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2024年8月30日金曜日

古代への情熱

知人と話していて、彼女がやたらと恐竜に詳しいことを知りました。
セクシャルバイアスと言われればそれまでですが、ごく一般的な主婦がアロサウルスとティラノザウルスの生きていた時代が違うことを知っているというのが面白くて理由を尋ねたところ子供の頃に持っていた恐竜図鑑を暗記するほど繰り返し読んでいたそうです。

さらに聞けば、なにか「失われたもの」に惹かれるそうで宮城県美術館で昨年開催されていた「ポンペイ展」も見たそうです。

そこで久しぶりに思い出したのが、「古代への情熱」。シュリーマン自伝です。
とっくに”自炊”してしまった蔵書を調べてみたら、岩波書店版(村田 数之亮訳)、昭和29年発行の初版でした。

といってもあたしが手に入れたのは神田の古書店だったので手に入れた当初も相当日に焼けていました。あたしがシュリーマンについて知ったのは遅くて高校生の時でした。
SF作家の半村良が『石の血脈』で泉鏡花賞を取ったというので、さっそく読んでみたところプロットに登場して興味をもち原著を読んでみようと手に入れたものです。

今回、上記の知り合いに薦めてみようと手に入れたのは、角川ソフィア文庫版(池内 紀訳)の物で、岩波版に比べると表記も新しく途中の訳者によるコラムと解説も楽しく読めました。
実に30年ぶりに読んだことになります。

ただし、周藤芳幸氏による「文庫版」解説は、シュリーマン自伝の「真実」に関する補足という感じで夢をもちたい人々には興ざめかもしれないと思います。

解説の言っていることは知っておかねばならない事実ですし、どのようなハッピーなエピソードに対しても冷笑的な態度で臨むネット民の嗜好には合うかもしれません。
ちなみに『石の血脈』においてもシュリーマンは盗掘家として扱われていました。

2022年11月24日木曜日

シンウルトラマン※ ★☆☆☆☆

しばらく前、町で話題になっていたシンウルトラマンがアマゾンプライムで公開されていたのでさっそく見ました。
良い評判の記事に接していたせいか楽しみにしていたのですが、予想に違い残念な作品でした。

以前、シンゴジラの記事でも書いたのですが、教養ぶる(なんて言葉はないと思うけど)セリフの数々が野暮ったくて。
みなさん指摘してますが、役者のセリフも説明ばかりで退屈でした。

パロディだとしても面白くなかったし。
怪獣だって「怪獣」のままでいいし、科学特捜隊だってわざわざ言い換えなくてそのままでいいでしょう。昔の暴走族じゃないんだから(笑)

ストーリー上、長澤まさみと斎藤工の信頼関係がまったく形成されてないのに、長年の付き合いがあるかのような展開になっています。
あれだけの付き合いで頬をひっぱたくぐらいの仲になってないですよね。

なぜ長澤まさみを他部門からわざわざ異動させてきて新入スタッフにしたのでしょう?
もとからいる課員(部員?)という設定にしておけば二人の信頼関係が出来上がってる状態からの展開にできたのに。

ひょっとすると登場のやりとりで長澤まさみが優秀だという場面を作りたかったのかもしれませんが、不要でしょう。だって、その後の展開で彼女が優秀である必要がまったくないし。またまたキャリアウーマン(死語)コンプレックス

斎藤工がウルトラマンに成る前と後で人格が変わっている感じも描かれていなくて、ウルトラマンに成る前から同じような変人だったかのような描かれ方をしています。

今回もディテールだけ先に考えてつなぎ合わせた映画でした。

最後に。
せっかくウルトラマンなんだから宇宙人相手の戦いじゃなくて怪獣だけにしてもらいたかった。

2018年5月28日月曜日

宇宙からの侵略者2に追記しました。※

かなり昔の記事なので、追記したことをお知らせいたします。

宇宙からの侵略者2」という項目に、最新の科学研究の成果を加えました(笑)
それにしても、あたしの直感の通りだったとは!

2016年11月29日火曜日

データマイニングの果て※

”果て”好きのネタです。

SNSの類は、アカウントだけは早々に立てるものの発信についてはとんとごぶさたしています。

Facebookも2008年にすぐ登録しましたが、これまでの発信数は100回もないと思います。
ですが、「いいね」も押すことなく受け身的に他の人たちが発信している情報はたまに拝見しています。

そこであることに気がつきました。特定の人たちがシェアしている情報に限っては必ず詳細まで興味を持ってクリックして元情報まで見てしまうのです。

どんな頻度で発信をしていても金輪際興味を惹かれない相手もいます。
(スポーツネタや育児ネタ、グルメネタ、自転車、ボルダリングなどの流行りもの)

でもKさんがシェアした(ギーグ系の)ものは100%興味持つ。Tさんのは4割くらい。とか。

舞台をSNSからアマゾンや楽天に移してみますと、おそらくあたしと同じような趣味性の本や生活必需品ばかり買っている人が結構いるのでは?

FacebookとアマゾンとGoogleのChromeの検索履歴とNetflixの視聴履歴と・・・・そのあたりを全部ひっくるめてデータマイニングしてみると・・・・

この世界のどこかに「あたしと同じフレームで人格が構成されている人間」、つまり、もう一人のあたしがいるのではないか?と思ったのです。

あたしは相当な部分が上記のKさんと同じ”材料”でできているのではないか?と思いますし、みうらじゅんや筒井康隆でも身体の一部ができていると思います。

「同じフレーム」ですから日本人である必要はありませんし同性である必要もありません。

別に会いたいわけではありませんが、ウクライナのどこかに、あたしと同じような発想で暮らしている人がいるかもって想像してみるのも楽しいものです。

同じような不満もって暮らしてたりして。

追記:2024/05/20
2016年のこの時点で、ウクライナという名称を出しているのは、悲しい先見性というか暗示的です。

2016年9月24日土曜日

君の名は。※ ★★★★☆

『君の名は』は、ラジオドラマ化されたとき、オンエアの時間になると女風呂に客がいなくなるという伝説的すれちがい男女ドラマで「真知子巻き」というストールのファッションが大流行したという大ヒット作品ということだけくらいの知識でした。

『風立ちぬ』(堀辰雄)というタイトルでジブリのアニメが作られて。こんどは『君の名は』(菊田一夫)か~、というのもあり昭和の小説の名を借りた新作なんだろうなぁと流していました。

