして楽器上達の根本原理としてあらゆる書物で言われている「毎日楽器に触れること」という原則を守り続けています。
そして、まさかこの歳になってヘタなくせにライブハウスなどという未体験ゾーンで見ず知らずの人の前で歌や演奏をするなどという神をも恐れない所業を行うようになるとは夢にも思いませんでした。
これは匿名ブログだからこそ恥を捨てて書けることですが、自己啓発本などにあるような、まさに自分が大きく変わったということかと思います。
「変われた」と書かないのは、特に「変わりたい」という意識はなく変化したからですが楽器を演じたいという望みを実現するには変わらなければ始まりませんのでぐだぐだこだわらないことにします。
この変化をもたらした最大の功労者は、タイトルに記した「七田式」だとここに宣言します。
胡散臭そうだろうが、他の能力開発の寄せ集めといわれようが、ことあたしに関しては、ここがターニングポイントでして、2013年もたけなわ(笑)な今、この七田をめぐるネタをおさらいしておこうと思い立ちました。
(つづく)
そして楽器上達の根本原理としてあらゆる書物で言われている「毎日楽器に触れること」という原則を守り続けています。
そして、まさかこの歳になってヘタなくせにライブハウスなどという未体験ゾーンで見ず知らずの人の前で歌や演奏をするなどという神をも恐れない所業を行うようになるとは夢にも思いませんでした。
これは匿名ブログだからこそ恥を捨てて書けることですが、自己啓発本などにあるような、まさに自分が大きく変わったということかと思います。
「変われた」と書かないのは、特に「変わりたい」という意識はなく変化したからですが楽器を演じたいという望みを実現するには変わらなければ始まりませんのでぐだぐだこだわらないことにします。
この変化をもたらした最大の功労者は、タイトルに記した「七田式」だとここに宣言します。
胡散臭そうだろうが、他の能力開発の寄せ集めといわれようが、ことあたしに関しては、ここがターニングポイントでして、2013年もたけなわ(笑)な今、この七田をめぐるネタをおさらいしておこうと思い立ちました。
(つづく)
2012年12月3日月曜日
カウント恐怖症
このところ、何度か人前で演奏する機会に恵まれました。
ところが、表題のカウントがうまく行きません。
ある時は、遅すぎ。また、ある時は速過ぎ。
みんなが知ってる曲ならドラムスの人が助けてくれたりもありますが、バックの人たちも手掛かりのない場合や、あたしの演奏ペースに合わせてもらう場合には自分でカウントを出すしかありません。
ちょっと脱線しますが、自分がヘタな場合、速い方がまだマシで、とちってゆっくりになった場合は目もあてられません。ゆっくりだとヘタクソなのがもろにばれちゃうんです。(笑)
ジャンルは異なりますが先日、クラシックピアノの寸評会を見学しました。
寸評をくれる先生(追記:故人)いわく「ゆっくり弾く練習を重ねると、意外と速い演奏ができたりするものですよ」とおっしゃっていました。
そこで思い出したのが太極拳です。ご存じのように超スローモーですよね。ただあれが瞬間的に体を自動的に動かす訓練になるのだそうです。
トモ藤田さんの著書でも、超スローな運指練習を勧めています。
さて、すっかりカウント恐怖症になったあたしは、日本語サイトだけですが、ネットで「カウントの出し方」を血眼になって検索しました。
・・・これが見つからないんですよ(泣)
うーん。みんなこれで悩まないのだろうか???
次の演奏会が迫っている!
切羽詰まったあたしは、あるライブ会場で主役のカウントの出し方を必死で観察しました。
といいますのも、フロント(ブルースハープ)の方は、そのバンドとの演奏は初めてだったのです。
いかにプロとはいえ、慣れないバンド相手では慎重にカウントを出すだろうと思ったのです。
見ると、カウントを始める前に、自分が歌う曲を小さく口ずさんでいました。何度も。
それから足で落ち着いてリズムを確認したり、腿を手のひらでたたいたり短い間ですがきちんとおちついて自分が歌いたいリズムがとれるまでカウントを始めませんでした。
そうか。まず、口ずさむのか。それからその方式で練習を継続、そして「次の機会」に試してみたところまぁまぁうまくいきました。ホっ。(ほかにうまくいかないテーマは数あれど(笑))
鍛錬と研究あるのみですね。
ところが、表題のカウントがうまく行きません。
ある時は、遅すぎ。また、ある時は速過ぎ。
みんなが知ってる曲ならドラムスの人が助けてくれたりもありますが、バックの人たちも手掛かりのない場合や、あたしの演奏ペースに合わせてもらう場合には自分でカウントを出すしかありません。
ちょっと脱線しますが、自分がヘタな場合、速い方がまだマシで、とちってゆっくりになった場合は目もあてられません。ゆっくりだとヘタクソなのがもろにばれちゃうんです。(笑)
ジャンルは異なりますが先日、クラシックピアノの寸評会を見学しました。
寸評をくれる先生(追記:故人)いわく「ゆっくり弾く練習を重ねると、意外と速い演奏ができたりするものですよ」とおっしゃっていました。
そこで思い出したのが太極拳です。ご存じのように超スローモーですよね。ただあれが瞬間的に体を自動的に動かす訓練になるのだそうです。
トモ藤田さんの著書でも、超スローな運指練習を勧めています。
さて、すっかりカウント恐怖症になったあたしは、日本語サイトだけですが、ネットで「カウントの出し方」を血眼になって検索しました。
・・・これが見つからないんですよ(泣)
うーん。みんなこれで悩まないのだろうか???
