96年頃。
「カトリックの間で大ブーム(?)になっている本があるぞ!」と人に言われて手にしたのが、表題のカリール・ジブラン著『預言者 The Prophet』。
アマゾンが日本で商売をはじめて以来、時折検索してもかかってこなかったので普通の本屋では扱わないマニア本なのだろうと思っていましたが、今日引いたら「ポケット版」ということで昨年出版されたものが手に入るようになったようです。
全編ロマンチックな詩篇になっていて、流れ者の宗教者と町の人々との出会いと別れというお話になっています。
※後日談:ナサニエル・ホーソンの緋文字によく似ています。
それはさておきあたしが持っているのは、90年4月23日の版。
装丁、大きさとも可愛くて本というよりも宝物といった風情です。
足利学校でみやげ本として売られている「論語」と同じ大きさなのもグッド。
カトリックといえば、あたしが「至高体験」を経験した教会での話。
そこでファティマの奇跡(1917年に起きた)を記念してモニュメントを立てられました。
ファティマの予言を体験した当時三人の子供のうち、最後の人「シスター・ルチア」が2005年に亡くなったので建立したそうです。
さて、ファティマ予言といえば、五島勉の怪しげな本
が有名ですが、五島本が出たときには、「三番目の秘密」は非公開だった上、すでに明らかになっていた先の二つの秘密がことごとく歴史を言い当てていた(みたいにこじつけてあった)ので、オカルトマニアは第三の秘密の内容をめぐって怪しげな憶測をめぐらせていたものです。
時はたち、1981年。
狙撃事件を契機に教皇ヨハネ・パウロ・二世が、内容を公開したのを受け教皇庁から出版されたのが、『ファティマ第三の秘密-教皇庁発表によるファティマ「第三の秘密」に関する最終公文書』です。かっこいい!
出版社は、カトリック中央協議会。
先の教会の購買部?にお願いすれば手に入るのだろうけれど、本気で信心する気だと思われるのも困るのでアマゾンで探してみました。
ところが、扱っていません。(現在は手に入るようです)
Googleってみるとクロネコヤマトが通販を扱っていました。でも、非SSLではないか!今どき。(長閑な時代でした。注:2026/1/6)これでは恐ろしくて買えない。
ヤマトの通販へのリンクが設けられているページをよく見ると、とある教会のホームページでした。
場所は潮見とあり、直接そこに行けば買えることが判明しました。
好奇心が勝ち、あたしは単身、カトリック中央協議会まででかけました。
巨大なホールの向こうに中庭のような空間があり、尼さんがしずしずと歩いています。
それにしても、なんで潮見なのだろう?
本は、薄いパンフレット状のもので、さくさくっと読めます。
わかったようなわからないような。これも「預言者」に似て内容もさることながら、所有していることに意味があるグッズ系の書籍です。
そういえば、昔、The Catholic University of Americaという大学の寮に数ヶ月暮らしていたことがあります。
アメリカには珍しいカトリックの大学でワシントンD.C.という場所柄、同地カトリックの総本山だと聞きました。
寮を使わせてもらっていただけで大学そのものとは関係はありませんでしたが週末に本堂で催される教会音楽の演奏会は忘れられません。
(初出:2006年01月28日)
2007年11月1日木曜日
災害カンパ
トトロ事件より前のことです。
Mというアルバイトがいました。隣の職場だし彼が具体的にどのような仕事をしているのかは知りませんでしたが、毎日顔を合わせるので挨拶と軽口程度はかわす仲でした。
ある日のこと、こんな噂を耳にしました。
「なんか。M君、住んでいたアパートが浸水したとこかで住むところなくなっちゃったらしいですよ」
浸水とは、おだやかではありません。
いったいどのような地域に暮らしていたのでしょうか。