あたしは既報の通りカラオケのDAMチャンネルのヘビー視聴者ですからDAMチャンネルで繰り返し流れる『君の名は。』のプロモーションビデオを繰り返し見てます。
おそらく日本人でもっともこの映画のPVを見ている人間の一人かと思います。

ヘビー視聴者と言いましたが、ボリュームを消してハーモニカの練習をしているので見てはいますが音はめったに聞いていません。なのでヘビー視者が正確かも。

音のない映像で主役は現代の高校生みたいだから、やはりお話は「真知子巻き」ではなくて今の「すれちがい系」の純愛物語なのかなぁとぼーっと見ていました。

映画の音楽を担当しているRADWIMPSというグループのPVも同じくDAMチャンネルで繰り返し流れています。

Feedly(RSSニュースリーダー)に登録している「TAP the POP」という音楽評論サイトの9月2日の記事で「時を超えて、時を駆け上がって、希望を伝えてくれる『君の名は。』」という紹介がされまして。音楽の使い方についてとても好意的な記事が書かれてまして初めて興味を持ちました。(このサイト、いい記事が多いんですよ)

そしたらこんどは『シンゴジラ』と競合して大ヒットになっているアニメ映画だっていうじゃないですか。これは観ておくかなと遂に思いました。

ちなみに監督の新海誠という方の『言の葉の庭』という短編を見てたのですが今回の『君の名は。』の製作者だとは直前まで知りませんでした。
『言の葉の庭』は知人から映像がすごく美しいという話を聞きまして見たところ、CGの美しすぎる部分とキャラクターの差異がちょっと気になるかなという印象を受けました。

今回は、その差異が目だたずに、両者が自然に溶け合っているなと感じました。
風景描写、水の描写などはこの監督のこだわりなのだなと思います。よかったです。
それと『言の葉の庭』でも感じたことで、ローアングルのショットが非常に多いです。
場面転換でも繰り返し使います。

PVの映像用に本編からピックアップされているものは「見どころ」に決まっているわけですが、「本編で教室で自分の悪口を言われているのを聞いた主役の女子高校生が腹を立てて机をけとばすシーン」、「同じ女子高校生がバスケでゴールをした後の正面のシーン」この二つが好きではありませんでした。
前者は、蹴った足元からミニスカートの太ももの付け根が映像で強調されています。後者はジャンプしたあとの正面からのショットで高校生の胸が揺れる映像です。

商業的には必要なのかもしれませんが、男性アニメファンに媚びるようなショットはどうにも好きになれません。(個人的な好みですのでお許しください)

幸いにもこのアニメではありませんが、主役の女子が猛烈に可愛いのに、男勝りの性格でおてんば、でもストーリー進行にしたがって実はとても(男の理想とするような)乙女ごころを持っているという性格付けも類型的で受けつけがたいです。(いわゆるツンデレ)

このタイプのキャラがはしゃいで好物(お菓子とか)をほおばって「きゃはは」っと甘ったれた声をだす場面も気持ち悪いです。(だから『あの花』10分しか耐えられなかったんだけど)

ま、これから女子と付き合いたい男性にとっての女性の理想像?なのかもですが女性像の掘り下げ方が浅すぎるように思えてしまうのです。
あたしはフェミニストではありませんが、でもついついそう感じちゃうんです。

というわけで映画見ると決めてから直前にはじめて音つきでPVを見たら、なんと!男女が入れ替わるっていうじゃないですか。上記のあたしが嫌いなサービスショットも男が中に入っているときのものだったのです。

映画鑑賞の結果は、ストーリーがあたしの趣味性にぴったりあっているのでとても気に入りました。
だって『リプレイ』⇒『君がいた未来のために』の系譜の話だからです。
好きなんですよ。そうそう、『僕だけがいない街』もそうでしたし、さらに古いところではロバート・ハインラインの『夏への扉』(山下達郎が歌にしたやつ)ですな。

ちなみに『君がいた未来のために』の主人公(堂本剛)が人生を繰り返すタイミングも『彗星群』の飛来でした。

女子高校生の一家は、夢見の技術に長けている呪術師の一族ですな。巫女(シャーマン)だし。そうした整合性は見事です。神社の本殿はもっと近くてよかったんじゃないかな。
監督は総武線沿線好きなんですね。

あたしの趣味にはぴったりで文句ないのですが、でも、なぜこの映画が格別に大ヒットするのか今もわかりません。
公開してだいぶたっているのに、シアターは結構カップルで賑わっていました。いつもはいついってもどの映画でも平日はガラガラなのに。(スターウォーズ、シンゴジラ比べ)

2016年8月18日木曜日

アニメ『僕だけがいない街』★★★☆☆ ※

遅まきながらNetflixでアニメの『僕だけがいない街』を観ました。

映画の方の予告編を見ていて、たぶんそんな感じのストーリーかなと想像していた通りの話でした。

この手の話、要するにタイムトラベルもの好きなんですよね。もともと。

ハナは、広瀬正の『マイナスゼロ』から『バックトゥーザフューチャー』、そしてケン・グリムウッド著『リプレイ』、そして『リプレイ』を原案とした『君といた未来のために 〜I'll be back〜』。

『君といた未来のために 〜I'll be back〜』については昔書いたことがあります。
この作品については原案の『リプレイ』との間で権利関係でもめたことがあると読んだことがあります。
権利関係についてはその後、両者で解決したようなので今では個人ブログ以外にはこの件について触れている記事はないようです。

この『僕だけがいない街』も仕組みは『リプレイ』と同じです。
ただ、人生のやり直し方が微妙に異なるので素人的感想では権利関係ではもめないと思います。

さて本編ですが、主人公をめぐる家族、友情や恋愛(?)模様に関してはとてもよくできたお話だったのですが、犯人の描き方が・・・厳しかったと思います。

犯人は少女を狙って殺人を犯すサイコパスという設定なのですが、なにかしっくりこない。サイコパスなので動機に関してはこだわる必要がないのでしょうが、なんだか無理がある。
テレビアニメなので仕方ないと思いますが、犯人の目的が殺人だけで猟奇的な部分が描かれていなかったからというのもあると思います。(濡れ衣を着せられた男性のエピソードだけちょこっとそんなニュアンスが示されますが・・・)