次の演奏会が迫っている!
切羽詰まったあたしは、あるライブ会場で主役のカウントの出し方を必死で観察しました。
といいますのも、フロント(ブルースハープ)の方は、そのバンドとの演奏は初めてだったのです。
いかにプロとはいえ、慣れないバンド相手では慎重にカウントを出すだろうと思ったのです。
見ると、カウントを始める前に、自分が歌う曲を小さく口ずさんでいました。何度も。
それから足で落ち着いてリズムを確認したり、腿を手のひらでたたいたり短い間ですがきちんとおちついて自分が歌いたいリズムがとれるまでカウントを始めませんでした。
そうか。まず、口ずさむのか。それからその方式で練習を継続、そして「次の機会」に試してみたところまぁまぁうまくいきました。ホっ。(ほかにうまくいかないテーマは数あれど(笑))
鍛錬と研究あるのみですね。
2010年8月10日火曜日
ケンカのシーン
映画でケンカのシーンがよくありますね。
強いもん同士が決闘するみたいな。いい者と仇役がいて、すっごく強そうな仇役が登場するとき、「オレは強い相手だぞ」という象徴のように首をポキポキする演出をよく見かけます。
指をポキポキならすのは、「拳」が武器そのものなので、なんとなくウォーミングアップという感じで理解できるのですが、首はどうなのだろう。
緊張をほぐすのが主たる目的なのか?
たしかに怖そうな感じには見えますが、実際のケンカでも首をポキポキして相手を威嚇するのでしょうか。
太極拳は習いましたが、実際にこぶしで打つことはないのでぽきぽきする感覚はよくわかりません。
太極拳が好きなら空手も好きだろうってんで会社の空手部に無理やり入れられましたが、一度も練習に参加することなく今年ようやく退部させてもらいました。
強いもん同士が決闘するみたいな。いい者と仇役がいて、すっごく強そうな仇役が登場するとき、「オレは強い相手だぞ」という象徴のように首をポキポキする演出をよく見かけます。
指をポキポキならすのは、「拳」が武器そのものなので、なんとなくウォーミングアップという感じで理解できるのですが、首はどうなのだろう。
緊張をほぐすのが主たる目的なのか?
たしかに怖そうな感じには見えますが、実際のケンカでも首をポキポキして相手を威嚇するのでしょうか。
太極拳は習いましたが、実際にこぶしで打つことはないのでぽきぽきする感覚はよくわかりません。
太極拳が好きなら空手も好きだろうってんで会社の空手部に無理やり入れられましたが、一度も練習に参加することなく今年ようやく退部させてもらいました。
2006年5月28日日曜日
陳式太極拳
前回、中国の老師たちについて書いたとき、さらさらっと「陳発科、最後の弟子・・」とか「四天王」とか書きましたが、太極拳に触れたことのある人たちには、ははぁ、とか羨ましい!とか妬ましい!!半可通のくせに!!ときても一般の人たちにはとんと、そのありがたみ?がわからないなと反省しました。
マニアックなホームページはネットで検索すればいくらでもあるので簡単に補足説明をば。
太極拳にも日本の剣道のように流派があります。
創設者の名前をとって呉とか陳とか孫とか楊てな感じです。
太極拳が踊りのように見えるのは一つ一つの武術の技を連続した動きで覚えるからです。
いい例ではありませんが、剣道の素振りで小手・面・胴といった形を連続して動いているようなイメージです。
この一連の動きを太極拳では套路(とうろ)と呼んでいます。
さて、呉、陳、孫や楊を「創設者の名前」と書きましたが、実際は「創設」ではなくて、そのまた先生から習った武術を自分の代で革新的に改造して有名になった人といったほうがいいのだと思います。
お叱りを覚悟で書いてしまうと、陳式がゴシックで楊式はバロックというイメージ。
前者が古くて後者は近世。太極拳が日本で有名になったのは、先にも書いたとおり、楊式を短く、簡単にした簡化太極拳なので一般的には太極拳といえばみな楊式風のものを思い浮かべていると思って間違いありません。
陳式というのは、あまりテレビなど映像で見たことがありません。先日、テレビで長拳(いわゆるカンフー、・・あぁまたしかられてしまう。)の大会の模様が写されていましたが、陳式太極拳はおよそマスコミの注目を浴びたことがありません。
