2025年7月2日水曜日

脳内メーカー

食事の話題でいいますと、第6話でヨジンが街の香水店にいるファン・シモクを見かけて「食事でもどう?」と誘う場面があります。

こんなに自然に、そしてスマートに異性を食事に誘える人はなかなかいないと思います。そもそも異性であること自体を気にしていないようにも思えます。
ハン・ヨジンが性別や身分、年齢など関係なくあらゆる人に心を開いている人だということがわかる場面です。

香水店の後、食事がすんでからの二人の推理劇のシナリオは秀逸です。
風俗嬢クォン・ミナの傷害事件の容疑をかけられてしまったシモクは、ハン・ヨジンを伴い風俗店を再び訪れます。
店の経営者(美しい)を責める二人のコンビネーションは絶妙で、とりわけヨジンのクォン・ミナの住所を犯人に知らせてしまった経緯について経営者を追い詰める発言が心に刺さります。
(クォン・ミナの携帯待受け楽曲を伝えようとするシモクの下手なハミングに呆れた顔をするペ・ドゥナの演技も最高です)

店を後にしたシモクが同僚のソ・ドンジェにはクォン・ミナの住所は突き止められないと思いこんでいた心理は、シモクの優越感であると気が付いた二人。
シモクは自分にそんな感情があったことに驚き、ヨジンは逆に優越感以外にもたくさんの感情が隠れているのだと、(当時ネットで流行っていた)脳内メーカー(マップ)をノートに書いてシモクにプレゼントします。
こころなしか嬉しそうにするシモク。そして別れ際にトボトボ歩き去るシモクの背中に「胸を張って!」と活をいれるヨジンの暖かい心に思わずホロっときます。
(帰路の車中、ヨジンが自分たち二人は信頼できるとほのめかした発言にシモクが初めて笑顔を見せる場面があります)

被害者の老母を食事に誘った上、自宅へ誘い料理までねだることができる所以だと思います。
老母が作ってくれたナムルを見てはしゃぐヨジンは、『威風堂々な彼女』のウニに似て、まるで実の娘が甘えているように天真爛漫でキュートです。(第3話)

2025年6月25日水曜日

Two Handerの醍醐味

『秘密の森』では、ファン・シモクとペ・ドゥナが部屋の中で二人になって推理トークを交わす場面~Two Hander(トゥー・ハンダー)*1 ~がたくさんあります。

いずれかが仮説を提示し、相手が仮説をくつがえしたり、あるいは補強したり、次のアクションを決めたり、そして容疑者の候補を絞ったりします。

絵面的には極めて地味なのに、二人の真剣なやりとりと、くるくる変わるペ・ドゥナの表情でいずれもきわめてドラマティックなシーンで観ている私たちをワクワクさせてくれます。

例えば、物語の序盤、第四話ではハン・ヨジンがファン・シモクの事務所を訪ねてきたのに留守だったために待ちくたびれて寝ているシーンがあります。

人の事務所でリラックスしきっているハン・ヨジンを見て感情を表せないファン・シモクが少し呆れた表情を見せます。きっと心の奥では、可愛いと思ったことでしょう。
特に寝起きの無防備な仕草は愛らしさが爆発しています。
(そしてすでに彼女がファン・シモクを信頼していることもわかります)

推理の一環でファン・シモクがハン・ヨジンの恋愛について尋ねるところがあります。
次第によってはセクハラととられてもおかしくない場面ですが、彼の純粋な表情から逆にハン・ヨジンからの問いかけでファン・シモクに恋愛経験がないことがわかり、セクハラ的にはおあいこになりました。恋愛経験がないシモクをからかったりせずにスっと受け入れるヨジンもステキです。

二人の対話シーンで言いますと、屋台や飲食店での二人飲みの場面はみんな大好きだと思います。
話が進むにつれて、当初は酒を飲まなかったファン・シモクがお酌をするようになったり、自分からヨジンを食事に誘ったりと二人の信頼が増していく様子が二人の食事場面でよく描かれています。