と、あたしのような感想を持つ視聴者って多いようでギズモードに以下のような記事がありました。

映画で描かれるサイコパス、精神科医が思う最もリアルなキャラはコレ

----------引用----------
2014年にベルギーの精神医学教授のサミュエル・ルイステッド氏が10人の友人の協力を経て3年間かけて、1915年から2010年までに公開された述べ400本の映画を調査したことろ、サイコパスは126人、そのうちの105人が男性だったそうです。その中で最もリアルなサイコパスは以下の3人。
------------------------

というくらい描くのがむずかしいのでしょう。

ちなみに、この記事によると、わがコーエン兄弟のアカデミー賞受賞作『ノーカントリー』に登場するハビエル・バルデムが演じる殺人鬼、アントン・シンガーが栄えある本物のサイコパスに近いキャラだそうです。同じく、コーエン兄弟が描いたテレビ版『ファーゴ』のローン・マルヴォーは、サイコパスじゃないかもしれませんね。好きだけど。

この二人とも監督たちの描き方が素晴らしいのは彼らの殺人には個人的なモチベーションがまったくないことです。なにしろ二人ともプロの殺し屋ですから。趣味も人殺しなので趣味と実益を兼ねた理想の人生ですな。そのあたり設定が上手いです。

切り裂きジャックのように殺すのが楽しみという殺人鬼自体が稀な存在ですので、それにしたってジャックの場合は、売春婦に対する猟奇的な目的があったようですから動機付けはあるわけです。

現実の事件では犯人が多数の殺人を犯す場合は、連続ではなくて、その場で数人殺傷し、たいてい動機がありますからね。

2016年8月4日木曜日

シンゴジラ※ ★★★+0.5+☆

観に行こうと思っていた日に、ふと魔がさしてFacebookみたら、ハチ公が何か一人前の感想をアップしていたのですっかり行く気が萎えてしまいました。

いえね。別にネタバレがあったわけじゃないんですが、ハチ公が語るとあたしゃいっきに萎えるですよ。

ちょうど、中学生くらいの時に父親が人の聴いている音楽や読んでいる漫画をちら見して「ほほぅ。バンプオブチキンか?」とか「進撃の巨人かぁ」と言われるといきなり萎えるってやつです。

特にハチ公は、なんでも流行りのものはひとこと口を出しますな。自転車も乗ってるし(笑)
「ポケモン」についても何かはしゃいでいましたし、TwitterもFacebookもいい歳して出だしからくらいついていました。
Facebookはいまでもですが。するってえといきなりあたしは野暮に思っちゃうんですよ。だから今だにFacebookは滅多に使わない。

とはいえ、怪獣はあたしの必修科目なので白けた気分を押し殺して映画館に行きました。

あ、そうそう。ハチ公に加えて、いまひとつ気が乗らないのが監督だったんです。

昔テレビでエヴァンゲリオンのオンエアをみてたとき、ちょっとSFのネタが・・・なぜか見てる自分が恥ずかしくなっちゃって。(でも、映画館にも足を運びましたよ)
たぶん、あたしが中学校ぐらいの時に夢想したSFの設定とかを想起させるんでこっぱずかしく感じちゃうんでしょうね。特に「使徒」・・・とかね。こっぱずかしくて身もだえしちゃう。

ま、ところが今回は監督のSF扱いについては映画のSF設定として素直な感じで、さほど恥ずかしくなりませんでした。ごめんなさい、先入観で疑って。

ゴジラの生態なども、ほどほどの疑似科学に仕上がっていました。
失踪した謎の科学者があらかじめゴジラのこと知っていてヒント残しているってのがいただけませんでしたが、ハリウッド前作の渡辺謙の芹沢博士よりはマシかなぁ~。
そのような発見をわざわざダイイングメッセージとして暗号化してみんなを困らせるような動機付けがそもそも東野圭吾。

よくあるパターンで土地の伝説に怪物の退治方法があらかじめ残ってるってやつの類です。
昔退治したことあるのかよ(笑)
これからは禁止ということでお願いします。

昨日、組閣が決まってちょうど女性の防衛大臣だったり都知事選挙の後だったりで映画の人々とリアルがマッチしていい感じでタイムリーでしたよね。

それと役所の本社の連中の働きっぷりが本物の連中とそっくりでリアルでした。
あたしも一緒に徹夜したことがありますが彼ら本当によく働きますからね。
(ムダに)働きすぎでしょ。

アメリカの大統領に万が一があると次から次へと大統領の変わりが立つ仕組みになっていて冷戦のころの代理遂行の想定演習のドキュメンタリーが例の”This American Life”(”Amateur Hour”の回)で流れて感心したことがあります。

それと同じ日本の総理大臣の代理システムが扱われていて細かいところに凝ってるなと思いました。ま、この監督さんディテールから入る感じですよね。

映画で一番良かったところはエンディングのスタッフロールに入ったときの音楽とラスト。この数分は席に居残っちゃいました。ラドンのテーマもサービスで?入っているのも良かったし。
きっとこのディテールも最初から考えていたんでしょう。

こんなに褒めてる(のか?)のになぜ星が3.5なのか?

ひとつは、終始まじめすぎるかなぁというのがひとつ。
シリアスなアニメに多い、小難しそうで賢そうで教養があるように見えるセリフの数々が薄っぺらい感じ。『サイコパス』がまさにそれでしたよ。

スジに小道具含め伏線系の仕掛けや裏切りがないこと。(『ジュラシックワールド』比)
そのため進行に意外性がなく常に直線的なのです。

官僚・政治家の世界と自衛隊の扱いを面白可笑しく扱っていてよくできているのですが、たぶん子供はつまらないだろうなというのもひとつ。

そして最大のNGが石原さとみ演じるアメリカ人。テルマエロマエの阿部寛ならいざしらず。
主役の男性と恋愛関係を描くわけでもないのだから、キャスティングは「すみれ」の方が良かったのではないでしょうか?