やがて彼は職場に寝泊りするようになりました。
さすがに管理部もまずいと思ったのでしょう住居が定まるまでいったん田舎に帰るように指導したようです。
Mが帰省してすぐ後。
「みなさぁん」職場に響き渡る明るい声。中堅社員のTさんが、大き目の封筒をもって歩き回っています。
みれば封筒に紙がはってあって傍目にはゴルフコンペの投票袋(昔の話です。ダメですよ、やっちゃ(笑))のように見えます。
何事かとたずねますってぇと、「Mが気の毒なので、住宅手当がわりのカンパを募ってるんだ」とのこと。ひと口いくらとは書いていないが、管理職クラスは結構大きな額を入れていたようです。
お前もどうだ?と言われましたが、なぜかちょっとひっかかるものを感じたので「あ。あぁ。あたしは後ほどぉ」とか言ってその場をスルーすることにしました。
職場の事故で犠牲者が出ると会社が公式に育英資金のようなものを募ることがあります。
そんな時には面識のない人であっても、みなが少しずつカンパをする慣習となっているので、その時も別に金を出すのが惜しかったわけではありません。
Tさんてば、やけに朗らかだし、唐突だなぁと思ったのです。
数ヵ月後。
「ちょっと。つかさん。(あたしのことです)」と隣の職場の人間。
「なんですか?」
「つかさん、まさかMの浸水カンパしました?」
「カンパって。えーと。あのぉTさんが集めていた?」
「そうそう。そのT(呼び捨て)」
「ちょっとね。なんか気がのらなくて出さなかったんですよ」
「そりゃ。よかった」
「え?どうして?」
「あの金ね。かなりの額になったらしいけど、Mには一文もわたってないよ」
ゲ!……や、やはり。
Tさんの借金癖、踏み倒し歴は、社内の一部では伝説になっています。
あたしがカンパに応じなかったのは友人のKが新入社員時代に100万円踏み倒されているのを知っていたからなのです。(返済をいまだ言い出せないKは、本当に気が弱い。実は、このK。あなたが日本人なら、必ず知っている人物です(笑))
落ち着き先がきまったMが職場に復帰し、だれかが例のカンパのことをMに聞いたらしいのです。
さだめし「あの金、役にたったかい?」てな具合だったのでしょう。
するとMが「え?なんのことっすか?」と来たのでしょう。
それから、さては!!となったわけですが、そこはそれ社内でも評判のTさんである。責められることもなく、いまだにのうのうと暮らしています。
そんなTさん。やはり、ある平日、子供を職場につれてきました。
会社で大評判の人物でも子供がくれば、そこは子供で父親です。
そしてそんな人ほど、平日、職場に子供つれてきたりするわけだ。これが。
(初出:2005年11月04日)
Mというアルバイトがいました。隣の職場だし彼が具体的にどのような仕事をしているのかは知りませんでしたが、毎日顔を合わせるので挨拶と軽口程度はかわす仲でした。
ある日のこと、こんな噂を耳にしました。
「なんか。M君、住んでいたアパートが浸水したとこかで住むところなくなっちゃったらしいですよ」
浸水とは、おだやかではありません。
いったいどのような地域に暮らしていたのでしょうか。
やがて彼は職場に寝泊りするようになりました。
さすがに管理部もまずいと思ったのでしょう住居が定まるまでいったん田舎に帰るように指導したようです。
Mが帰省してすぐ後。
「みなさぁん」職場に響き渡る明るい声。中堅社員のTさんが、大き目の封筒をもって歩き回っています。
みれば封筒に紙がはってあって傍目にはゴルフコンペの投票袋(昔の話です。ダメですよ、やっちゃ(笑))のように見えます。
何事かとたずねますってぇと、「Mが気の毒なので、住宅手当がわりのカンパを募ってるんだ」とのこと。ひと口いくらとは書いていないが、管理職クラスは結構大きな額を入れていたようです。
お前もどうだ?と言われましたが、なぜかちょっとひっかかるものを感じたので「あ。あぁ。あたしは後ほどぉ」とか言ってその場をスルーすることにしました。
