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2012年4月20日金曜日

ショッピングセンターの界隈性

少し前に、工事中のロボットの足の写真で記事をポストしましたが、そのロボットが立ってる新しいショッピングセンターが先日オープンしました。

テレビなどでもニュースになってましたので、近所でも話題に出ます。
中には、娘があそこで働きだしたんですよ。なんて話もありまして、いろいろ盛り上がってるようです。

あたしはどうも「オシャレ」には縁遠くてピカピカのファッション関係のビルはどうも苦手です。
しかし年月がたつと雑居ビルもだんだんと凄みが出てきまして、そうなってくると、あたしの出番ということになります。

中でも一番好きなのが「中野ブロードウェイ」(の辺り)。単独のビルではありませんが、様々な建物が複雑に入り組んでいて次第によっては遭難しかねない。

集合住宅も併設されていまして、あの複雑さ、ハイブリッド感は、まるで九龍城のようです・・・行ったことありませんので、たぶん。

ブロードウェイほどではありませんが、新橋の駅前ビル。これも捨てがたいものがあります。居酒屋、貸し事務所スペースから碁会所まで。
こうした事例を見ますと、ビル空間であっても「界隈性」が生まれるのだということを知ります。

新築のショッピングセンターが建てられた13号地は、もともと土地にコンテクスト(文脈)がありませんので中野や新橋など都市記憶が埋まっている場所に比べて界隈性の創出は非常に難しいと思いますが、設置する「装置」によっては少し時間を早めることができるかもしれません。

2011年5月18日水曜日

クリスティーナの世界

誰も聞いてないよ、なんて言われそうですが、あたしがこの世で一番好きな絵は、アンドリュー・ワイエスの「クリスティーナの世界」であります。

70年代に建築家、ロバート・ヴェンチューリの著書ですっかりおなじみになった絵です。
アメリカ人にとっての「家」の原風景なのだろうと思いますが、日本人のあたしが見ても、とにかく懐かしい。

何年も行っていませんがニューヨークに行く機会があると必ずMoMAで展示されている、この絵を見に行くことにしています。

さて、昔の話。画集「クリスティーナの世界」という図書がありまして、とうの昔に絶版になっています。しかたないので図書館で借りては返しの繰り返しをしていましたが、しまいにはどうしてもほしくなりました。

神田の古書店街を歩いても見つかるべくもなく、結局アマゾンの中古本で発見。原書版を手に入れることができました。この時ほどアマゾンが便利だと思ったことはありません。

ワイエスの描く空間には人の世のあまねくうつろいが凝縮されています。
カーテンの皺のひとつひとつに、置き捨てられたバケツの影に、胸がしめつけられるような感動を覚えます。

無名に生まれて無名に育ち、無名のまま死んでいく美しさ。
ワイエスが描いたオルソン姉弟はワイエスのせいで結局無名のままの人生では済まされなくなってしまいます。

でも、「クリスティーナの世界」で記されているワイエス一家との交流の様子をみると、彼らはあくまでも謙虚で誇り高い。
アメニモマケズ。

手に入れた画集は日本円で二万円。ちょっとした値段ですが、出費にみあう充足感。

2010年12月12日日曜日

中野本町の家

『世界文化賞』というアート関連の賞に建築(デザイン)部門があります。

だれがノミネートしているのかは知りませんが、渋い線をついてくることがあります。
そんな中、2010年の建築部門の受賞者は(渋くはなかったですが)伊東豊雄に決まったそうです。なるほど。
受賞記念の講演会が催されるというので誘われました。

しかし、もはや自分は、デザイン業界を離れて四半世紀となる身。
もはや最新のトレンドなど皆目わからない状態だし、いまさら建築の話もないだろう、ルーザーだし。

なぁんて思っていたのですが、どのような心境の変化なのかB型の能天気さなのか、万難を排して出席してしまいました。

ご本人の子供の頃の話から、芦原義信の「外部空間の設計」の話。日本建築家が起こしたムーブメント「メタボリズム」の思い出。菊竹事務所時代の話。

そして「中野本町の家」あたりでサイコーにノスタルジックな気分。胸の奥がキュンとね。
スライドを先に進めるときの「はい。次」の声が、いかにも建築学科の先生らしかった。
昔は、コダックのカルーセルを使っていたよね。

先週末、実家を訪れまして。誰も使わなくなった二階の自分の部屋に上がりました。

どよ~んと黴臭い空気の中。書架には、昔読んでいた「新建築」(建築専門誌)のバックナンバーが少し残っていて、その場では開きませんでしたが、たぶん「住宅特集」には中野本町の家の写真が眠っていると思います。

ベッドの下には、図面をしまう引き出しがありまして、中には図面がそのままになっています。
いつか、この家を取り壊すときには、この図面もろとも消えいくわけだなぁなんて、いわば、朝顔の露にことならず。気分は鴨長明でした。

※追記2017年12月:その後、本当に取り壊しました。

2010年6月20日日曜日

ヒコーキ野郎の広場

公園シリーズ、ひとまず今回でおしまい。

「林試の森」をはじめ森力(もりりょく)の強い公園は数あれど、やはり都内の公園ということで言えば、やはしチャンピオンは「水元公園」ではないでしょうか?
その規模のでかさといい、鳥の豊富さ(鷹が来ちゃうんだもん)といい、景観といい。