サイコパス』の声優たちの英語とはいいませんが・・・石原さとみが気の毒に思いました。

それと、いまどきあんな態度のキャリアウーマン(死語)いないでしょ。
・・・というか昔からいませんよね。少なくとも優秀な人間では。

あの演出だと、いくら流ちょうな英語が話せるすみれに演じさせても気色悪いでしょうね。
あたしはフェミニストではありませんが、アニメにありがちな女性性が理想化された演出にも思えて苦手です。

そういえば、違うタイプの性格付けですが『あの花』ってアニメは、あなるという女性キャラクターの描き方が気味悪すぎて10分くらいでギブアップしたことを思い出しました。

真のキャリアウーマンと言える実力者に何回か会ったことありますが、一人は、紺のリクルートスーツみたいなの着てて一見、地味なのがかえって不気味でした。
態度も別に普通の勤め人だし。

また竹野内豊はじめ主役の男性陣たちの英語も・・・。
流ちょうな英語を話させようとするから無理があるのですよ。
いいんですよ、たどたどしくても。というかそのほうがカッコイイ。

最近、いいなと思ったのは、少し前トルコの空港でテロ(2016年6月29日)があったとき居合わせた日本人の中高年の女性が朴訥な英語で切々と恐怖を語っている英語、粗削りだけどいい英語でした。あたしもあれくらいになりたいものです。(動画を探したのですが見つけられませんでした)

それと、またまたThis American Lifeのプログラムですが。

1990年代に起きたADMという調味料メーカーが犯した闇カルテル事件を扱った番組で、FBIが隠しどりした味の素の幹部社員の電話でのやりとりが素晴らしかった。(一応犯罪者です(笑))

ハワイで密談したい、というADMの幹部に向かって味の素が、「ハワイったって、そこアメリカでしょ?やばくない?」と答えています。
(※味の素側は、アメリカは、談合の取り締まりがめちゃくちゃ厳しいし、囮操作も盗聴操作もできるので第三国で会いたがっている)

電話の声、日本人の固い英語なんですが、味があっていいんですよ、訛り加減が。
・・・味の素だから?

アメリカ人と悪事の相談するくらいなんで相当な現場英語力なんでしょうね。
(『インフォーマント!』というタイトルでマット・デイモン主演で映画化されているそうです)

日本のインターネットの父、村井純さんの英語もいいですよ。←動画へのリンク

観てみました?ネイティブと比べて酷いでしょ?
でも、他人の英語を馬鹿にしている日本ネイティブのそこのあなた。
満場の開場で場当たりでこんな風に発言できますか?
福士蒼汰の英語もいいですよね。ようやく日本人の英語が生まれつつある感じがします。

ADMの陰謀を扱った"This American Life"の番組『The Fix Is In』の回への音源へのリンクも張っておきます
この音源の「14分25秒~18分22秒」あたりを聴いてみてください。味の素のMimotoさんの英語、抜群に現場です。まさかFBIに盗聴されてるとはね。

下は、YouTubeで見つけた同事件についての動画です。味の素の社員との電話の会話音源は聞けませんが談合の会議の様子がちらっと見られます。(動画はすでにYouTubeに落とされているようですが、リンクだ残しておきます。追記:2024/05/20)

FBIのスパイに盗撮されてるのも知らずに「一人はFBIかもよ。わっはっは」なんて言ってておかしすぎます。


『シンゴジラ』の英語の話に戻りますと、そんなペラペラ英語の役柄演出だもんだから、彼らが話している英語は字幕がないと何言ってるんだかまったくわかりませんでした。

数人、ネイティブの役者が出てるのですが彼らが話すといきなり明瞭でくっきりとわかります。
日本人だから日本人の英語の方が聞き取れると思いがちですが実に不思議なものです。
たぶん発音というよりは、リズムと抑揚、単語のアクセント、そして文章の切れ目の違いなのだろうと思います。

2016年6月20日月曜日

ジュラシック・スケルター※ ★★★★★と★☆☆☆☆

あたしは、見始めた映画やDVDは、どんなにつまらなくても大抵は最後まで見る方です。

『死霊の盆踊り』は途中早回ししましたが・・・。

そんな中、『ヘルタースケルター』話題になっていたのでいまさらアマゾン・プライムで見始めたのですが・・・あまりの酷さにギブアップです。
そういえば、似たような酷い映画で途中でやめたのあったなぁと記憶をたどってみると・・・

『さくらん』。主役の大根ぶりとスジの退屈さで辞めた映画です。

キャストやスタッフには疎いあたしなので調べてみたら2作品とも同じ監督でした。
いやぁ。厳しい。有名演出家のお子さんということですが。

そういえば洋画で似たような酷いのあったなぁと思い起こすと・・。
あった!あった!

ソフィア・コッポラの『マリー・アントワネット』。

やはりお嬢さま監督かよ。これは最後まで見ましたが、辛かったです。

『スケルター』でくたびれたので口直しに遅まきながら『ジュラシック・ワールド』を同じくアマゾンで観ました。

これはゴキゲンでした。完全にパターン化されている王道のハリウッド製品。
怖さもほどほどで安心して観られるし。
次々とシーンを追わせて最後までリズミカルに観客を引っ張っていく巧みな演出。

ワンパターンだとか、ご都合主義だとか、子供がこんなのあり得ないとか、恐竜の大きさが違うとか、戦いの最中にキスするなとか批判ありますが、そこがいいんじゃないですか?

あたしは、まず導入部での音楽で泣いちゃいました。
第一作の時もジープに乗った一行がプロントザウルスに出会って見上げたところで涙でてきたんです。
あ~オレは生きている間に本物の恐竜を目にすることができたんだ。ってね。
(ちなみにホンダのアシモでも泣いたことあります)

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このシナリオは伏線が計算されつくされているのが素晴らしいですね。

1)肉片
まず、人工恐竜「インドミナス」が自分に埋め込まれた発信機を自分で食いちぎって捨ててあった肉片。これはインドミナスが頭がいいというエピソードで使われますが後半で説得力のある小道具として再登場します。

2)ラプトルと人間
ラプトルと主人公オーウォンの関係性も多重的な構成で観客を楽しませてくれます。
オーウェンになついていると思ったらそうでもない。そうでもないと思ったら・・・。
両者の関係は終盤でラプトルの首につけた発信機をオーウェンが外す場面でクライマックスに達します。

3)恋愛模様
主人公オーウェンとクレア。摩擦を繰り返しながら恐竜が暴れまくる修羅場でキスに至ります。
いわゆる「吊り橋の理論」恋愛です。
もう一組、コントロールセンターのオペレーター二人も同じ「吊り橋」状況にしておいて・・・。

4)恐竜ホログラム
前半、さまざまな場面で登場する映像コネタですが、終盤、このホログラムがひと活躍します。主人公たちを追い詰めるラプトルが映像で現れたディロフォサウルス(エリマキトカゲ)を新手の敵と勘違いして躊躇します。

ジュラシックパークへのオマージュであるとともに巧みな伏線小道具。
実に上手い!