ま、要するに、太極拳をはじめると楊式系から入門するのですが、ハマりだすとどうしても陳式に憧れてくるという感じです。(追記:ブルースハーピストが、タンブロックに進む感じ(笑)2024/5/21)
ギョーザパーティーを一緒にした洪均生老師は、陳発科、晩年の弟子です。(古今亭志ん生と円菊師匠の関係に近い…といってもわからないか…(笑))
発科は、陳式太極拳の第17代目の正統な後継者であり近代に誕生した太極拳の天才といわれています。ネットであらためて調べると、1887-1957。なので終戦後しばらくの間存命だったことがわかります。
←陳発科
陳式は、陳家構(ちんかこう)という陳一族が暮らしている村の中で伝わっているもので陳発科は、この田舎から都会に出て陳式太極拳を広めた人物です。村ではいろいろ言われたことと思います。
一方、残された村の中でも太極拳は継承され続け、やがて四天王といわれた若手が第19世。陳小旺、陳正雷、王西安、朱天才、老師たちです。その後ってどうなっているのだろう。次の世代は育っているのでしょうか?
今はどうなっているかわかりませんが、あたしが訪れたときは、いやはやもう田舎。
「七人の侍」に出てくる村のような印象です。
旅の疲れをねぎらってくれるために洗面器にお湯を入れておしぼりを渡してくれました。
料理も都会のように香料を使っていないのでほっとする味。すばらしいホスピタリティでした。(旅行費用もばか高かったけど)
この項を書くにあたってネットでいろいろ検索してみたら、かつて「敦っちゃん」とか呼んでいた日本人の仲間が「老師」って呼ばれていました。やはり継続は力ですね~。
練習熱心だったもの。えらいなぁ。すごい!
その点、半可通の自分としては夜中にこんな戯言書いているのが関の山。
楊式については、長くなるのであらためて。
マニアックなホームページはネットで検索すればいくらでもあるので簡単に補足説明をば。
太極拳にも日本の剣道のように流派があります。
創設者の名前をとって呉とか陳とか孫とか楊てな感じです。
太極拳が踊りのように見えるのは一つ一つの武術の技を連続した動きで覚えるからです。
いい例ではありませんが、剣道の素振りで小手・面・胴といった形を連続して動いているようなイメージです。
この一連の動きを太極拳では套路(とうろ)と呼んでいます。
さて、呉、陳、孫や楊を「創設者の名前」と書きましたが、実際は「創設」ではなくて、そのまた先生から習った武術を自分の代で革新的に改造して有名になった人といったほうがいいのだと思います。
お叱りを覚悟で書いてしまうと、陳式がゴシックで楊式はバロックというイメージ。
前者が古くて後者は近世。太極拳が日本で有名になったのは、先にも書いたとおり、楊式を短く、簡単にした簡化太極拳なので一般的には太極拳といえばみな楊式風のものを思い浮かべていると思って間違いありません。
陳式というのは、あまりテレビなど映像で見たことがありません。先日、テレビで長拳(いわゆるカンフー、・・あぁまたしかられてしまう。)の大会の模様が写されていましたが、陳式太極拳はおよそマスコミの注目を浴びたことがありません。
ま、要するに、太極拳をはじめると楊式系から入門するのですが、ハマりだすとどうしても陳式に憧れてくるという感じです。(追記:ブルースハーピストが、タンブロックに進む感じ(笑)2024/5/21)
ギョーザパーティーを一緒にした洪均生老師は、陳発科、晩年の弟子です。(古今亭志ん生と円菊師匠の関係に近い…といってもわからないか…(笑))
発科は、陳式太極拳の第17代目の正統な後継者であり近代に誕生した太極拳の天才といわれています。ネットであらためて調べると、1887-1957。なので終戦後しばらくの間存命だったことがわかります。
←陳発科
陳式は、陳家構(ちんかこう)という陳一族が暮らしている村の中で伝わっているもので陳発科は、この田舎から都会に出て陳式太極拳を広めた人物です。村ではいろいろ言われたことと思います。
一方、残された村の中でも太極拳は継承され続け、やがて四天王といわれた若手が第19世。陳小旺、陳正雷、王西安、朱天才、老師たちです。その後ってどうなっているのだろう。次の世代は育っているのでしょうか?