金魚の展示場はあるは、生態系保存の区域はあるわ、ラクウショウ(落羽松)の森はあるわ、ばかでかい野原はあるわ。もう切りがない。

「川」のように中央に流れているのが「小合溜(井)」(こあいだめ)といって昔の灌漑用水だそうで、この小合溜を挟んだ対岸が埼玉のみさと(三郷)公園になっていて、両公園が互いの借景になっている。どちらから見ても美しい。ぼーっと眺めているだけで時間が過ぎていきます。

最北西端には、葛飾区の施設、「かわせみの里」があって、そこからひょいっと橋を渡ると埼玉県三郷市。
逆に、南端側の金魚展示場方面から大きな橋をまたぐと千葉県松戸市。その辺りも分園のようになっている。

よほどの覚悟をしない限りは、徒歩で一周はちょっと厳しいかも。
慣れていても広い。でも三郷公園を含めて小合溜周囲一周ってのはぜひチャレンジしたいもの。

ど真ん中には、遭難しちゃいそうに巨大な野原があって中央でヒコーキを飛ばしている人たちに出会いました。

いいオトナが集まって真剣に紙ヒコーキを飛ばしている。
ぼーっと見ていたら、いろいろ教えてくれる。ヒコーキの掴んでいいところとか。かならず広場の中央に戻って飛ばすとか。落ちてきた人のヒコーキには触れないとか。
めいめい持ち寄ったヒコーキ収納箱の美しいこと。女性もいましたが、ほとんどが男。そんな大人たちが楽しそうに薀蓄を語る。

ひとりのヒコーキマスターが飛ばした飛行機が見る間に小さくなっていく。聞けば上昇気流に乗っちゃうとそのまま空の彼方に飛んで行ってしまうのだそう。豆粒みたいになったヒコーキのそばにもう一機が近づいていく。おぉっと思ったら、なんと鳥だった。鳥が仲間だと思ったんだろうか。

2010年6月18日金曜日

井上円了とルドルフ・シュタイナー

公園シリーズ、第三回の今日は、江戸川区立『行船(ぎょうせん)公園』。

ネットで引くと、やまほどエントリーがあるので詳細は省きますが、あるHPによると名園として誉れたかい公園なのだそう。

いかにも美しい日本庭園があって区民の憩いの場になっているけど、ここの何が凄いって本格的な動物園があるってこと。

それもハンパじゃない。レッサーパンダもいるしペンギンやアザラシ(だと思う)もいる。しかも無料。いつ行っても綺麗で、中央にある触れ合い動物園ではヤギや羊、うさぎ、にわとりなどに遊んでもらえる。

緑の量は、さほどではないけど本格動物園の存在感はあなどれません。

今日は、もう一箇所。中野区にある「哲学堂」。

ここは井上圓了(えんりょう)という哲学者(まんまですな)がつくった施設で、妖怪ファンだった圓了先生が作っただけに、ちょっと不気味な味わいのある公園だけど石神井川をはさんだ桜の風景は見事。

さて、この哲学堂。なんかに似ているなと思ったら「人智学」で有名なオーストリアの哲学者・教育者・建築家、ルドルフ・シュタイナーと彼が設計した奇妙な建物群、「ゲーテアヌム」。

教育の場に奇妙な建築。神秘主義への傾倒など井上先生の仕業と非常に似た感じがします。

といってもあたしはシュタイナーの本は若い頃、何冊か読みましたが、井上圓了先生については通り一遍のことしか知りませんで、ま、戯言とお見逃しください。

風景については、Googleの検索一覧で、その奇妙な雰囲気を感じとってください。

ふと思いついて「井上円了とシュタイナー」と入れて検索すると同じような両者に類似性を見てとった人が世の中にはたくさんいるってのがわかりました。

Googleは好奇心の果てですね。
ゲーテアヌム

2010年6月13日日曜日

新宿御苑

「林試の森」、「自然教育園」と来て、次は「新宿御苑」。

東京の人間は、な~んだよ。新宿御苑かよ、なんて云うかもしれないけど、最近の新宿御苑はすごいですよ。

特に西側というか庭園系の反対側が自然教育園風の森になっていて明るい森あり、暗い森あり遠足の印象しかない人だったら、え?
これが新宿御苑?てな感じの森になっています。

ここには環境省の若いスタッフもいて、ものすごく自然に詳しくて質問するといろんなことを教えてくれます。

4月には、ここで「国際生物多様性年イベント」(恒例行事だけど、ここところの生物多様性ブームで盛り上がってる)が開かれたし、5月には、「ロハスデザイン大賞2010・新宿御苑展」が開かれています。

2010年6月11日金曜日

カエル合戦

どんぐり拾いにいったものです
下町に暮らしていると歩道やら軒先やらにやたらと鉢植えや植木やらを並べて慈しんでいる家が多いです。
これは、あたしの想像ですが、町暮らしでみんな緑に飢えてるのではないのでしょうか?