4)海竜
そして、なんといっても海竜モササウルスでしょう。
餌やりのショーの場面で一回。
翼竜脱走の場面で一回。
そして最後の最期。という。

宣伝CMまで入れると3回伏線を張りクライマックス突入というカタルシス。
偉い!

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キャラがそこそこ立ちそうな出役があっさり死んでしまうところも狙いかと思います。
ヘリコプターを操縦する社長しかり、クレアの秘書のザラしかり。

余談ですが、この映画のシナリオは『エイリアン2』に似ています。

シリーズの1と2でアンドロイドの立ち回りが180度違うあたり今回のラプトルの立ち位置と同じです。

クライマックスでエイリアンと戦うことになる『パワーローダー』という重機が今回のモササウルスに相当。

パワーローダーが伏線としてさりげなく前半で登場しているあたりハリウッド映画の決まり手の伏線テクニックなのでしょう。

2016年1月26日火曜日

スターウォーズ ~フォースの覚醒~※ 第二次余計なお世話情報革命の中で(3)

さて「フォースの覚醒」の話。

なんであたしがいまひとつ盛り上がらないのだろう?ひとつ目は「悪」に理由を求めすぎている点でした。

もうひとつは、SFマニア独特の欲求に根差すものです。

スターウォーズの1作目は、映像にこれまでのSFのいろいろな要素が盛り込まれていて見ているあたしたちは、このディテールは「デューン」だなとか「レンズマン」だなとかチャンドラーの「銀河辺境シリーズ」だなとか「銀河帝国の興亡」だなとかスペースオペラのモチーフや設定を盛り込んでいてSFファンが見たかった世界を実現してくれていました。
あたしたちも「あぁ、ルーカスという監督は本当にSFが好きで作っているんだなぁ~」と感じられました。

つまり映画が各種名作SFのオマージュだったと。

で、今回の作品はですね。映画は「スターウォーズ」自体のオマージュなんです。スターウォーズで完結している。
SFファンにとってみるとあまり発見がないんですね。食い足りない。
ひとつには、SFというジャンルそのものが衰退しているというのもあって映像業界が古典を食べ尽くしちゃったってのもあると思います。

あとは「フォースの覚醒」のせいではなくて、あたしたちが映像に驚かなくなっちゃってるというのもあるかもしれませんね。

(完)

2016年1月22日金曜日

スターウォーズ ~フォースの覚醒~※ ★★☆☆☆ 第二次余計なお世話情報革命の中で(2)

とまぁ、そんなスターウォーズとの長年の付き合いもあるし「フォースの覚醒」を見ました。

あまり期待もしていなかったのでそれほど失望はしませんでしたが、なぜ自分は楽しめないのだろう?とつらつら考えたところいくつかわかりました。

要するに、スターウォーズは、三作目だったかルークが乗る船をダースベイダーが見送るときに「My son ....」とつぶやいた時にこれは始まったんだ()と。

その後、「悪」に染まったワケが延々と続くんですが、どんな悲しい過去があったってそんな悪になるかい?というのがあたしの感想でして、悪のやつは生まれつき悪って方がいいのではないのでしょうか?

「サンダカン八番娼館」の著者、山崎朋子の自伝「サンダカンまで」の中に山崎さんが若いころDVというかストーカー被害にあって顔を相手に切られるという事件の話があります。
事件を扱ってくれた刑事が山崎さんに「自分は長年犯罪者を扱ってきたが世の中には、生まれつき悪ってやつがいるんですよ」って語ります。
自分のささやかな一生でも、この刑事さんの言葉の通りだなという人に出会ったことがあります。Born Evilってことですな。

同じようなダークヒーローのレクター・ハンニバルの出生?の秘密を描いた「ハンニバル・ライジング」も同じでした。
ハンニバルは、こんな辛い目にあったから殺人&食人を行うようになったのよ、という話ですが。これがまたつまらないのなんのって。

余談ですが、ダースベイダーのスってthですよね。このthって音がとにかく合ってるというか、ステキなキャラです。


(つづく)

2016年1月21日木曜日

スターウォーズ ~フォースの覚醒~※ 第二次余計なお世話情報革命の中で(1)

『スターウォーズ』の”1”(後から”3”と呼ばれる作品)を知ったのは1977年。
当時定期購読していた雑誌『SFマガジン』に掲載された野田昌宏氏の記事でした。

アメリカで公開されたロードショーを観覧した野田=宇宙大元帥の大興奮した速報を読んで胸がときめきました。

その頃の映画公開は現地と日本では超時間差があって日本の公開は翌年のことでした。
あたしは1年間、待ちに待って新聞にロードショーの広告がでるやいなや新宿のスカラ座に電話を入れて公開初日、指定席のど真ん中を予約しました。
学生にしては贅沢ですが、これだけはゆずれませんでした。

同じく初日にみた同窓のT君が「おい、観たか? あれで面白くないってやついたらごめんなさい。僕が悪いんですって言って謝るしかないよなぁ」と言ったのが印象的でした。

でものどかなものですよね。
今のように情報があふれている世の中ではなかったので超話題作とはいえ、映画館に直接電話を入れて席をとれたんですから。
その意味では本当に見たい人だけが情報をしっかりおさえて楽しめるいい時代だったと思います。
美術展も芝居もコンサートもそうでした。

今は、さほど興味のない人たちもプッシュされる大量の情報に翻弄されてにわかファンにさせられ踊らされてしまいます。
思えば、このような「余計なお世話情報」が目に余るようになったのは雑誌『ぴあ』(1972年)が出てからだったと思います。

興行主の人たちには申し訳ないですが、混雑する美術展に行くたびに「『ぴあ』さえなければこんなことにならなかったのに」と思ったものです。

『ぴあ』が『エンタメ業界における第一次余計なお世話情報革命』だとすると次がインターネットでしょうな。
本当の意味でごく普通に一般人がネットを使うようになったのはi-モード(1999年)が浸透した2000年からかと思います。