職場の事故で犠牲者が出ると会社が公式に育英資金のようなものを募ることがあります。
そんな時には面識のない人であっても、みなが少しずつカンパをする慣習となっているので、その時も別に金を出すのが惜しかったわけではありません。
Tさんてば、やけに朗らかだし、唐突だなぁと思ったのです。
数ヵ月後。
「ちょっと。つかさん。(あたしのことです)」と隣の職場の人間。
「なんですか?」
「つかさん、まさかMの浸水カンパしました?」
「カンパって。えーと。あのぉTさんが集めていた?」
「そうそう。そのT(呼び捨て)」
「ちょっとね。なんか気がのらなくて出さなかったんですよ」
「そりゃ。よかった」
「え?どうして?」
「あの金ね。かなりの額になったらしいけど、Mには一文もわたってないよ」
ゲ!……や、やはり。
Tさんの借金癖、踏み倒し歴は、社内の一部では伝説になっています。
あたしがカンパに応じなかったのは友人のKが新入社員時代に100万円踏み倒されているのを知っていたからなのです。(返済をいまだ言い出せないKは、本当に気が弱い。実は、このK。あなたが日本人なら、必ず知っている人物です(笑))
落ち着き先がきまったMが職場に復帰し、だれかが例のカンパのことをMに聞いたらしいのです。
さだめし「あの金、役にたったかい?」てな具合だったのでしょう。
するとMが「え?なんのことっすか?」と来たのでしょう。
それから、さては!!となったわけですが、そこはそれ社内でも評判のTさんである。責められることもなく、いまだにのうのうと暮らしています。
そんなTさん。やはり、ある平日、子供を職場につれてきました。
会社で大評判の人物でも子供がくれば、そこは子供で父親です。
そしてそんな人ほど、平日、職場に子供つれてきたりするわけだ。これが。
(初出:2005年11月04日)
2007年10月31日水曜日
トトロのうた ~着メロ非情~
数年前のこと。
隣の席の同僚が置きっぱなしにしていた携帯から軽やかな着メロが流れ出しました。
”おじさん”にしては似つかわしくない音楽なので、「Hさん。やけにかわいい曲ですねぇ」
と話しかけると、うれしそうににっこり。
「”となりのトトロ”の歌なんですよ。いやぁ。うちの子供が大好きでね」
あたしだって、”となりのトトロ”がアニメであるかぐらいは知っていましたが映像は見たことがありませんでした。
だからもちろんテーマソングも知りません。
だってトトロ(だと思えるパッケージについている)のキャラクターが可愛くないんだもの。特に目が笑ってないし(笑)
ある日、家族が会社の近所に来たのでしょう、職場に彼のせがれが登場しました。
たぶん、3,4才。まさにトトロに夢中になる世代。
さて。
実は、彼はちょっとばかり経費を使うので名をはせていました。悪評ですな。
いかにも高そうな寿司屋やレストランから支払い催促の電話が来ることも多く、不在がちな本人のかわりに上司や同僚たちがフォローしていました。
そんな職場で大評判の人物でも子供がくれば、そこは子供であり、父親です。
子供は何も知りません。
そしてそんな人ほど、平日、職場に子供つれてきたりするんだな、これが。
ある日、用事があってあたしは家族と代官山にでかけました。
ジャンクフードの昼飯を済ませてから豪華そうなペットショップの前を通りかかりました。
するとガラス越しにイヌのシャンプー待ちをしている男性と目があったのです。
それが彼でしたた。ガラス越しだったので会話はしませんでしたが、家に帰って名簿を見てみると確かに彼の自宅は代官山でした。
日を追うごとに高級料理店からの催促電話が増えてきました。
そして、ついにその日がきたのです。彼がお縄を頂戴したのです。
詳細は伏せますが半端な事件ではありませんでした。(週刊誌に掲載されたくらいです)