今はどうなっているかわかりませんが、あたしが訪れたときは、いやはやもう田舎。
「七人の侍」に出てくる村のような印象です。
旅の疲れをねぎらってくれるために洗面器にお湯を入れておしぼりを渡してくれました。
料理も都会のように香料を使っていないのでほっとする味。すばらしいホスピタリティでした。(旅行費用もばか高かったけど)
この項を書くにあたってネットでいろいろ検索してみたら、かつて「敦っちゃん」とか呼んでいた日本人の仲間が「老師」って呼ばれていました。やはり継続は力ですね~。
練習熱心だったもの。えらいなぁ。すごい!
その点、半可通の自分としては夜中にこんな戯言書いているのが関の山。
楊式については、長くなるのであらためて。
2006年5月27日土曜日
老師たちとの時間
日本で、あらたな老師に習い始めてわかったのは、ジェーンが教えていた型は、套路(動き方)や、個別の型の名称、順序は同じであっても本質的には正しくない動きだということでした。
後に、顧留馨老師や傳鐘文老師(楊澄甫の弟子)による本物の楊式太極拳を見ることができたので、あたしたちが習っている型については正しい動きである(生徒たちは、もちろん正しくはないのですが、ゴールは本物だという意味(笑))ことがわかりました。
とにかく、半可通の自分ですが、こうした著名な老師たちの太極拳を直に習った経験は何事にも勝る・・なんだろう?思い出といっては見も蓋もないですが。
自慢話のネタでしょうか。理由はどうであれ、老師たちとの時間はとにかく強烈なインパクトでした。
陳家構(陳式太極拳発祥の地)も訪れて、四天王といわれた若手の老師たちの指導を受けたことも貴重な経験です。
毎日、陳小旺老師から直接、ほんの数人で習ったなんて夢のような時間です。今でも拳を打ち出すときに陳小旺老師の顔の表面がぐにゃ~~となる様子が目に浮かびます。人間の身体があんなに波打つなんて!
また、王西安老師。老師というよりは兄貴という印象ですが、豹のような猫科の猛獣の足運びを思わせました。足先が遠くまで進むのですが、何か危険を察すると、すっと戻るような。とにかくイカしていました。
済南に陳発科最期の弟子、洪均生老師の下も訪れました。
ホテルの広間を借りて練習をするのですが、お年だけに歩くのもよちよちとした感じの老師がいったん太極拳の立ち姿になると、ピシっときまる。
休憩時間。お弟子さんと老師が推手をはじめました。ぼんやりみていると、老師が弟子に一声なにかかけました。(たぶん、「力を入れろ!」と言ったのだと思います)
そのとたん、パシっという音がしてフットボール選手のような身体の弟子がはじけとびました。「とんだ」というよりも、弟子が推した力そのまま自分に戻ってきてはじけたという印象です。
この、はじけとぶ感じ、陳家構の朱天才老師にも直接やってもらったことがありますが手加減したのか、当方がまるでへなちょこなのか、ただよろよろと部屋の外に押し出されたような感じでした。
ということで自分が「飛ばされた」わけではないのであくまでもイメージですが、これに近い体験をしたことがあります。
合気道(「養神館」です)の使い手に「入り身投げ」をかけられたときにそっくりで、想像を絶する力で地面につぶれおちたような感じでした。息ができないくらいの衝撃でしたが、嬉しい。マゾか?
洪均生老師たちと夜、餃子パーティーをしたおり、仲間が先生に尋ねました。
「太極拳で一番大切なポイントはなんでしょうか?」
「それは。時間と方向だ。」
老師の応えは通訳がしているので時間といっているが、タイミングのことを意味したのだと思います。
練習に使うホテルの広間は授業が終わると現状復帰をします。たたんであったカーペットを元の位置に戻すのです。
あたしと仲間が廊下のカーペットを直そうとしたとき、老師が端っこに立っていることに気が付きませんでした。
ひょいっとひっぱったとたん、老師がこけました。
後にも先にも陳発科、最後の弟子をこかした日本人はあたしたちぐらいなものでしょう。
自慢にも何にもなりませんな。
←洪均生老師。ステキ!!