この年を『エンタメ業界における第二次余計なお世話情報革命』としましょう。

エンタメ業界における
1972年 第一次余計なお世話情報革命 
2000年 第二次余計なお世話情報革命


(つづく)

2015年7月30日木曜日

マッドマックス ~怒りのデスロード~※ ★★★★☆

学校終わって就職したのが大阪の会社でして。
勤務地は東京だったのですが最初だけは本社で研修を一カ月。

大阪の郊外にある社員寮に泊まって通いました。

同期の連中と当然つるむわけですが週末だったか数人で梅田をうろついてました。
「映画でも見る?」ってな話になり、丁度タイミングがあった映画が、

『マッドマックス2』でした。

マッドマックスの1については知識ゼロ。どんなジャンルの映画かも知らずに入ってみたところ、超絶に面白い。出てくる悪漢たちのキャラが笑っちゃうくらい立っていて残酷なシーンも含めばかばかしすぎる。『キックアス』なんて目じゃないほど痛快。乱暴。不条理。
オーストラリアの映画だったと思うのですが感動しました。
同期の連中も気に行ったらしくしばらくはこのネタで会話が成立していました。

それから幾星霜。途中、続編がかかっていることも知っていましたがわざわざ足を運ぶほどの映画でもないし(笑)とスルーしていました。

今回、ちょうど縁があったので行きましたよ。
相変わらずばかばかしいですね~。
でも初見の印象があまりにも強烈だったので、もっともっとあきれさせてほしかったので★を四つにしました。

ま、でも。痛快で面白いです。

2015年1月28日水曜日

サイコパス※ ★★☆☆☆

アニメ映画は久々です。

★が少なくてファンの方々には申しわけないですが、ウクライナから中東、アフリカという現実世界での絶えない人の争いを見るにつけ時節柄、バタバタ人を殺す内容は気が入りませんでした。

以前にも書いたかもしれませんが奇抜な設定と世界観の造りの良し悪しがSFの成否を分けるので作者はいかに観客を虚構に引き込めるかの力量が問われます。

劇中の登場人物までも(笑)が思わず「こんな回りくどいことをしないでも」と言っているようにことさらにひねったプロットに加えて用語やセリフが力みすぎているので、逆にフっと気が覚めてしまうところがあります。

絵の部分では3D(モデリングした主にメカニクスの絵)のパートと手書きアニメの画質が違いすぎるような気がします。
最近はこれでいいのかもですが、あくまでもあたしの評価軸ということでご容赦ください。

それと、登場人物たちが話す英語が酷い。声優さんたちは頑張ってますが厳しいです。
彼らの発音は譲るとしても、想像ですが、日本語のセリフから日本語がわかる素人(映像業界ではない)のネイティブ(かバイリンガルの日本人)が翻訳したのではないでしょうか?

激しい暴力シーンの英語なのに妙に間延びした会話だったりして興ざめです。
そうそう!気が付いたのは、罵り言葉が少ないってこと。
普通修羅場では死ぬほどf**kが出るはずですが一回も出てきません。
それと声優のどなたかsh*tをsitと発音してる場面が寒かったです。

発音のことを書きましたが、別に訛っていてもいいんですよ。いや、むしろ訛ってる方がカッコイイくらいなのですが・・・なんなんでしょう。アクセントかなぁ。とにかく自分の言葉になってない。

じゃ、どんなセリフにしたらいいのか?って言われてもあたしの知識では答えられませんが観客としては確かに違うってのがわかるんです。
ここだけでもハリウッドの脚本家に手伝ってもらえばよかったのでは?

2014年8月11日月曜日

ダイバージェント※ ★☆☆☆☆

台湾は、近いので頑張らないと映画を一本ですら見終われません。
旅程的には3時間以上あるので見られるハズなのですが、途中で機内アナウンスや食事が入るので正味の時間が限られてしまうんですよね。

さて今回は、往きは表題の「ダイバージェント」。復路は「Legend of OZ : Drothy's Return」というCGアニメを見ました。
後者は時間が限られているのと英語が比較的楽そうな気がしたので見ました。感想は特にありません。(あらすじは、オズが悪者に乗っ取られそうになるが、ドロシーが救う。)

さて「ダイバージェント」ですが・・・・。
ケンカが超強い美女って飽きませんか?

設定がやけに大げさなのですが悪の根源が一人のおばさんなんですよ。
おばさんがやろうとしている目的が緩いし、主人公たちがエリートとして選別されていく過程が厳しい割にはやけに大人数が選ばれてるし。
最後の問題解決もやけに簡単だし。

主役がかわいこちゃんだから☆一つ。

2014年8月1日金曜日

GODZILLA ★★★★☆

追記)シンゴジラについても一言記しておきました。

ハリウッド版の二代目「ゴジラ」見ました。
ネタばれもいいところなので以下、ご自分の判断で。

今回はエンドロールを最後までみました。(なかなか良かったということもあるけど、下記の理由のため)

■良い点

○敵役の怪獣「武藤」が出てくる。

○ゴジラがゴジラである。(ハリウッドの一作目は酷かったでしょ?)

○咆哮や戦い方が決まってる。
 当初ハワイでの戦闘シーンがテレビに映った様子だけというのも気が利いている。

○ゴジラの登場尺が短い(追記しました)
  ※この点は、今回のゴジラでの残念な点に上げる人が多いですが、あたしはものすごく評価します。そこがいいんじゃない


■残念な点

○悪役の怪獣「武藤」の卵や様子がエイリアンに似ている
○同じく、顔がやけに直線的で生物というよりも「機械」に見えてしまう
 いや、ちょっとギャオスにも似てるかな。
○いくら放射能が好きでも金属の入れ物を旨そうに食べるかな。それも機械的に見えちゃう要因かもね。
○武藤やゴジラの生態の割には生存数がやけに少ない。絶滅しちゃうだろ。
  ※なまじ生物学的につじつまを合わせようとするからこんなイチャモンを思ったりしちゃうんですよね。
○ゴジラがやけに太っていて運動不足っぽい
○ゴジラの背びれが光らない。
  ※これは後半、熱線を吐くシーンの意外性を高めるためわざとだと思うが、吐いてからでもいいからひからせてほしかった。
  ※他の方のレビューを読みますと光っていたようなのですが、ぼーっとしていて気が付かなかったのかも

