2016年8月26日金曜日

閑話休題 『利己的な遺伝子』からの引用

少し前の投稿、「メスカリト問答 (教え 4.メスカリトとの再会(1))」でカルロスが神のいる天国について話すとドン・ファンに「お前頭おかしいんじゃないか?わしは神のいる所なぞ知らんぞ」と馬鹿にされた話がありました。

ドーキンスとドン・ファンは気が合いそうだと書きましたが、具体例をお示ししようと思い書棚から『利己的な遺伝子』を引っ張り出してきて、あたしが特に気に入っていた部分を引用してみました。
(数少ない「自炊」しなかった一冊です)

ドーキンスは、この著書に限らずどこもかしこもこんな調子の皮肉攻撃なんですが、下記は特に笑えるのでぜひお楽しみください。

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DNAは、ヌクレオチドのA、T、C、Gというアルファベットで書かれた、体のつくりかたに関する一種の指令だと考えてよい。それはまるで、巨大なビルの全室に、そのビル全体の設計図をおさめた「書棚」があるかのようである。細胞内のこの「書棚」は核とよばれる。設計図は人間では四六巻にのぼる――この数は種によって異なる。各「巻」は染色体と呼ばれる。(中略)

以降、実物を示す用語と比喩とを適当にまぜながら、建築家の設計のたとえを用いて述べていくことにしよう。「巻」と染色体ということばは、同じものを指すと考えてほしい。また遺伝子間の境界は本のページの境界ほどはっきりしないが、かりに「ページ」は遺伝子と同じ意味に使うことにする。この比喩はかなり先まで使えるであろう。これがついに破綻をきたしたら、また別の比喩を用いることにする。ついでながら、もちろん「建築家」は存在しない。DNAの指令は自然淘汰によって組立てられてきたのである。

(『利己的な遺伝子』リチャード・ドーキンス著、訳:日高 敏隆、岸 由二、羽田 節子、垂水 雄二(紀伊国屋書店1998年5月27日17版)P45より)
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プリーチャー
最近、ビッグ・リボウスキ同好会(在りません)の知人から見ろと言われてどっぷりハマった「プリーチャー」(アマゾンプライムで配信中)も併せてごらんいただくとさらに味わい深いと思います。

建築家はいったいどこにいるのでしょう?


2016年8月18日木曜日

アニメ『僕だけがいない街』★★★☆☆ ※

遅まきながらNetflixでアニメの『僕だけがいない街』を観ました。

映画の方の予告編を見ていて、たぶんそんな感じのストーリーかなと想像していた通りの話でした。

この手の話、要するにタイムトラベルもの好きなんですよね。もともと。

ハナは、広瀬正の『マイナスゼロ』から『バックトゥーザフューチャー』、そしてケン・グリムウッド著『リプレイ』、そして『リプレイ』を原案とした『君といた未来のために 〜I'll be back〜』。

『君といた未来のために 〜I'll be back〜』については昔書いたことがあります。
この作品については原案の『リプレイ』との間で権利関係でもめたことがあると読んだことがあります。
権利関係についてはその後、両者で解決したようなので今では個人ブログ以外にはこの件について触れている記事はないようです。

この『僕だけがいない街』も仕組みは『リプレイ』と同じです。
ただ、人生のやり直し方が微妙に異なるので素人的感想では権利関係ではもめないと思います。

さて本編ですが、主人公をめぐる家族、友情や恋愛(?)模様に関してはとてもよくできたお話だったのですが、犯人の描き方が・・・厳しかったと思います。

犯人は少女を狙って殺人を犯すサイコパスという設定なのですが、なにかしっくりこない。サイコパスなので動機に関してはこだわる必要がないのでしょうが、なんだか無理がある。
テレビアニメなので仕方ないと思いますが、犯人の目的が殺人だけで猟奇的な部分が描かれていなかったからというのもあると思います。(濡れ衣を着せられた男性のエピソードだけちょこっとそんなニュアンスが示されますが・・・)

と、あたしのような感想を持つ視聴者って多いようでギズモードに以下のような記事がありました。

映画で描かれるサイコパス、精神科医が思う最もリアルなキャラはコレ

----------引用----------
2014年にベルギーの精神医学教授のサミュエル・ルイステッド氏が10人の友人の協力を経て3年間かけて、1915年から2010年までに公開された述べ400本の映画を調査したことろ、サイコパスは126人、そのうちの105人が男性だったそうです。その中で最もリアルなサイコパスは以下の3人。
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というくらい描くのがむずかしいのでしょう。