*1:  演劇の世界でよく使われる用語で、二人の俳優だけで物語が展開される作品や場面を指します。こうしたシーンは演技力が問われるため、俳優にとっては腕の見せどころでもあります。

2025年6月22日日曜日

貧相な成りからフルファッションまで

『秘密の森』第3話には、ファン・シモクの報道番組出演という山場の一つがあります。

被害者の老母が働くサウナに向かう車中でハン・ヨジンがファン・シモクの番組出演の様子をからかうシーンがあります。まだ会って日も経っていない相手の懐に入れる魅力があります。
ダッシュボードに、「がんばりましょう!」と飴を置く場面も、ペ・ドゥナらしい暖かい表情です。追い詰められたファン・シモクに対する彼女の優しさにホロっと来ます。

ハン・ヨジンは、ファン・シモクに尊属殺人(この場合は子殺し)を疑われた老婆を慰めるために一人サウナに残ります。老婆に語り掛けるペ・ドゥナのサウナウェアー姿はとてもキュートです。

『グエムル *1 』や『ほえる犬 *2 』のような貧相なファッションを着るとなんとも可愛いペ・ドゥナが、いったんフル・ファッションになると、まさにこれがモデルだという立ち姿になります。この変化を起こせる女優力は見事です。
ハン・ヨジンのキャラクター設定に関して参照させていただいたNoteには、ハン・ヨジンのファッションについてペ・ドゥナ本人が「(ハン・ヨジンが)着ている服が高級で、金持ちの出かもしれない」と言っています。

批評家の佐々木敦氏は、実際のペ・ドゥナの身長が171cmとかなり背が高い方で、『リンダリンダリンダ』のバンドメンバーと並んだ様子について以下のように触れています。

実際の身長差以上に、ドゥナはかなり背が高く、そしてとてもデカく見えた。(中略)だが『ほえる犬』では下手をするとちっこくさえ見えたし、『子猫』でもさほど大きくは感じなかった。*3

まったく同感です。

衣裳による変化に加えて、背の高さまで視聴者の意識をコントロールできるのは共演者の体格との相対的なサイズ感など制作者・製作者たちの技術もさることながら当人の並外れた演技力によるものだと思います。

図は、『リンダリンダリンダ』のスピンアウトとしてリリースされた劇中バンド「ザ・パーランマウム」のアルバム『we are PARANMAUM』のジャケ写です。

日本人メンバーも一般人と比べたら並外れて美しい人たちですが、ペ・ドゥナのプロポーションの見事さがわかります。頭ちっちゃ~~い。



*1: 『グエムル-漢江の怪物-』
*2: 『ほえる犬は噛まない』
*3: 『永遠のミスキャスト』(前掲『ユリイカ』)より

2025年6月21日土曜日

長屋のご隠居的鷹揚さ

第二話では、出会ったばかりのハン・ヨジンは、ファン・シモクの人と成りを知りませんので、彼の不愛想な態度にとまどいます。

彼女が自分から手を差し出し名前を名乗っているのに無視して用件だけ尋ねたりと無礼極まりないファン・シモクですが、「いきなりなによ」(16')程度の文句を言うだけで、その後も親切に証拠保管室まで案内してあげます。

このハン・ヨジンの鷹揚な感じは、落語で、ちょっと失礼な奴が態度が悪くても「おいおい。困った人だねえ」程度の小言を言う長屋のご隠居さんレベルの懐の深さだと思います。
「懐が深い」感じが出るのはペ・ドゥナが「心のこもった怒り方」の演技ができるからだと思います。
そうした怒り方ができる日本人の美しい女性の役者はなかなかいなくて、みなキンキンした怒り方になってしまいます。(松たか子や二階堂ふみは上手そうです)