その後、テレビのプロモーションCMみたら確かに背びれが光ってました。ただ、CMで熱戦吐くところやったら劇場での感激が薄れると思います。反則だなぁ。

○武藤とゴジラの関係の理屈が面倒でわけがわからない。

○原子爆弾のミサイルが重要な道具として扱われるがストーリー展開上、主役のフォード大尉が活躍する場面(移動)展開のために無理やり考え出されたみたいで戦術の必然性に乏しい

○芹沢博士たちの研究は国際協力プロジェクトなんだし秘密にしておく必要がなかったのでは? でも謎のプロジェクトでないとお話にならないからなあ。

○芹沢博士はいったい何の権威なのか?
 問題解決にあまり役立っていないのに権威筋として丁重に扱われている

○60秒で爆発のメカニズムを解除できるといっていたのに解除する活躍をさせずに原爆は爆発させてしまった。あそこは晴れて解除できた方が自然だし救出される必然性もたかまると思うのだが。

○死にかけているフォード大尉の父親を無理やり移送するか?

○ゴジラの音楽を使っていない

これは結構期待していてアメリカ人はしゃれで使ってくれるかもと思っていました。
エンドロールで最後の最後にかかるかも・・・と粘ったけどダメでした。残念!
おそらく権利処理の関係かな?
 ※追記(2016/08/04):この不満があったので”シンゴジラ”では大喜びでした。

2014年1月17日金曜日

多読、100万ワードへの道

ここ数年、ここ場末のブログでは楽器をはじめとする自分の継続系自己啓発の話題を中心にしています。

「継続」が鍵なので、もちろん例外もありますが、ある程度続けられる確証が得られるまでは、こっ恥ずかしいのでやってる事をアップしないようにしています。

そんな中、こそこそ英語の「多読」というやつを進めていました。
とりあえず100万語読み進めると立派な英語力になる(?)という勉強法でして、今月めでたく?100万語に達した次第。

この方法はこの歳になるまでまったく知りませんでしたが、Kindleのセールで『英語多読法<』(小学館101新書)を知り興味をもちました。
たぶん、「1万時間の法則」と似たブランドイメージなのかなと思っています。

100万ワードを超えたあたりからペーパーバックが自由に読めるようになるかも、という触れ込みですが、あたしの場合、結論からいいますとまだまだまだまだまだまだまだです。
しかし、確かに英文読解力は向上しています。

なにより英語のドキュメントに向き合った時のあの億劫でやるせない気分が相当軽くなったと思います。

おさらいしますと、大昔の取得ですが英検1級を持っています。米国に留学していました。
TOEICは、世の中に登場して間もないころ受けたので点数は忘れてしまいました。
留学する前ですが、800点台後半だったと思います。

追記)TOEICを2018年に受けてみたところ、930点でした。

『指輪物語』をペーパーバックで読んだことがあります。

ちょうど留学直前、Philip Jose Farmerの『果てしなき河よ我を誘え』(To Your Scattered Bodies Go)の翻訳を読んだのですが、これがめちゃくちゃ面白い。
続きが読みたいのに翻訳はない。しかもこれからアメリカに行く。

こうなったら原書で行くしかないと観念してペーパーバックに手を出しました。
これが好きこそというか必死になればできるものです。一巻目を日本語で読んでいるせいか意外とさくさく読めるのです。

と経歴をわざわざ書いたのは、上記のようなみかけ倒しの箔だけつけても本当の実力は全然ダメだなと長年感じていたからです。

読書する本は、多読の紹介サイトにある『推薦多読基本セット』を順繰りに読んでいきました。

多読のオキテに「つまらなかったらやめろ」というのがありますが、私はつまらなくても「出会い」の一種と考え辛抱して読みました。

特に「推理、サスペンス、ハードボイルド、SFファンタジー」のオリジナル作品はつまらないものばかりですが、その代わり読みやすいので一長一短です。
やはり原著があってそれをリライトしたものに優れたものが多いように思います。

ワード数は、Googleドライブのスプレッドシートに読書表を作り、良かったもの、面白くなかったものなどを記録しています。

参考までに読書の進捗を記しておきます。
昨年の4月開始。8月で都合50万ワード。続いて下期も2014年1月に100万ワードですので平均10万ワード/月になります。11月は仕事の関係であまり本を手にできなかったので後半追い上げた形です。
ハーモニカの練習時間を最優先していますし、日本語の本も読む時間もあるので他の方々と比べるとかなり遅いです。

この勉強法の弱点は、そもそも読書が嫌いな人には向いていないということです。
若いころ人はみな本を読むのが好きなのだろうと思っていましたが世の中には本を読まない人は結構な数いますよね。(追記2026/1/22 読んだ方がいいです。基礎体力みたいなものでコロナ禍で陰謀論者になってしまった方の多くが書籍を読まない人でした)

ワード数はあくまでも手段にすぎないですがゲーム性?のような楽しさがあるのとコストはかかるもののへたな教材よりは継続性が確かなので本好きならおすすめかもしれません。

2013年11月22日金曜日

英語の映画を英語字幕で

少し前、仕事の用事で飛行機に乗った時、いつものように映画を見ました。

ヘッドフォンで集中して聴けるので英語学習にはピッタリの環境ですが無理して字幕なしで見ますと結構つらいものがあります。

後半まで辛抱しますと耳が慣れてくるのと文脈になじむせいか英語が入ってくるようになりますが、でも前半のストレスは負担です。

今回、ふと魔?が差して、英語の映画に英語の字幕をつけてみたところこれが実に塩梅がいい。
映画は、前述のように導入部で状況説明やら登場人物の背景、関係性などを駆け足で描くためか難解ですし、うっかりすると大事な伏線を聞きのがしてしまいます。(日本語の映画ですらありますよね)

字幕があると目が追い付かない部分も多々ありますが、かなり耳の補助になることがわかりました。
これはハンディキャップのある方々用に英語のサブタイトル(字幕)がついているのでしょうか。ありがたいサービスです。