そして時は経ち、あたしも年貢の納め時、ついにトトロのアニメを見るはめになりました。
そしてテーマを聞く度に、「金と暴力」のイメージが想起されてしまうのです。プア、トトロ。
(初出:2005年11月03日)
隣の席の同僚が置きっぱなしにしていた携帯から軽やかな着メロが流れ出しました。
”おじさん”にしては似つかわしくない音楽なので、「Hさん。やけにかわいい曲ですねぇ」
と話しかけると、うれしそうににっこり。
「”となりのトトロ”の歌なんですよ。いやぁ。うちの子供が大好きでね」
あたしだって、”となりのトトロ”がアニメであるかぐらいは知っていましたが映像は見たことがありませんでした。
だからもちろんテーマソングも知りません。
だってトトロ(だと思えるパッケージについている)のキャラクターが可愛くないんだもの。特に目が笑ってないし(笑)
ある日、家族が会社の近所に来たのでしょう、職場に彼のせがれが登場しました。
たぶん、3,4才。まさにトトロに夢中になる世代。
さて。
実は、彼はちょっとばかり経費を使うので名をはせていました。悪評ですな。
いかにも高そうな寿司屋やレストランから支払い催促の電話が来ることも多く、不在がちな本人のかわりに上司や同僚たちがフォローしていました。
そんな職場で大評判の人物でも子供がくれば、そこは子供であり、父親です。
子供は何も知りません。
そしてそんな人ほど、平日、職場に子供つれてきたりするんだな、これが。
ある日、用事があってあたしは家族と代官山にでかけました。
ジャンクフードの昼飯を済ませてから豪華そうなペットショップの前を通りかかりました。
するとガラス越しにイヌのシャンプー待ちをしている男性と目があったのです。
それが彼でしたた。ガラス越しだったので会話はしませんでしたが、家に帰って名簿を見てみると確かに彼の自宅は代官山でした。
日を追うごとに高級料理店からの催促電話が増えてきました。
そして、ついにその日がきたのです。彼がお縄を頂戴したのです。
詳細は伏せますが半端な事件ではありませんでした。(週刊誌に掲載されたくらいです)
そして時は経ち、あたしも年貢の納め時、ついにトトロのアニメを見るはめになりました。
そしてテーマを聞く度に、「金と暴力」のイメージが想起されてしまうのです。プア、トトロ。
(初出:2005年11月03日)
2007年10月28日日曜日
豊島園の駄ラーメン屋
目白の駅前に、行列のできるラーメン屋があります。
子供の時分、よく行ったものです。その店で、おやつにラーメンを食べながら友達が言い出しました。
「豊島園」にもっと旨いラーメンの店があるんだ。行かないか?
小学生が二人でラーメン屋にいるのも、可笑しいですが、こいつらがグルメ会話をしているのも莫迦でしょ?
彼に連れられていきましたよ、はるばる。
倉庫を改造したような作りの店で、カウンターだけ。しかも、客は、子供ばかり。
カウンター越しに、オヤジがいて、背には、下駄箱のような棚があります。
(浅草ペリカンのパン棚を思い出してください。といってわかる筈もなし)
ようするに白木っぽい棚にギッシリと。ギッシリと袋から取り出した「明星ラーメン」がつまっております。
店でインスタントラーメンを「料理」して出してるだけなんですよ。
でも、忘れられないんだなぁ、これが。
なんて噺をタクシーの中でしていたら、運転手さんが、その店、「えびや」ってんでしょ?私も行ったことありますよ。
と、きました。
運転手さんも聞いていて我慢できなくなったのでしょう。
あたしとしても別に彼に聞かせようとして話していたわけでもないけど。
これも縁だと思って記しておきます。
子供の時分、よく行ったものです。その店で、おやつにラーメンを食べながら友達が言い出しました。
「豊島園」にもっと旨いラーメンの店があるんだ。行かないか?
小学生が二人でラーメン屋にいるのも、可笑しいですが、こいつらがグルメ会話をしているのも莫迦でしょ?