ちなみに、この記事によると、わがコーエン兄弟のアカデミー賞受賞作『ノーカントリー』に登場するハビエル・バルデムが演じる殺人鬼、アントン・シンガーが栄えある本物のサイコパスに近いキャラだそうです。同じく、コーエン兄弟が描いたテレビ版『ファーゴ』のローン・マルヴォーは、サイコパスじゃないかもしれませんね。好きだけど。

この二人とも監督たちの描き方が素晴らしいのは彼らの殺人には個人的なモチベーションがまったくないことです。なにしろ二人ともプロの殺し屋ですから。趣味も人殺しなので趣味と実益を兼ねた理想の人生ですな。そのあたり設定が上手いです。

切り裂きジャックのように殺すのが楽しみという殺人鬼自体が稀な存在ですので、それにしたってジャックの場合は、売春婦に対する猟奇的な目的があったようですから動機付けはあるわけです。

現実の事件では犯人が多数の殺人を犯す場合は、連続ではなくて、その場で数人殺傷し、たいてい動機がありますからね。

2016年8月4日木曜日

シンゴジラ※ ★★★+0.5+☆

観に行こうと思っていた日に、ふと魔がさしてFacebookみたら、ハチ公が何か一人前の感想をアップしていたのですっかり行く気が萎えてしまいました。

いえね。別にネタバレがあったわけじゃないんですが、ハチ公が語るとあたしゃいっきに萎えるですよ。

ちょうど、中学生くらいの時に父親が人の聴いている音楽や読んでいる漫画をちら見して「ほほぅ。バンプオブチキンか?」とか「進撃の巨人かぁ」と言われるといきなり萎えるってやつです。

特にハチ公は、なんでも流行りのものはひとこと口を出しますな。自転車も乗ってるし(笑)
「ポケモン」についても何かはしゃいでいましたし、TwitterもFacebookもいい歳して出だしからくらいついていました。
Facebookはいまでもですが。するってえといきなりあたしは野暮に思っちゃうんですよ。だから今だにFacebookは滅多に使わない。

とはいえ、怪獣はあたしの必修科目なので白けた気分を押し殺して映画館に行きました。

あ、そうそう。ハチ公に加えて、いまひとつ気が乗らないのが監督だったんです。

昔テレビでエヴァンゲリオンのオンエアをみてたとき、ちょっとSFのネタが・・・なぜか見てる自分が恥ずかしくなっちゃって。(でも、映画館にも足を運びましたよ)
たぶん、あたしが中学校ぐらいの時に夢想したSFの設定とかを想起させるんでこっぱずかしく感じちゃうんでしょうね。特に「使徒」・・・とかね。こっぱずかしくて身もだえしちゃう。

ま、ところが今回は監督のSF扱いについては映画のSF設定として素直な感じで、さほど恥ずかしくなりませんでした。ごめんなさい、先入観で疑って。

ゴジラの生態なども、ほどほどの疑似科学に仕上がっていました。
失踪した謎の科学者があらかじめゴジラのこと知っていてヒント残しているってのがいただけませんでしたが、ハリウッド前作の渡辺謙の芹沢博士よりはマシかなぁ~。
そのような発見をわざわざダイイングメッセージとして暗号化してみんなを困らせるような動機付けがそもそも東野圭吾。

よくあるパターンで土地の伝説に怪物の退治方法があらかじめ残ってるってやつの類です。
昔退治したことあるのかよ(笑)
これからは禁止ということでお願いします。

昨日、組閣が決まってちょうど女性の防衛大臣だったり都知事選挙の後だったりで映画の人々とリアルがマッチしていい感じでタイムリーでしたよね。

それと役所の本社の連中の働きっぷりが本物の連中とそっくりでリアルでした。
あたしも一緒に徹夜したことがありますが彼ら本当によく働きますからね。
(ムダに)働きすぎでしょ。

アメリカの大統領に万が一があると次から次へと大統領の変わりが立つ仕組みになっていて冷戦のころの代理遂行の想定演習のドキュメンタリーが例の”This American Life”(”Amateur Hour”の回)で流れて感心したことがあります。

それと同じ日本の総理大臣の代理システムが扱われていて細かいところに凝ってるなと思いました。ま、この監督さんディテールから入る感じですよね。

映画で一番良かったところはエンディングのスタッフロールに入ったときの音楽とラスト。この数分は席に居残っちゃいました。ラドンのテーマもサービスで?入っているのも良かったし。
きっとこのディテールも最初から考えていたんでしょう。

こんなに褒めてる(のか?)のになぜ星が3.5なのか?