ちなみに鑑賞した作品は、
往路が、おそまきながらパシフィックリム。
復路は、ウルヴァリン。X-menの日本が舞台の作品。

なお、今回の出張については後日、普通のブロガーのような旅のメモ風記事もポストする予定です。

以下、蛇足。

上記、2作品ですが、期待をしていたわけではないですが、案の定面白くありませんでした。

前者のような作品は、ボスを倒す「決め手」の合理性や解決方法に至る必然性の演出が巧みでないとお話に入り込めませんよね。簡単にご都合主義の現実に引き戻されてしまいます。

スターウォーズのデススター破壊ミッションは良い例で、敵の弱点を突き止める過程が自然だし主人公たちが活躍する戦いの必然性やハンソロの再訪やフォースを伴った成功に至る過程も観客がご都合主義を気にるすヒマもなく実にすんなりと受け止めることができます。
(アメリカ公開時にはハンソロ再訪の場面では観客から大歓声が上がっていました。余談ですが、二作目ではダースベイダーが登場した時にも拍手と歓声で劇場が沸きました)

後者も、ウルヴァリンが陥る危機の回避方法が安易過ぎるし、何よりもまず敵が犯す犯罪?の動機が弱いですよね。また日本語で芝居をする場面が結構ありますが、真田広之以外の役者の日本語のセリフが棒読みで日本人にはつらいものがありました。エンドロールで示された次回作に期待?

2012年12月18日火曜日

音楽最後の日

少し前に、地球(人類)の未来について書きましたよね。

同じように、子供の頃から気になっていたのが音楽というか楽曲といいますか、いつか新曲というものが生まれなくなっちゃうのでは?!
誰がどう作ろうが、前に誰かが作った曲と同じものができちゃう。音の組み合わせの限界に達してしまう状況です。

・・・「そのころ、人類はいないでしょう

なんてことなのかもしれませんが、さしずめ星新一ならば・・・・

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人々は人類最後の曲が作り出されるのを固唾を飲んで見守っています。
そうです。今日は、音楽の組み合わせが尽きる日なのです。
作曲するための音の組み合わせの限界が近づいているのが公にされたのは、50年前のことです。
先週、「最新曲」が発表され──────。
そして、ついに今日、宇宙最後の曲が放送で流されることになったのです。
実は、曲数が100万曲を切った時点で全ての曲のメロディーはすでに明らかになっていたのですが、音楽管理省の意向で少しずつ公開するようにしてきたのです。
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なんて具合に話が進んで最後は全人類で、ウィーアーザワールドを歌う・・・ってこれでは小松左京か(笑)。

てなことを長年考えていたら先日、GIZMODEにこんな記事が出ていました。

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音楽にネタ切れはくるのか? 数学的に検証
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やはり、誰もが同じことを心配しているのですね。
この記事によると、確かに「音楽は有限!」だそうです。

でも、大丈夫。
そのころ、人類はいないでしょう。

2012年10月15日月曜日

魔女モティとねりこ屋のコラル

柏葉幸子さんの作品は、いずれもなんとな~くびみょ~~~に暗いスパイスが効いてまして。

それが、割と低学年向け児童文学なのに、なんともいえない味わいを醸し出しているのだと思います。宮崎駿さんが気に入るのもよくわかります。

『千と千尋の神隠し』製作の発端となったと聞いていますが『霧の向こうの不思議な町』といった代表作をはじめ、ココロに残る著書がたくさんあります。
今は、新刊ということで『バク夢姫のご学友』というのを読んでいるところです。

そんな中、あたしが特に気に入っている『魔女モティ』というのをご紹介します。

「魔女モティ」は、一応シリーズ作品でして二作出版されています。一作目が、まんまですが『魔女モティ』。二作目が『魔女モティ とねりこ屋のコラル』というタイトルです。
嗜好の話なのでお許しいただくと、一作目は普通の子供向けファンタジーなのですが、二作目の「とねりこ屋」。これが凄い。

一作目でも魔女モティは、実は脇役なのですが、二作目では、魔女モティはタイトルに登場するだけで、お話にはほとんど出てきません。

というのも、魔女モティが行方不明になってしまったのを小学生の女の子が捜索するというプロットなのですが、話の展開や舞台設定、頭に浮かぶビジュアルシーンが素晴らしくてまるで映画を見ているような展開です。

思うに、目端の利く映像制作者は映像化をもくろんでいるのではないでしょうか?
SFやファンタジー文学には映像化できるもの、してはいけないもの(※)、できないもの、アニメはいいけど実写はダメなものとか、アニメでもうまくいかなかったとか、もともと不向きなものとかが多いですが、この作品はアニメ化にオススメです。

※ル・グウィンのあれとか、トールキンのあれとか、フランクハーバートのあれとか、C.S.ルイスのあれとか・・・・以下、えんえんと続く。

2012年7月23日月曜日

太陽系のなれの果て(2)

「そのころ人類はいないでしょう。」

このフレーズは、以前にも何回もお目にかかっています。記憶に間違いがなければ、このフレーズに最初に出会ったのは、自分が子供の時に愛読していた「なぜだろう?なぜかしら?」という児童向け科学解説本だったと思います。

遥か未来のことなんていまから気にしてもはじまりませんが、当時も、そしてまた今回も気になって仕方がありません。

じゃ?どうなってんのよ?

ここで「いない」ってのは、要するにとっくに滅亡しているってことですよね。
ま、大体そんなところかと思いますが、それにしてもいきなりっていうよりは、徐々に滅亡していくわけでしょ?

少しずつ減っていって・・・。

最後の人間ってのはいったいどんな状態でどんな心境で最期を迎えるのでしょう?
さすがに映画「A. I. 」に登場する少年のロボットのように惑星にたったいひとりぼっちってことはないでしょうが、世界各地に点在するどこかに残った一握りの人間たちが種の週末を迎えるわけですよね。

これまた小学生の時に読んだH.G.ウェルズの小説「タイムマシン」では、主人公が一瞬だけそんな終末を迎えた超未来の地球を訪れる場面があります。

くら~くてシーンと静まった地表にしんしんと雪が降り続けている。そんなシーンだったと思います。

その時も、子供心に「あ~。人類ってめつぼ~しちゃうんだ~」と知りたくない事実をつきつけられた気分になりました。

なんとかなんないものなのでしょうかね。

追記)2016年6月3日
こんな記事を見つけました。

人類滅亡後の地球では何が起こる?』 

あたしたちいない方がいいのでしょうか?