この大先生をだましうちした罰あたりなあたしら
とにかく、半可通の自分ですが、こうした著名な老師たちの太極拳を直に習った経験は何事にも勝る・・なんだろう?思い出といっては見も蓋もないですが。
自慢話のネタでしょうか。理由はどうであれ、老師たちとの時間はとにかく強烈なインパクトでした。
陳家構(陳式太極拳発祥の地)も訪れて、四天王といわれた若手の老師たちの指導を受けたことも貴重な経験です。
毎日、陳小旺老師から直接、ほんの数人で習ったなんて夢のような時間です。今でも拳を打ち出すときに陳小旺老師の顔の表面がぐにゃ~~となる様子が目に浮かびます。人間の身体があんなに波打つなんて!
また、王西安老師。老師というよりは兄貴という印象ですが、豹のような猫科の猛獣の足運びを思わせました。足先が遠くまで進むのですが、何か危険を察すると、すっと戻るような。とにかくイカしていました。
済南に陳発科最期の弟子、洪均生老師の下も訪れました。
ホテルの広間を借りて練習をするのですが、お年だけに歩くのもよちよちとした感じの老師がいったん太極拳の立ち姿になると、ピシっときまる。
休憩時間。お弟子さんと老師が推手をはじめました。ぼんやりみていると、老師が弟子に一声なにかかけました。(たぶん、「力を入れろ!」と言ったのだと思います)
そのとたん、パシっという音がしてフットボール選手のような身体の弟子がはじけとびました。「とんだ」というよりも、弟子が推した力そのまま自分に戻ってきてはじけたという印象です。
この、はじけとぶ感じ、陳家構の朱天才老師にも直接やってもらったことがありますが手加減したのか、当方がまるでへなちょこなのか、ただよろよろと部屋の外に押し出されたような感じでした。
ということで自分が「飛ばされた」わけではないのであくまでもイメージですが、これに近い体験をしたことがあります。
合気道(「養神館」です)の使い手に「入り身投げ」をかけられたときにそっくりで、想像を絶する力で地面につぶれおちたような感じでした。息ができないくらいの衝撃でしたが、嬉しい。マゾか?
洪均生老師たちと夜、餃子パーティーをしたおり、仲間が先生に尋ねました。
「太極拳で一番大切なポイントはなんでしょうか?」
「それは。時間と方向だ。」
老師の応えは通訳がしているので時間といっているが、タイミングのことを意味したのだと思います。
練習に使うホテルの広間は授業が終わると現状復帰をします。たたんであったカーペットを元の位置に戻すのです。
あたしと仲間が廊下のカーペットを直そうとしたとき、老師が端っこに立っていることに気が付きませんでした。
ひょいっとひっぱったとたん、老師がこけました。
後にも先にも陳発科、最後の弟子をこかした日本人はあたしたちぐらいなものでしょう。
自慢にも何にもなりませんな。
←洪均生老師。ステキ!!
この大先生をだましうちした罰あたりなあたしら
2006年5月26日金曜日
マーク・ロスコー
T. S.が太極拳とともにあたしに伝道したものに画家マーク・ロスコーとクリストファー・アレキサンダー(建築家)がいます。
アレキサンダーについては項を改めて書きたいと思っています。
ミース・ファン・デル・ローエ(建築家)の美術館、少し足を延ばせばフォート・ワースのキンベル美術館(ルイス・カーン(建築家))と見所にはことかかない都市のど真ん中にあったのがロスコー・チャペルでした。
チャペルと言っても、文字通りの礼拝堂ではなく、多角形平面(8角形)のどうということのない安普請の建物で建築デザイン的にも、さして優れているものではありません。
しかし、間接的に入るトップライトの光と陰がロスコーのあの微妙に塗り分けられた絵に映えて、言うに言われぬ荘厳な雰囲気を醸し出していました。
そこには、東洋かぶれの様々な人種が座禅を組むか瞑想に入りきっていて東洋人のあたしには、なんだかこっぱずかしく思えました。
ページを開いたときに現れた気味の悪いアニメは、あたしの作品、「デジタル・マーク・ロスコー」です。
(※注:現在は表示されていません。ファイル探さねば。)
(※注の追記‘ようやく発見。大昔のファイルなので表示が変ですがご容赦を)
ロスコーの絵とは似ても似つかない作品だし、あたしもど素人ではないまでも半可通の身、専門家からお叱りを受けるかもしれません。
聞けば、ロスコーの絵は、目を閉じたときに瞼の皮膚を通した光を描いたものだそうです。
Digital Rothkoは、あたしたちが時に(例えば、熱い風呂に入ったときくらくらと)目眩がしたとき目をつぶったとき、朝目覚めて目が枕に押しつけられていた後、眼 球に血液がもどったときに紡錘型の文字通りレモンの形の光が現れやがて目が元に戻る様を再現したものです。
あれ、なんて言うのでしょうね?
