2011年4月26日火曜日

勤め人の墓場<完全版>

前に「勤め人の墓場」を掲載しました。

そのあと図に乗って「続・勤め人の墓場」という新作をしたためましたが、いったん公開を待ちました。
と言いますのも前篇を後編につなげて作り直した方がよいかなぁという次第でして。
ということで今日は、前篇後編書き直しも含めた「完全版」ってやつをおとどけします。

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(出囃子の後、よっこらしょと座って、いきなり話し出します)

象が墓場に行くときは、象は、「オレもそろそろ潮時だな」と思って墓場に出向きます。
滝の裏側に墓場がある、なんてぇ話も、子供の時読んだことある人がいらっしゃるんではないかと思います

あたしは象と付き合ってたことがあるので知ってんですが、象は、かなり頭が良いですよ。
でもね、いくらなんでも先輩の象が、現場を去るときに、後輩たちに墓場のありかを教えているとも思えませんな。
その日の客筋をみて「墓場はここだぞう」とか適宜挟んでもよい)

漠然と、仲間内で知っております。

猫もおんなじですな。
「猫の将(まさ)に死せんとするとき、その姿消すや悲し」と中国のえらい先生もおっしゃっております。うそですけどね。

それで、サラリーマンも仕事で通用しなくなると、ある日、ふと、デスクなりからスッと立ち上がります。
そして、おもむろに、ネクタイをはずしますてぇと、椅子の背もたれに、無造作にかけますな。

周囲のみんなも、先輩がどこへ赴くか察しているので、たずねたりはぁしません。

墓場は、オフィスのどこかにあります。
職場の大きさによっては、その階全体が墓場のこともありますな。

例えは悪いですが、十三号地のとある商業ビルの七階には、誰にも知られていないレストランがあります。
あたしの知り合いが、うっかりまぎれこんでパニックになったことがあるそうでして。
なんとか生きて戻ってきましたけどね。もうあんな怖い思いはしたくないって申してました。
あるいは、ご覧になった方々もいるかもしれませんが映画『マルコビッチの穴』に登場する『7と1/2階』のような感じですな。

あたしだって、もちろん自分が赴く場所はしってますが、これは誰から聞いたわけでもありません。
みんな象や猫のように、おのずと知るようになります。
これまでだれも大きな声で語ることがなかったてぇのもありますな
ま、これからも語られることはないでしょう。

さて、そんなわけで、大概の連中は、本能的に赴く場所を知っているわけですが、中には気がつかない。
あるいは、知っていても頑として拒む、認めたがらない人もいますな。

そこが象や猫と違って人間様の悲しいところでして。

(ここで本題に入るので羽織を脱ぎます)

「やいやいやい。ハチ公。てめえ、いつまでえばりくさってんだよ」
「うるせえ!おめえはだまってろ。おれのことはおれが一番よくわかってる。人にとやかくいわれたかねえやい。だいたいおめえ、おいらがいなかったら会社はどうなるってんだ。えぇ?」

(声をひそめてハチ公の耳元でささやきます)
「おめえはいつまでたってもそれだ。だから、てめえは馬鹿だって言われるんだよ。俺たちにゃ逝くところがあるんだって言ってんだよ。みわさんだって、たっつぁんだってみな行っちまったの知ってんだろ?えぇ?」
「知ってたまるかってんだ!なら、おめえ、いくとこがどこだか知ってるのか?え?どこなんだよ!!言ってみろよ。さあ、云えってんだ!!」

(静かな声で)
「わかった…。そこまで言うなら教えてやらぁ。ここだよ!おめえの座ってるここがそうなんだよ」(佐野史郎の顔で)

おあとがよろしいようで。

(完)

勤め人の墓場<オリジナル>:大元のネタです。
勤め人の墓場<解題>  :この話の由来です。

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