彼に連れられていきましたよ、はるばる。
倉庫を改造したような作りの店で、カウンターだけ。しかも、客は、子供ばかり。
カウンター越しに、オヤジがいて、背には、下駄箱のような棚があります。
(浅草ペリカンのパン棚を思い出してください。といってわかる筈もなし)
ようするに白木っぽい棚にギッシリと。ギッシリと袋から取り出した「明星ラーメン」がつまっております。
店でインスタントラーメンを「料理」して出してるだけなんですよ。
でも、忘れられないんだなぁ、これが。
なんて噺をタクシーの中でしていたら、運転手さんが、その店、「えびや」ってんでしょ?私も行ったことありますよ。
と、きました。
運転手さんも聞いていて我慢できなくなったのでしょう。
あたしとしても別に彼に聞かせようとして話していたわけでもないけど。
これも縁だと思って記しておきます。
2007年10月27日土曜日
お祈りの謎
前回のエントリーがお経だったので、忘れないうちに「お祈り」についても書いておくことにします。
以下は、あくまでも半可通の、調査もしていない私見なので、専門の方々が読まれたとしても、くれぐれもめくじら立てないよう、あらかじめお断りしておきます。
「お経」は外国の言葉(サンスクリットだと子供のころから聞いていた。)を漢字にしたものらしいから、それ自体が何か日本人の自分に意味をなすかというと・・・チンプンカンプンです。
しかし、「般若心経」を眺めてみると、全部が全部、外国の言葉の「音」を漢字にあてはめた『THE 虎舞竜(ザ・トラブリュー)』風、愚連隊(死語)好みの当て漢字かというと、必ずしもそうではなさそうです。
たとえば有名な、
『色即是空 空即是色』
というのは、『虎舞竜』とは異なり、なんとなくだが意味が通じます。
「形のあるものはないようであるようで」みたいなことを言っているような・・・といったイメージです。
このように一部、ニュアンスが伝わる言葉が含まれていても、やはり”概ね”チンプンカンプンです。
チンプンカンプンなことを一生懸命繰り返し(それも前回書いたように高速で)唱えていると何がおきるのでしょうか?
逆にチンプンカンプンだからこそ、脳みそがリラックスするのでしょうか?
「瞑想」の際に唱える「真言(マントラ)」は「意味不明」の方がよいという話も読んだことがあります。
これに対して、あたしたちもよく知っているキリスト教の「主の祈り」は全然違います。
「私たちの日ごとの糧をおあたえください」とか「私たちも人を許します」
だもの。非常によくわかるし意味もばっちりです。
具体的な内容をはっきりとお祈りするのは、「イメトレ」という意味でとてもよいのではないでしょうか?
(神道の神主が唱えているお祈りも具体的ですよね。どこそこのなにがしの商売繁盛~~とか言ってるもの)
それともお経は「お祈り」ではないのでしょうか?
逆に、キリスト教では、意味不明なことを高速で唱えるお経のような「方法」は用いないのでしょうか?
どちらも「数珠」は使うけど。
あたしがキリスト教の教会に出向くことがあることは、前にも書きました。
と、同時に商売人でもないくせに「穴八幡」のお札も買うし、ドーキンスの愛読者でもあるバチ当たりの繰言とお許しください。
(初出:2007年01月10日)
以下は、あくまでも半可通の、調査もしていない私見なので、専門の方々が読まれたとしても、くれぐれもめくじら立てないよう、あらかじめお断りしておきます。
「お経」は外国の言葉(サンスクリットだと子供のころから聞いていた。)を漢字にしたものらしいから、それ自体が何か日本人の自分に意味をなすかというと・・・チンプンカンプンです。
しかし、「般若心経」を眺めてみると、全部が全部、外国の言葉の「音」を漢字にあてはめた『THE 虎舞竜(ザ・トラブリュー)』風、愚連隊(死語)好みの当て漢字かというと、必ずしもそうではなさそうです。
たとえば有名な、
『色即是空 空即是色』
というのは、『虎舞竜』とは異なり、なんとなくだが意味が通じます。
「形のあるものはないようであるようで」みたいなことを言っているような・・・といったイメージです。
このように一部、ニュアンスが伝わる言葉が含まれていても、やはり”概ね”チンプンカンプンです。
チンプンカンプンなことを一生懸命繰り返し(それも前回書いたように高速で)唱えていると何がおきるのでしょうか?
逆にチンプンカンプンだからこそ、脳みそがリラックスするのでしょうか?
「瞑想」の際に唱える「真言(マントラ)」は「意味不明」の方がよいという話も読んだことがあります。
これに対して、あたしたちもよく知っているキリスト教の「主の祈り」は全然違います。
「私たちの日ごとの糧をおあたえください」とか「私たちも人を許します」
だもの。非常によくわかるし意味もばっちりです。
具体的な内容をはっきりとお祈りするのは、「イメトレ」という意味でとてもよいのではないでしょうか?
(神道の神主が唱えているお祈りも具体的ですよね。どこそこのなにがしの商売繁盛~~とか言ってるもの)
それともお経は「お祈り」ではないのでしょうか?
逆に、キリスト教では、意味不明なことを高速で唱えるお経のような「方法」は用いないのでしょうか?
