2006年5月22日月曜日

コンピュータ黎明期(8) ~ Happy Birthday! Computer Nurd ~

OSに詳しくなってきたので、コンピュータにまつわるすべての要素が「ファイル」になっていることも知りました。
「ディレクトリ」や「バージョン」という概念もようやくわかったし。
外部コマンド(ExCommand)を既存のコマンドから読み取らせることを学ぶ過程で、必然的にOSが持っている数多くの「ファイル」にふれる機会がふえました。

VAX/VMS(今は亡きOS)を作った人々は一般ユーザーの目に触れない様々なディレクトリに数多くのジョークや不思議な文書を残していました。多くは英文でしたが、システムの深い深い階層をめぐって歩くのは、まるでInterGraphの3次元世界の創造者の世界にふれるような気がしました。

InterGraphを販売していた代理店のMutohは、このマシンを多数のユーザーで利用することを想定していたので茅ヶ崎の研修に出向いたあたしたち初期利用者を「システム管理者」として扱いました。
システムのブートからシャットダウン、果てはMT(磁気テープ)によるバックアップ作業まで行うようになり日々の生活はデザイナーからシステム管理者になっていきました。

一方、会社の方はマシンを利用できるスタッフを増やさないことにはコストパフォーマンスが悪いと考えたのかあたしたちに弟子がつくことになりましたた。業務委託を請けていたトランスコスモスのスタッフたちで10代のとてもまじめな人たちでしたた。
メーカーの想定通り、あたしは管理者として彼女たち弟子にアカウントを発行する立場になったのです。

これまであたしが扱っていたアカウントは、いわば「ルート」。そして弟子たちのは「一般ユーザ」。権限にはとても大きな隔たりがありました。
一般ユーザーアカウントでは、あたしが経巡ったようなInterGraph創造者が残した謎のファイルを読むことができません。自分が与えられた世界から上層には出て行くことができないのです。
その時の一番弟子は、後で聞いたところによるとCADデザインで賞をもらったそうです。教えていた頃から見所があると思っていたが、さすが愛弟子!

本来は、デザインワークのために使うはずだったコンピュータ。そのOSの世界に入り込んだことで、時にOS自体を触ることだけが自分の目的になっていることに気がつきました。
コンピュータおたくの誕生です。ハッピーバースデー、オタク。

あたしの本質、すなわち半可通の入り方なので、本当のおたく(Computer Nerds(*1))やハッカーには笑われてしまいそうですが、でも、コンピュータへのハマリ方は、まさにオタクそのものでした。
3Dのデザインワークをやることよりも、マシンの起動の仕組みやオプション、OSのコマンド体系などにすっかり夢中になってしまいました。バッチファイルを作って自分用の起動環境を作ったりしていました。

CADの方もだんだんと本来InterGraphが不得意とする「丸い」ものを作り始めて、夜な夜なロボットやら動物のモデリングに挑戦するようになりました。仕舞いには、コマ落としのアニメを作るようになって病膏肓に至りました。
ある日、購読していた新聞に某社の求人広告が載っていた。募集している職種にコンピュータ・グラフィクスがありました。

今勤めている先には、特に不満はありませんでしたが、いつまでもコンピュータを触っていられるとは限りません。
当初は「干された」感だったのが、この変わりよう。人事異動とは気の持ちようですな。
雇ってる側は、あてがい仕事だと思っているわけなので、客観的にはショムニ状態なのですが、今となってはコンピュータから離れたくない。

それなら、それ専用の職場に移るにこしたことはない。不採用ならそれまでだし。と、ごく軽いノリで書類を提出したところ、なぜかとんとんと話が進み、先方から「では、明日お勤め先の上司の方に退職を”告白”してください。」と言われてしまいました。

*1)Nerdは、Nurdとも書きます。辞書ではなかなか意味がわからないだろうからスケッチで描いてやると友達が書いたのが、日本でいうところの 「ガリ勉」スタイルだった。もっともあたしがNerdという単語を教わったのは、コンピュータおたく文化が発展する前だったのでComputer Nerdという言葉はまだ無かった。ただのガリ勉Nerdがあっただけでした。

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