ホームページ制作の観点からいえば、ただのアニメGIFだから見るべきものは何もありませんが、完成までは数年の気の無さと数え切れない貧血を費やしております。
アレキサンダーについては項を改めて書きたいと思っています。
ミース・ファン・デル・ローエ(建築家)の美術館、少し足を延ばせばフォート・ワースのキンベル美術館(ルイス・カーン(建築家))と見所にはことかかない都市のど真ん中にあったのがロスコー・チャペルでした。
| ルイス・カーン作「キンベル美術館」 |
しかし、間接的に入るトップライトの光と陰がロスコーのあの微妙に塗り分けられた絵に映えて、言うに言われぬ荘厳な雰囲気を醸し出していました。
そこには、東洋かぶれの様々な人種が座禅を組むか瞑想に入りきっていて東洋人のあたしには、なんだかこっぱずかしく思えました。
ページを開いたときに現れた気味の悪いアニメは、あたしの作品、「デジタル・マーク・ロスコー」です。
(
(※注の追記‘ようやく発見。大昔のファイルなので表示が変ですがご容赦を)
ロスコーの絵とは似ても似つかない作品だし、あたしもど素人ではないまでも半可通の身、専門家からお叱りを受けるかもしれません。
聞けば、ロスコーの絵は、目を閉じたときに瞼の皮膚を通した光を描いたものだそうです。
Digital Rothkoは、あたしたちが時に(例えば、熱い風呂に入ったときくらくらと)目眩がしたとき目をつぶったとき、朝目覚めて目が枕に押しつけられていた後、眼 球に血液がもどったときに紡錘型の文字通りレモンの形の光が現れやがて目が元に戻る様を再現したものです。
あれ、なんて言うのでしょうね?
ホームページ制作の観点からいえば、ただのアニメGIFだから見るべきものは何もありませんが、完成までは数年の気の無さと数え切れない貧血を費やしております。
2006年5月25日木曜日
カルロス・カスタネダ
太極拳に誘ってくれたT. S.は、西洋人によくいるニュー・エイジ、サブカルチャーファンで、その系列の本をよく紹介してくれました。
中でもカルロス・カ スタネダの本は、示唆に富み、そして面白く夢中になって読んだものです。
当時、カスタネダは存命で、一度だけラジオ番組に出演、生の声を聞いたことがあります。 謎につつまれた人物の声を聞けただけでもなにか得をした気がしました。
中でもカルロス・カ スタネダの本は、示唆に富み、そして面白く夢中になって読んだものです。
当時、カスタネダは存命で、一度だけラジオ番組に出演、生の声を聞いたことがあります。 謎につつまれた人物の声を聞けただけでもなにか得をした気がしました。
その時も、T. S.が「今夜、カスティネーダ(このように発音します)がFMラジオの番組に出演するぞ!」と興奮した声で電話をくれたのです。
脱線ついでに書きますと、カスタネダたちが用いたメスカリトは、ペヨーテというサボテンから採取するそうです。
カスタネダは、最初は単にインディアンのドラッグを試してみたいという不純な動機でドン・ファンに近づいたのでしょう。
彼の本の中では、メスカリトは「人格」を持つ神というか、トリック・スター(いたずら者)のようなふるまいをします。
ある折、伊豆のサボテン公園を訪れたとき園内の植物の専門家の方に「ペヨーテ」について教えを乞うたことがあります。
一般客からマニアックな質問を受けて興がのったのか面白い話を聞かせてくれました。ペヨーテは、国内では「****」という名前で普通に売られている観賞用のサボテンであること。そして、日本の風土では*****は作れないこと。どうやら砂漠と関係があるらしく、国内のサボテンの専門家の間ではペヨーテツアーを企画して訪米している人々がいるらしいこと。などなど。
実際に、園内の売店で売られていた可愛らしい「****」を買い求め、自宅で育ててみましたが、しばらくすると根が腐ってしまいました。
メスカリトに叱られるのでは?とちょっと心配になったものです。
※カルロス・カスタネダ関係の投稿に関してはこちらを参照してください。(2024/05/15)
脱線ついでに書きますと、カスタネダたちが用いたメスカリトは、ペヨーテというサボテンから採取するそうです。
カスタネダは、最初は単にインディアンのドラッグを試してみたいという不純な動機でドン・ファンに近づいたのでしょう。
彼の本の中では、メスカリトは「人格」を持つ神というか、トリック・スター(いたずら者)のようなふるまいをします。
ある折、伊豆のサボテン公園を訪れたとき園内の植物の専門家の方に「ペヨーテ」について教えを乞うたことがあります。
一般客からマニアックな質問を受けて興がのったのか面白い話を聞かせてくれました。ペヨーテは、国内では「****」という名前で普通に売られている観賞用のサボテンであること。そして、日本の風土では*****は作れないこと。どうやら砂漠と関係があるらしく、国内のサボテンの専門家の間ではペヨーテツアーを企画して訪米している人々がいるらしいこと。などなど。
実際に、園内の売店で売られていた可愛らしい「****」を買い求め、自宅で育ててみましたが、しばらくすると根が腐ってしまいました。