どちらも「数珠」は使うけど。
あたしがキリスト教の教会に出向くことがあることは、前にも書きました。
と、同時に商売人でもないくせに「穴八幡」のお札も買うし、ドーキンスの愛読者でもあるバチ当たりの繰言とお許しください。
(初出:2007年01月10日)
2007年10月26日金曜日
行深般若波羅蜜多心経の怪
小学生の時に、般若心経を暗記したことがあります。
特に理由はありませんが、「暗唱」の課題として適しているように思ったからで、書店で適当な新書の入門書を買ってきて、記憶しました。
お経の読み方を知っているわけでもないので、ただひたすら、本に書いてある文言(についているフリガナ)を覚えたものです。
文字数もそれほどでもないので、たちまち暗記はできたのですが、日常、自分がそれを唱える場面もありません。
一旦覚えたら、それで満足してしまったのか、いつのまにか暗唱のおさらいもしなくなりました。
ある日、「レインボーマン」というヒーローもの連続テレビ番組がはじまりました。
主人公は、レインボーマンに変身するとき般若心経の一節にある「阿耨多羅三藐三菩提(あのくたらさんみゃくさんぼだい)」と唱えるのです。渋すぎる。
「へんしん」と唱える仮面ライダーとは大違いで、その番組を見ていた子供たちは、いったいなんのことかと思っていたのでしょうが、馴染のあるフレーズだけに、なんと、ばかみたいな(ほめ言葉です)番組を作るのだろうと感心しました。
(ちなみに、レインボーマンの師匠はダイバダッタといって仏陀の弟子の一人(だったかな)の名前にちなんでいます)
「レインボーマン」の登場もむなしく、あたしの記憶の中の般若心経は実地で役にたつこともなく脳みその中で次第に薄れていき、最近では冒頭の数行以降については断片的にしかつながらなくなっていました。
せっかく覚えたのに、もったいないと思い出した今日この頃、以前は挑戦しなかった坊さんが本格的に読経する調子でそらんじてみようと一念発起、お経のCDを買いました。
「般若心経・続経教則~誰でも般若心経が唱えられる」(池口恵觀)
特に理由はありませんが、「暗唱」の課題として適しているように思ったからで、書店で適当な新書の入門書を買ってきて、記憶しました。
お経の読み方を知っているわけでもないので、ただひたすら、本に書いてある文言(についているフリガナ)を覚えたものです。
文字数もそれほどでもないので、たちまち暗記はできたのですが、日常、自分がそれを唱える場面もありません。
一旦覚えたら、それで満足してしまったのか、いつのまにか暗唱のおさらいもしなくなりました。
ある日、「レインボーマン」というヒーローもの連続テレビ番組がはじまりました。
主人公は、レインボーマンに変身するとき般若心経の一節にある「阿耨多羅三藐三菩提(あのくたらさんみゃくさんぼだい)」と唱えるのです。渋すぎる。
「へんしん」と唱える仮面ライダーとは大違いで、その番組を見ていた子供たちは、いったいなんのことかと思っていたのでしょうが、馴染のあるフレーズだけに、なんと、ばかみたいな(ほめ言葉です)番組を作るのだろうと感心しました。
(ちなみに、レインボーマンの師匠はダイバダッタといって仏陀の弟子の一人(だったかな)の名前にちなんでいます)
「レインボーマン」の登場もむなしく、あたしの記憶の中の般若心経は実地で役にたつこともなく脳みその中で次第に薄れていき、最近では冒頭の数行以降については断片的にしかつながらなくなっていました。
せっかく覚えたのに、もったいないと思い出した今日この頃、以前は挑戦しなかった坊さんが本格的に読経する調子でそらんじてみようと一念発起、お経のCDを買いました。
「般若心経・続経教則~誰でも般若心経が唱えられる」(池口恵觀)
シングルCDの中に、全部で6つの曲(トラック)が収録されています。
1.池口師(この師でよいのだろうか?)の能書き
2.初心者向きゆっくりと二回繰り返し
3.能書き、その2
4.やや、速く二回繰り返し
5.能書き、その3
6.すごく速く7回繰り返し