ひとつは、終始まじめすぎるかなぁというのがひとつ。
シリアスなアニメに多い、小難しそうで賢そうで教養があるように見えるセリフの数々が薄っぺらい感じ。『サイコパス』がまさにそれでしたよ。

スジに小道具含め伏線系の仕掛けや裏切りがないこと。(『ジュラシックワールド』比)
そのため進行に意外性がなく常に直線的なのです。

官僚・政治家の世界と自衛隊の扱いを面白可笑しく扱っていてよくできているのですが、たぶん子供はつまらないだろうなというのもひとつ。

そして最大のNGが石原さとみ演じるアメリカ人。テルマエロマエの阿部寛ならいざしらず。
主役の男性と恋愛関係を描くわけでもないのだから、キャスティングは「すみれ」の方が良かったのではないでしょうか?

サイコパス』の声優たちの英語とはいいませんが・・・石原さとみが気の毒に思いました。

それと、いまどきあんな態度のキャリアウーマン(死語)いないでしょ。
・・・というか昔からいませんよね。少なくとも優秀な人間では。

あの演出だと、いくら流ちょうな英語が話せるすみれに演じさせても気色悪いでしょうね。
あたしはフェミニストではありませんが、アニメにありがちな女性性が理想化された演出にも思えて苦手です。

そういえば、違うタイプの性格付けですが『あの花』ってアニメは、あなるという女性キャラクターの描き方が気味悪すぎて10分くらいでギブアップしたことを思い出しました。

真のキャリアウーマンと言える実力者に何回か会ったことありますが、一人は、紺のリクルートスーツみたいなの着てて一見、地味なのがかえって不気味でした。
態度も別に普通の勤め人だし。

また竹野内豊はじめ主役の男性陣たちの英語も・・・。
流ちょうな英語を話させようとするから無理があるのですよ。
いいんですよ、たどたどしくても。というかそのほうがカッコイイ。

最近、いいなと思ったのは、少し前トルコの空港でテロ(2016年6月29日)があったとき居合わせた日本人の中高年の女性が朴訥な英語で切々と恐怖を語っている英語、粗削りだけどいい英語でした。あたしもあれくらいになりたいものです。(動画を探したのですが見つけられませんでした)

それと、またまたThis American Lifeのプログラムですが。

1990年代に起きたADMという調味料メーカーが犯した闇カルテル事件を扱った番組で、FBIが隠しどりした味の素の幹部社員の電話でのやりとりが素晴らしかった。(一応犯罪者です(笑))

ハワイで密談したい、というADMの幹部に向かって味の素が、「ハワイったって、そこアメリカでしょ?やばくない?」と答えています。
(※味の素側は、アメリカは、談合の取り締まりがめちゃくちゃ厳しいし、囮操作も盗聴操作もできるので第三国で会いたがっている)

電話の声、日本人の固い英語なんですが、味があっていいんですよ、訛り加減が。
・・・味の素だから?

アメリカ人と悪事の相談するくらいなんで相当な現場英語力なんでしょうね。
(『インフォーマント!』というタイトルでマット・デイモン主演で映画化されているそうです)

日本のインターネットの父、村井純さんの英語もいいですよ。←動画へのリンク

観てみました?ネイティブと比べて酷いでしょ?
でも、他人の英語を馬鹿にしている日本ネイティブのそこのあなた。
満場の開場で場当たりでこんな風に発言できますか?
福士蒼汰の英語もいいですよね。ようやく日本人の英語が生まれつつある感じがします。

ADMの陰謀を扱った"This American Life"の番組『The Fix Is In』の回への音源へのリンクも張っておきます
この音源の「14分25秒~18分22秒」あたりを聴いてみてください。味の素のMimotoさんの英語、抜群に現場です。まさかFBIに盗聴されてるとはね。

下は、YouTubeで見つけた同事件についての動画です。味の素の社員との電話の会話音源は聞けませんが談合の会議の様子がちらっと見られます。(動画はすでにYouTubeに落とされているようですが、リンクだ残しておきます。追記:2024/05/20)

FBIのスパイに盗撮されてるのも知らずに「一人はFBIかもよ。わっはっは」なんて言ってておかしすぎます。


『シンゴジラ』の英語の話に戻りますと、そんなペラペラ英語の役柄演出だもんだから、彼らが話している英語は字幕がないと何言ってるんだかまったくわかりませんでした。

数人、ネイティブの役者が出てるのですが彼らが話すといきなり明瞭でくっきりとわかります。
日本人だから日本人の英語の方が聞き取れると思いがちですが実に不思議なものです。
たぶん発音というよりは、リズムと抑揚、単語のアクセント、そして文章の切れ目の違いなのだろうと思います。