メスカリトに叱られるのでは?とちょっと心配になったものです。
※カルロス・カスタネダ関係の投稿に関してはこちらを参照してください。(2024/05/15)
2006年5月24日水曜日
簡化太極拳
日本に戻っても太極拳を続けよう、と思っていたので早速情報収集にかかると、とある団体の教室が一番盛んなことがわかりました。
早速見学に行ったところ、その教室で行われている太極拳はジェーンに習ったものとまったく違うのです。
似たようなポーズはあるのですが、何しろ型(套路)のステップ数が少ない。
あっという間に一連の動作が終わってしまうのです。ひとつひとつも微妙に異なるのです。
この流派(?)は違うと判断、他の教室をあたることにしました。
(この時点では太極拳にいろいろな流派やスタイルがあることすら知りませんでした)
後からわかったのですが、この太極拳は「簡化太極拳」あるいは「24式」と呼ばれる国民の健康を高めるために”北京”で開発された新しい太極拳だったのです。
古い時代に作られたものは長くて覚えるのが大変なので重要な型だけを抜粋して作ったので「簡易」型というのです。
何事も半可通の自分ですが言わせてもらうなら、最大の違いは簡化太極拳が「つま先」を床から上げてしまうところでしょう。これを行うと動きが妙に楽になって地面との密着感が味噌である太極拳の醍醐味に根本的にかけるのです。
オートマティック車の運転のように物足りない。
さらに付け加えますと、日本で普及しはじめていたその「簡化太極拳」と本場の「簡化太極拳」との間でもディテールがまったく異なっていることも後で知ります。全然違うのです。
そんな経緯で次にあたったのが青山にあったNHK文化センターというカルチャーセンターで開かれている中野春美先生のクラスでした。
当時のあたしは太極拳が武術だという認識はまったくなく、肩こりをとるための体操。
白人がハマる神秘的なメディテーションかリラクゼーションの一種と思っていたのです。
青山の教室を見学してクラスがハネてから勇気を出して中野先生に話しかけてみました。外国で習って途中になっていること。各所にある教室のものは自分が習いたいものとは違うこと。などなど。
先生が言いました「ちょっとここでやって見せてくれる?」(つっけんどんなのです(笑))
あたしは、その場で太極拳を始めました。
(はじめは、Grasp Sparrow's Tailだな・・。)
Grasp Sparrow's Tailとは後に、攬雀尾(ランチュウウェイ)という動きの直訳と知りました。
先生は、あたしの動きをじっと見つめ、やがて言った。
「細かい部分が大分違うけど、あなたの習ったのは間違いなく楊式太極拳ね」
ジェーンの太極拳は楊式太極拳というものだったのか!
似たようなポーズはあるのですが、何しろ型(套路)のステップ数が少ない。
あっという間に一連の動作が終わってしまうのです。ひとつひとつも微妙に異なるのです。
この流派(?)は違うと判断、他の教室をあたることにしました。
(この時点では太極拳にいろいろな流派やスタイルがあることすら知りませんでした)
後からわかったのですが、この太極拳は「簡化太極拳」あるいは「24式」と呼ばれる国民の健康を高めるために”北京”で開発された新しい太極拳だったのです。
古い時代に作られたものは長くて覚えるのが大変なので重要な型だけを抜粋して作ったので「簡易」型というのです。
何事も半可通の自分ですが言わせてもらうなら、最大の違いは簡化太極拳が「つま先」を床から上げてしまうところでしょう。これを行うと動きが妙に楽になって地面との密着感が味噌である太極拳の醍醐味に根本的にかけるのです。
オートマティック車の運転のように物足りない。
さらに付け加えますと、日本で普及しはじめていたその「簡化太極拳」と本場の「簡化太極拳」との間でもディテールがまったく異なっていることも後で知ります。全然違うのです。
そんな経緯で次にあたったのが青山にあったNHK文化センターというカルチャーセンターで開かれている中野春美先生のクラスでした。
当時のあたしは太極拳が武術だという認識はまったくなく、肩こりをとるための体操。
白人がハマる神秘的なメディテーションかリラクゼーションの一種と思っていたのです。
青山の教室を見学してクラスがハネてから勇気を出して中野先生に話しかけてみました。外国で習って途中になっていること。各所にある教室のものは自分が習いたいものとは違うこと。などなど。
先生が言いました「ちょっとここでやって見せてくれる?」(つっけんどんなのです(笑))
あたしは、その場で太極拳を始めました。
(はじめは、Grasp Sparrow's Tailだな・・。)
Grasp Sparrow's Tailとは後に、攬雀尾(ランチュウウェイ)という動きの直訳と知りました。
先生は、あたしの動きをじっと見つめ、やがて言った。
「細かい部分が大分違うけど、あなたの習ったのは間違いなく楊式太極拳ね」
ジェーンの太極拳は楊式太極拳というものだったのか!