CDと一緒に唱えてみると、さすがに、子供のころに覚えただけに、あっという間に記憶がよみがえり、4のやや速いトラックでも容易についていけて6番の超高速でも問題なく唱えることができるようになりました。
ちなみに「どこで唱えるか?」というと自宅では家人にいぶかしがられるので自家用車の中で運転しながら唱えます。不気味でしょ。
ときおり、このまま事故でも起こしたらそのまま成仏かなどと縁起でもない思いが脳裏をかすめますが、ま、おかまいなしに超高速のお経を唱えてみます。
この6番の超高速。とにかく早口。
これを聞いて思い出したことがあります。
七田式という暗唱を軸に能力開発をする「自己啓発?」法がありますが、これも、あらゆることを「超高速」で繰り返し暗唱するというテクニックを用いるのです。
うーむ。お経も「超高速」で読んで「悟り」にいたるのか。
しかし、このCDの「超高速お経」。
なんと、7回めの繰り返しのときに、池口師が「読み間違え」をします。
お経の冒頭、正しくは、
----------7回目
摩訶般若波羅蜜多心経
まかはんにゃはらみたしんぎょう
観自在菩薩
かんじざいぼさつ
行深般若波羅蜜多時
ぎょうじんはんにゃはらみったじ
照見五蘊皆空
しょうけんごうんかいくう
度一切苦厄
どいっさいくやく
(以下、続く)
----------
なのですが、
----------7回目
摩訶般若波羅蜜多心経
まかはんにゃはらみたしんぎょう
観自在菩薩
かんじざいぼさつ
行深般若波羅蜜多心経
★あわてて息継ぎでごまかし、以下から入りなおして何食わぬ顔(CDだから想像)で続ける★
色不異空 空不異色
しきふいくう くうふういしき
----------
上記の「何食わぬ顔して続ける」くだりでは、耳を澄ますと池口師の口調は、少し照れ笑いしているようにも聞こえます。
どうしたことでしょうか。
CD収録であがってしまったのか?
CDの製作者たちは、どうしてリテークしなかったのだろう?いくらなんでも不真面目すぎないか?
愉快なCDです。
(初出:2007年01月06日)
1.池口師(この師でよいのだろうか?)の能書き
2.初心者向きゆっくりと二回繰り返し
3.能書き、その2
4.やや、速く二回繰り返し
5.能書き、その3
6.すごく速く7回繰り返し
CDと一緒に唱えてみると、さすがに、子供のころに覚えただけに、あっという間に記憶がよみがえり、4のやや速いトラックでも容易についていけて6番の超高速でも問題なく唱えることができるようになりました。
ちなみに「どこで唱えるか?」というと自宅では家人にいぶかしがられるので自家用車の中で運転しながら唱えます。不気味でしょ。
ときおり、このまま事故でも起こしたらそのまま成仏かなどと縁起でもない思いが脳裏をかすめますが、ま、おかまいなしに超高速のお経を唱えてみます。
この6番の超高速。とにかく早口。
これを聞いて思い出したことがあります。
七田式という暗唱を軸に能力開発をする「自己啓発?」法がありますが、これも、あらゆることを「超高速」で繰り返し暗唱するというテクニックを用いるのです。
うーむ。お経も「超高速」で読んで「悟り」にいたるのか。
しかし、このCDの「超高速お経」。
なんと、7回めの繰り返しのときに、池口師が「読み間違え」をします。
お経の冒頭、正しくは、
----------7回目
摩訶般若波羅蜜多心経
まかはんにゃはらみたしんぎょう
観自在菩薩
かんじざいぼさつ
行深般若波羅蜜多時
ぎょうじんはんにゃはらみったじ
照見五蘊皆空
しょうけんごうんかいくう
度一切苦厄
どいっさいくやく
(以下、続く)
----------
なのですが、
----------7回目
摩訶般若波羅蜜多心経
まかはんにゃはらみたしんぎょう
観自在菩薩
かんじざいぼさつ
行深般若波羅蜜多心経
★あわてて息継ぎでごまかし、以下から入りなおして何食わぬ顔(CDだから想像)で続ける★
色不異空 空不異色
しきふいくう くうふういしき
----------
上記の「何食わぬ顔して続ける」くだりでは、耳を澄ますと池口師の口調は、少し照れ笑いしているようにも聞こえます。
どうしたことでしょうか。
CD収録であがってしまったのか?