ハン・ヨジンの人間の大きさはシーズン2の最終話でファン・シモクが説明してくれます。

殺人事件に検察と警察の収賄が絡んでいることを知ったファン・シモクとハン・ヨジンが車にのって現場に向かいます。彼女を置いて一人で出かけようとする失敬なファン・シモクの車に強引に乗り込んだヨジンは、文句も言わずファン・シモクの荷物を手に取って後部座席に置いてあげるシーンもヨジンの大きな人柄を表していると思いました。

この道中の二人のやりとりが彼らが事件の真相に迫る覚悟を決めた宣言となっています。

ハン・ヨジンは、キム刑事が隠し持っていた証拠品の(被害者の息子の物である)パソコンを手に入れます。彼女がPCを起動すると美少女アニメのキャラクターの背景画像が現れます。
それを見たヨジンが「こはねちゃん!」とつぶやきます。

ヨジンがマンガやアニメが趣味であることを示唆するさりげないシーンです。

ちょっと訛りのある「こはねちゃん」の日本語の可愛さは、『リンダリンダリンダ』のソンちゃんの日本語を知っているファンにはたまらないと思います。

ペ・ドゥナの声は独特のイントネーションがあってそれも可愛さの一つです。

『リンダリンダリンダ』では仲間との話に夢中になるあまり韓国語でまくしたててしまうシーンが何度かあります。おなじみのペ・ドゥナの話し方だと思ってニヤっとしてしまう場面です。

不思議なのは、彼女が話す韓国語と日本語はすごく可愛いのに、ハリウッド作品では、英語は上手なのに(だけに?)ペ・ドゥナらしいキュートなリズムや抑揚が感じられません。

日本語と韓国語は同じタイプの言語なので英語にそれを求めても仕方ないのかもしれませんが・・・。

彼女の英語については、ハリウッド作品について述べる際にもあらためて触れたいと思っています。

恋愛報道と今年の女優賞

以前からペ・ドゥナが交際していると伝えられていたイギリス人の俳優 *1が恋人であるとペ・ドゥナ本人が正式に認めたということで、生まれて初めて芸能人の恋愛に本気で嫉妬している自分に驚いています(笑)。
あぁ、これが男性アイドルの恋愛ネタに落胆しているファンの心理だったのだ、と。

ま、「第23回ディレクターズカット・アワード」で「今年の女優賞」を受賞したということもありますし、しょげているのも大人げないので先に進むことにします。(『家族計画』についての感想はいずれあらためて)

シーズン1の第一話の警察の廊下でチャン刑事とハン・ヨジンがおどけた挨拶をする場面が可愛いという話をしましたが、『秘密の森』でペ・ドゥナの魅力的な演技を中心に見どころを書いて行こうと思います。

ディレクターズカット・アワードを受賞した『家族計画』より。
世界一ボブが可愛いペ・ドゥナですが、このボブは中でも一番です。


*1 : 2012年にラナ&アンディ・ウォシャウスキー姉弟(姉妹)監督の『クラウド アトラス』で共演以来、ウワサになっていたジム・スタージェス。ちなみにこの姉妹の作品は、どれも映像だけが素晴らしくてお話が著しく陳腐だという特徴があります。詳しくはあらためて。

2025年6月19日木曜日

秘密の森~推理シーン、OST~

 シーズん1に比較的多い演出で、検事ファン・シモクが推理を働かせる場面で、いきなりまるでいま目の前で起きているような描き方をします。
他の韓国ドラマでも多用しているテクニックで、日本のドラマでももちろんあるのですが、『秘密の森』の場合、推理や過去シーンと通常のシーンの切り替えがシームレスに遠慮なく唐突に行われます。

例えば、ファン・シモクが犯人に成りきって犯罪を犯している場面をファン・シモク自身がその場で見ているシーンなどです。

大抵は、文脈やちょっとしたイフェクトで彼の想像の場面だなとわかるのですが、ぼうっとしていると、それが実際に起きた場面だと思い込み、推理されたシモクの頭の中に描かれた(仮の)容疑者を真犯人と勘違いしてしまうことがあります。