2006年5月23日火曜日
ジェーンの太極拳ワークショップ
太極拳。
これぞあたしの生きざま(=恥)「半可通」にもっともふさわしいテーマではないでしょうか。
始めたのは、1979年の夏休み。それから約11年ほど集中してハマりました。その後は、仲間との合宿(=懇親会)にでかける程度でここしばらくは気はあっても体を動かしたことがありません。
79年。学業に熱心(ほんとうです。ハマってました(笑))だったせいか、ひどい肩こりに悩まされるようになっていました。クラスで一番親しかったT.S.に相談したところ、
「それには、t'ai chi chuanがいいと思うよ?」
「t'ai chi chuan?! なに?それ?」
「こういうものだ」と身振り手振り。
ん?それはひょっとすると太極拳というものではないだろうか?
名前ぐらいは聞いたことがあるけど。
「実は。何を隠そう。俺のお袋は太極拳の先生なのだ。毎週、木曜の夕方、お袋の家で教えているから習ってみないか?」
あたしは、T.S.が勧めてくれるものはなんでも歓迎だったので早速、お袋さんのジェーンに紹介してもらい入門しました。
ジェーンは、サンフランシスコで暮らしていたときに彼女の師匠に出会い、太極拳にハマったそうです。
あいにく手元に本がないので、その師匠の名前を記せな いのですが中国系のアメリカ人で舞踊(コリオグラフィー(choreography))が本業の人でした。(武道も行う西野バレエに通じるものがあります)
ジェーンの教室では、毎回数ステップずつ型(套路といいます)を習います。
全体は相当に長いものなので本当にわずかずつ。レッスンの合間に休憩時間があって、みなで車座になり「老子」を読みます。「老子」を読んじゃうところがいかにも白人文化ですよね。
徹夜続きの学業に本当に疲れていた自分にとって身体を動かすことは喜びでした。すっかり太極拳が好きになってしまい夢中で覚えました。
ですが、わけあって全ステップのちょうど中間まで覚えた(といっても形だけ)ところで急に日本に戻ることになりました。
始めたのは、1979年の夏休み。それから約11年ほど集中してハマりました。その後は、仲間との合宿(=懇親会)にでかける程度でここしばらくは気はあっても体を動かしたことがありません。
79年。学業に熱心(ほんとうです。ハマってました(笑))だったせいか、ひどい肩こりに悩まされるようになっていました。クラスで一番親しかったT.S.に相談したところ、
「それには、t'ai chi chuanがいいと思うよ?」
「t'ai chi chuan?! なに?それ?」
「こういうものだ」と身振り手振り。
ん?それはひょっとすると太極拳というものではないだろうか?
名前ぐらいは聞いたことがあるけど。
「実は。何を隠そう。俺のお袋は太極拳の先生なのだ。毎週、木曜の夕方、お袋の家で教えているから習ってみないか?」
あたしは、T.S.が勧めてくれるものはなんでも歓迎だったので早速、お袋さんのジェーンに紹介してもらい入門しました。
ジェーンは、サンフランシスコで暮らしていたときに彼女の師匠に出会い、太極拳にハマったそうです。
あいにく手元に本がないので、その師匠の名前を記せな いのですが中国系のアメリカ人で舞踊(コリオグラフィー(choreography))が本業の人でした。(武道も行う西野バレエに通じるものがあります)
ジェーンの教室では、毎回数ステップずつ型(套路といいます)を習います。
全体は相当に長いものなので本当にわずかずつ。レッスンの合間に休憩時間があって、みなで車座になり「老子」を読みます。「老子」を読んじゃうところがいかにも白人文化ですよね。
徹夜続きの学業に本当に疲れていた自分にとって身体を動かすことは喜びでした。すっかり太極拳が好きになってしまい夢中で覚えました。
ですが、わけあって全ステップのちょうど中間まで覚えた(といっても形だけ)ところで急に日本に戻ることになりました。
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