愉快なCDです。
(初出:2007年01月06日)
2007年10月25日木曜日
至高体験
今週はじめの日曜。教会にある用事ででかけました。
ちなみに、あたしはキリスト者ではありません。
おまけにリチャード・ドーキンスの愛読者でもあります。(笑)
それはさておき、司祭が何事かを唱え、人々が聖歌を歌っているあいだ、あたしは、手持ち無沙汰げに手元を見つめていました。
(偏見かもしれませんが、「日本語」の聖歌は、タモリがミュージカルを嫌うのと同じような理由で、どうも性に合わないのです)
教会の椅子は、長いすで、目の前にはお祈りのときに手をおいたりするように奥行きの浅い机になっています。御堂横の上部窓から日の光が差し込み机を照らし出していました。
机上に誰のものかわからないが長めの髪の毛が一本。女性のものだと思います。
春風亭小朝師匠が、枕で「髪の毛というものは、頭についている間は、”素敵な髪・・”なんて愛でたりするのに、いったんとれた髪の毛が手にまとわりついたりすると、うへぇー。なんて気持ち悪がるものです」と言っていたのを思い出します。
しかし、このとき、あたしは嫌がるでもなく、その一本の髪の毛を軽くはらって机から落としました。髪の毛ははらはらと舞い御堂の床におちていきます。
窓からさしこむ陽の光が机の影をぬって斜めに照らす。髪の毛が光にきらきらする。
その瞬間、至高体験
が訪れました。
もちろん、あたしは凡人であるが故、この至高体験は瞬間のことです。場所が教会で、日本語ではありますが一応神々しい聖歌が流れ、太陽の光が差し込み、という好条件だったのもあるでしょう。一瞬。髪の毛に全ての「真理」が見えたのです。
これは、オルダス・ハックスレーの『知覚の扉 (平凡社ライブラリー)
』にも詳しく記されています。
報告されている実験では被験者が医師の立会いのもと、メスカリンを服用。次第にラリっていくのですが、テーブルクロスのしわ一本、一本に宇宙の真実が見えたのだそうです。
オートバイに乗っていると時々訪れる体験ですが、ここのところご無沙汰だったので得した気分になりました。
(初出:2005年11月14日)
ちなみに、あたしはキリスト者ではありません。
おまけにリチャード・ドーキンスの愛読者でもあります。(笑)
それはさておき、司祭が何事かを唱え、人々が聖歌を歌っているあいだ、あたしは、手持ち無沙汰げに手元を見つめていました。
(偏見かもしれませんが、「日本語」の聖歌は、タモリがミュージカルを嫌うのと同じような理由で、どうも性に合わないのです)
教会の椅子は、長いすで、目の前にはお祈りのときに手をおいたりするように奥行きの浅い机になっています。御堂横の上部窓から日の光が差し込み机を照らし出していました。
机上に誰のものかわからないが長めの髪の毛が一本。女性のものだと思います。
春風亭小朝師匠が、枕で「髪の毛というものは、頭についている間は、”素敵な髪・・”なんて愛でたりするのに、いったんとれた髪の毛が手にまとわりついたりすると、うへぇー。なんて気持ち悪がるものです」と言っていたのを思い出します。
しかし、このとき、あたしは嫌がるでもなく、その一本の髪の毛を軽くはらって机から落としました。髪の毛ははらはらと舞い御堂の床におちていきます。
窓からさしこむ陽の光が机の影をぬって斜めに照らす。髪の毛が光にきらきらする。
その瞬間、至高体験
もちろん、あたしは凡人であるが故、この至高体験は瞬間のことです。場所が教会で、日本語ではありますが一応神々しい聖歌が流れ、太陽の光が差し込み、という好条件だったのもあるでしょう。一瞬。髪の毛に全ての「真理」が見えたのです。
これは、オルダス・ハックスレーの『知覚の扉 (平凡社ライブラリー)
オートバイに乗っていると時々訪れる体験ですが、ここのところご無沙汰だったので得した気分になりました。
(初出:2005年11月14日)
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