私の場合、ファン・シモクが同僚の先輩検事ソ・ドンジェを疑っていた時、彼が娼婦クォン・ミナを拉致監禁しているのではないか?と推理した場面をシーン切り替えによる実際の場面だと勘違いしてしまいました。(シーズン1第六話)

ソ・ドンジェ検事は、『ゲゲゲの鬼太郎』のねずみ男に相当する役回りで、やたらとアンビシャスなために主役たちを裏切ったり、逆に協力したりとコウモリのようなキャラクターで、彼のスタンドプレーで無実の人間が有罪になったあげく自殺したりと主役たちの捜査を妨害攪乱します。
ソ・ドンジェ(イ・ジュニョク)は、男の私が見てもほれぼれするような色男です。
ドラマの中でも自分で「顔がよくて検事になれたと言われています」と言っているくらいなので、小狡い性格からしても女性関係もさぞやだらしないかと思いきや、その点に関してはジェントルマンなのが憎めないところです。

オマケの特徴として挿入曲について一言。

この作品では、韓国ドラマでよくあるようなエンディングやドラマの途中で盛り上げのために流れる歌謡曲(OST)がほとんど流れませんし、流れたとしても尺が短くほとんど気になりません。強いていえばシーズン2のラストが長尺で流れるだけです。

他のドラマの作り手たちは、挿入歌でグっと盛り上げようと考えているのでしょうが、歌謡曲が流れてくると私の場合は逆に気が散って醒めてしまいます。

このドラマでは、歌謡曲ではなく重厚なインストの曲が流れるので緊迫感のある演出になっています。

深刻な時、捜査の重要な場面では静かでミニマルな、時にパーカッションだけのようなBGMも映像を引き締めています。

2025年6月18日水曜日

秘密の森~エクスポジション無し~

『秘密の森』では登場人物の関係性を視聴者に説明するようなセリフやシーン(エクスポジション)がありません。

日本のドラマでは、居酒屋だったり、関係者が一堂に会しているパーティなどで脇役などが主人公に「あの人は、○○財閥の御曹司で、異母兄といま財産をめぐって熾烈な争いをしているのよ」なんてやたら説明臭い場面(ダイアローグ・エクスポジション)がありますが、このドラマではまるで現実に起きているやりとりを視聴者は、その場で見ているかのような演出で、背景説明が一切ありません。
話数が多くじっくりと背景を語ることができる韓国ドラマならではのアドバンテージだと思います。(見ている方が後で忘れてることが多いですが(笑))

例えば、シーズン2で「イ・ソンジェ」という人物についての会話が頻繁に出てきます。(シーズン1では、その存在について言及がありますが名前までは出てきません)

彼について初めて言及される場面では、ハンジョ財閥の長男でイ・チャンジュン検事長の妻、イ・ヨンジェの異母兄だという視聴者向けの説明は、まったくありません。(おまけにヨンジェとソンジェで一字違いなのが余計わかりにくい)

おまけにこの「イ・ソンジェ」という人物にはキャストが不在で、出演者たちの会話だけに登場してくるキャラクターだということがわかりにくさを倍増しています。

いつか画面に登場するのかと待ちましたが、ついに最後まで現れませんでした。

イ・ソンジェの父親、つまりイ・チャンジュンの義父、ハンジョ財閥の会長は、イ・ユンボムという名前なので、日本人である我々にはイ・チャンジュン、イ・ソンジェ、イ・ヨンジェ、イ・ユンボムと続くともはや誰が誰だか判別がつきません。

私たち視聴者は、画面の中の彼らの会話を”仄聞”して相関関係を知り、自分の理解力とこれまでのエピソードとのつながりを想起して登場人物たちの利害関係や消息などを導き出さなければなりません。

その意味では不親切な脚本ですが、そのために物語のリアリティと重厚さが際立っています。