あたしも埼玉から引越しをしてきた当初、緑が恋しくて喉を潤すような感じで明治神宮を散歩したことがあります。
以来、定期的に都内の公園巡りをするのが習慣になっています。

特に気に入っているのは目黒にある「林試の森」公園。

ここは、もともと林業の試験場だったところだそうで広さはたいしたことないのだけど歴史があるので緑が深い。夏なんて、もうセミが大騒ぎ。

著者の徳永桂子画伯の緻密な絵がド迫力の「日本どんぐり大図鑑 」というマニアックな本がありまして、この本の中に、「林試の森」にある樹木が数点描かれています。

目黒近辺ですと有料ですが、「国立科学博物館自然教育園」ってのが、これまた凄い。あまり手を入れてなくて鬱蒼としている。

粘り強い研究者たちの記録
またまた本ですが、「カエル合戦 」(福音館)という名著がありまして著者の久居宣夫先生が、ここ教育園のカエルの生態をじっくりと観察した「根気の塊」みたいな本です。まだの人はぜひ一読あれ。
なってたって「合戦」だから物騒ですよほんと。

2010年5月21日金曜日

Barber

ちょうど中学校くらいのころ、駅前からの道に商店が急に増えたことがありまして、駅と家の中間くらいのところに床屋さんができました。

さっそく散髪をしてもらうようになりましてオトナになって引っ越すまでお世話になりました。
先だってその町に暮らす知人が近所の病院に入院したというので見舞いました。

その床屋さんの前を通ったらちょうど奥さんとばったり会って。

久しぶりやね~ってな話になりまして、「ところで、つかさん。今どこに住んでるの?」ということで今のところを告げたところ、「そりゃ奇遇ね。○○通りに”○○○”って理容室あるでしょ?私たち、そこで働いていたのよ」

なるほど、おじさんたちは元の○○○理容室から暖簾分けしてもらったんだ。

帰宅してから、近所を歩いて確認したら確かにありました。
不思議なものですね。一度チャンスがあれば散髪してもらいたいなぁ。

上野東博の横に「国際子ども図書館」という施設があります。
ここは、「子ども」になる前は、国会図書館の分室だったのです。

で、実は、地下に食堂と床屋がありまして昔よく散髪してもらってました。
(東武線の博物館駅が健在の頃の話)

先日、久々に「国際子ども」に出かけたおり、思い切って係の人に「昔、ここの地下に床屋さんがあったんですけど。どこかへ越したんですか?」と聞いてみました。
「何処へ移ったのかはわかりませんけど、床屋さんがあった場所には、免震装置が入っています。」って話でした。

落語でも映画でも、「床屋」が扱われることが多いですが、絵になるんでしょうね。

「子ども図書館」の隣に砂岩で仕上げられた可愛いビルがちょこんと立っています。元佐藤秀工務店の本社だったビルでデザインが最高です。
看板を見ると博物館関係の施設に様変わり。 町と記憶はうつろいますな。

2006年5月26日金曜日

マーク・ロスコー

T. S.が太極拳とともにあたしに伝道したものに画家マーク・ロスコーとクリストファー・アレキサンダー(建築家)がいます。
アレキサンダーについては項を改めて書きたいと思っています。

ミース・ファン・デル・ローエ(建築家)の美術館、少し足を延ばせばフォート・ワースのキンベル美術館(ルイス・カーン(建築家))と見所にはことかかない都市のど真ん中にあったのがロスコー・チャペルでした。

ルイス・カーン作「キンベル美術館」
チャペルと言っても、文字通りの礼拝堂ではなく、多角形平面(8角形)のどうということのない安普請の建物で建築デザイン的にも、さして優れているものではありません。
 
しかし、間接的に入るトップライトの光と陰がロスコーのあの微妙に塗り分けられた絵に映えて、言うに言われぬ荘厳な雰囲気を醸し出していました。

そこには、東洋かぶれの様々な人種が座禅を組むか瞑想に入りきっていて東洋人のあたしには、なんだかこっぱずかしく思えました。

ページを開いたときに現れた気味の悪いアニメは、あたしの作品、「デジタル・マーク・ロスコー」です。


(※注:現在は表示されていません。ファイル探さねば。)
(※注の追記‘ようやく発見。大昔のファイルなので表示が変ですがご容赦を)

ロスコーの絵とは似ても似つかない作品だし、あたしもど素人ではないまでも半可通の身、専門家からお叱りを受けるかもしれません。

 ロスコー・チャペル

聞けば、ロスコーの絵は、目を閉じたときに瞼の皮膚を通した光を描いたものだそうです。

Digital Rothkoは、あたしたちが時に(例えば、熱い風呂に入ったときくらくらと)目眩がしたとき目をつぶったとき、朝目覚めて目が枕に押しつけられていた後、眼 球に血液がもどったときに紡錘型の文字通りレモンの形の光が現れやがて目が元に戻る様を再現したものです。
あれ、なんて言うのでしょうね?

ホームページ制作の観点からいえば、ただのアニメGIFだから見るべきものは何もありませんが、完成までは数年の気の無さと数え切れない貧血を費やしております。